14.歌十傑?
鯨公演はいつもの通り素晴らしかった。
オウルさん一家も帝国からソラージュに来る途中で何度も聴いたそうだけど、まったく飽きることがないそうだ。
息子さんたちは皇太子妃殿下が気をつけているということで特別に同席していた。
本当は18禁(違)なんだけどね。
子供だと鯨公演を聴いている内に心が飛んでしまうかもしれないということで。
「これほどの芸術をこれまで人類が知らなかったとは。
この恩恵を人間にもたらされた主上はまさしく救世主でございます」
オウルさんのいつもの戯れ言に息子さんたちが反応した。
「そうなのですか!」
「あの鯨の方々はヤジマ大公/皇子殿下が!」
あまり言いふらさないで欲しいんですが。
それに、あの時は鯨の方から寄ってきてなし崩しにそういう話になっただけです。
オウルさんはもちろん俺の話なんか聞いてなかった。
「そうだ。
主上は『野生動物の王』なるぞ。
あの者どもも主上の配下だ。
言わば私と同輩だな」
違います。
二重の意味で違うのでよろしく!
息子さん達は顔を見合わせると立ち上がって舷側に駆け寄った。
公演が終わって鯨の組長さんが近寄って来ていたので問いかける。
「失礼します!」
「なんじゃ?」
「ひとつ伺ってよろしいでしょうか?」
さすが帝国皇太子の息子さん。
こんな所でも礼儀が。
「良いよ。
マコトの兄貴の客人はわしらの客人じゃからの」
暴力団関係者だからこそカタギの衆には礼儀正しいのか。
「鯨もヤジマ大公殿下の配下なのでしょうか?」
違うだろう。
むしろ雇用者か?
そんな俺のツッコミなど蹴散らして、鯨の人は堂々と応えた。
「そうじゃ。
わしらの群れはヤジマ組のジェイル若頭から直接杯を受けとる。
まごう事なき配下よ。
じゃから正確に言うと兄貴ではなくて『マコトの叔父貴』じゃな」
何てことを!
鯨の社会って基本的に暴力団だから、雇用関係がそうなってしまうのを忘れていた。
これじゃあ、俺が広域暴力団の総長みたいじゃないか!
「やはりそうでありましたか」
オウルさんも舷側に歩み寄って言った。
「失礼する。
私は主上の従者でオウルと言う。
近々帝国を束ねることになっている」
その「従者」は自称ですからね。
間違ったことは言ってないけど、止めて欲しかった。
それを聞いた鯨の人がブオッと潮を吹く。
「おおっ!
マコトの叔父貴の従者とな!
つまり本家の若い衆ということは直参か!
これはお見それ致しやした。
であればわしらにとっては主筋。
目上ということじゃな!」
いや違うでしょう!
もうどこから突っ込んでいいのか判らないぞ。
「お初にお目にかかる!
わしはシロナガスクジラのソロナラ組の組長のソロナラと申すものです!」
鯨の人は丁寧な口調になっていた。
オウルさんを目上と認識したらしい。
でもあの人、俺とはタメ口だったのに?
オウルさんは顔をほころばせて言った。
「これはご丁寧に。
ソロナラ殿。
いや、私も主上の数ある配下の一人に過ぎませんので。
それより、遅まきながら先ほどの公演、素晴らしい出来だった。
まさに芸術!」
鯨の人はブオッと潮を吹いた。
照れているらしい。
「褒めてくれるのはありがたいが、まだまだじゃて。
わしらの群れは歌十傑にも入れん粗忽者じゃ。
これからも精進あるのみじゃな」
「あれほどの歌でもそうなのですか。
うむ。
私も主上の配下としてもっと励まねば、な」
そう言って息子さん達を振り返るオウルさん。
「はい!
私もより一層励みます!」
「姫様に相応しい従者になります!」
いやもう、変な方向に話が行ってしまって収集がつかないよね。
ていうかその「歌十傑」って何?
いつの間にそんなもんが?
