12.出港?
セルリユ港に近づくにつれて道が混雑してきた。
そもそも港の周辺に人や馬車が集中するのは当たり前なんだけど、どうみても野次馬的な人が多い。
情報が漏れたらしい。
俺は馬車の窓のブラインドを降ろしてなるべく外から見えないように隠れていたけど、やっぱこれだけ大型の馬車は目立つからね。
しかも周囲を護衛馬車や狼騎士隊に囲まれているのだ。
当然バレる。
「ヤジマ大公殿下!」
「行っていらっしゃいませ!」
「ヤジマ商会万歳!」
いったん声が上がるともう駄目だった。
たちまち大合唱。
困るなあ。
それでも馬車は速度を落としつつ着実に進んだ。
護衛馬車の他にも警備員が大量に出て群衆を整理しているらしい。
見送りに来ている方もことさらに押し寄せようとはしていないようで何とかなっていた。
でも時々警備員の手をかいくぐって突進してくる人もいるから油断は出来ない。
多勢に無勢だからな。
ハマオルさんも御者席に移っている。
予定の時間を大幅に超過しながらやっとのことでセルリユ港の桟橋に辿り着くと「アレスト」が出港準備を整えて待ってくれていた。
他の人たちはもう乗り込んだようだ。
って、ひょっとして俺、囮に使われたのか!
まあ、確かに帝国皇太子殿下に何かあったら大変だけどね。
あまり大量の護衛を動員できないだろうし。
その点俺なら護衛を繰り出し放題で、どんなことになろうが自力で切り抜けられる。