「『マコトの兄貴』と杯を交わした鯨の群れのうち、特に歌が優れていると認められた方々の通称でございます」
何でも知っているユマさんが教えてくれた。
「公演を行い、観客の拍手が特に優れて多く感動が感じられる群れに贈られる称号のようなものかと」
「そんなコンテストや大会みたいなものをやっているんだ」
俺が戦慄するとユマさんが首を振った。
「違います。
競い合うのではなく、純粋に優れていると認められた方々がそう呼ばれるとのこと。
『十傑』とされておりますが、数は不定とのことでございます」
「四天王」みたいなものか。
あれって別に4人いるから四天王じゃないらしいんだよね。
本来の意味は「門を守る者」だったっけ。
つまり皇がおわす宮城の四方にある門をそれぞれ守護するから4人なわけで、門がもっと多かったり少なかったりしたら数も変わってくるとか。
どっかで聞いた知識だから間違っているかもしれないけど。
いやそんなことはどうでもいいのだ。
オウルさんと鯨の人は親しげに話し合っている。
この短期間で打ち解けたらしい。
さすがは帝国皇太子殿下。
人身掌握術が素晴らしい。
相手は鯨だけど。
「貴殿と知り合えて良かった。
ソロナラ殿」
「こちらこそじゃ。
オウル殿。
杯は交わせんが、オヌシとはもう友達じゃ。
どこかにカチコミかける時は声をかけてつかぁさい。
うちの組ば率いて駆けつけるでの!」
「うむ。
その時は是非ともお願いする」
物騒な話になっていた。
すると次に帝国がどっかと戦争する時は鯨の群れが味方につくわけね。
相手国の海軍は開戦後一瞬で全滅だろうな。
帝国とは絶対に戦り合わないように皆さんに警告しておこう。
短い間に海の一大勢力を味方に付けた驚異の帝国皇太子殿下が戻って来て言った。
「いや、実に有意義な話し合いでございました。
主上とご一緒するだけで新しい世界が次々に開けます。
感嘆の言葉もございません」
「凄いです!
ヤジマ大公殿下!」
「僕たちも精進していつかきっと配下に!」
もう言い訳する気にもなれないくらい誤解が進んでしまっていた。
でも凄いのはやっぱりオウルさんなんじゃないでしょうか。
あんなに簡単に鯨の群れの長と友達になれるなんて。
「そんなことはございません。
私などが鯨の方々と語り合えたのは、お互いに主上の配下であること故でございます。
その証拠に帝国からの航海では鯨公演こそ聴かせて頂けたものの、とても直接言葉を交わすことなど出来ませんでした」
するとユマさんが言った。
「我が主は『野生動物の王』と呼ばれてはおりますが、そのお立場をひけらかすことなく、どなたとでも親しくお話になります。
野生動物の方々も我が主に対しては最初から心を開いて語りかけてこられるわけです」
それで野生動物の皆さんって俺にはタメ口なのか(泣)。
「他の者ではこうはまいりません。
今回の件はオウル様方が我が主の身内と認められた証拠でございましょう」
おめでとうございます、とユマさん。
そんな誤解をさらに深く大きくするような説明しないで下さい!
「やはりそうでございましたか。
納得致しました。
ありがとうござます。
主上」
深く頭を下げる帝国皇太子殿下。
息子さんたちなんか片膝突いているよ!
もういいです。
好きにして下さい。
後ろの方でエスタ少佐が「さすがは『海洋生物の王』!」とか騒いでいたけど無視。
勝手に変な肩書きを増やさないで下さい!
唯一、始終無言だった帝国皇太子妃殿下が最後に静かに頭を下げてくれたことだけが救いだった。
たった一人でも常識人がいてくれると精神的に助かるよね。
そういった騒ぎを起こしながらも「アレスト」を含む艦隊は順調に北上しているらしかった。
目的地はララエ公国の公都サレステ。
大きな湾に面した海臨都市だ。
そういえばララエ公国大公領の大半は海に面しているんだよね。
今回の魔王顕現の兆候は山岳地帯らしいから関係ないかもしれないけど、注意しておいた方がいいかもしれない。
ユマさんを呼んで話したところ、既に動いていた。
「ご懸念の件について調査室長に検討を命じた結果、新しく海洋調査部門を設立することになりました。
これはヤジマ財団直属の組織で事業としてではなく活動することになります」
つまり商売にはしないということか。
「予算とかは大丈夫なの?」
足りないようだったら俺の資産から出そうかと言いかけたらユマさんはにっこり笑って言った。
「ご心配には及びません。
ヤジマ海洋警備やヤジマ芸能の海洋部門に話を通して通常の活動範囲内での聞き取り調査の形で行う予定でございます。
もし異変があれば専任の調査部隊が確認に向かうということで、こちらはヤジマ財団の調査部門で編成致します」
実働部門は小規模になる予定だからそんなに経費がかからないそうだ。
すでに人選に入っておりますと誇らしげなユマさん。
組織や体制を作ったりそれを効率的に運用出来るように手配するって略術の戦将の十八番だからな。
それにしても手際が良い。
俺、やっぱりいらないんじゃ?
「我が主がすべてを指導されるのですよ。
私などは我が主の手足に過ぎません。
そろそろ御自覚下さいませ」
パネェ。




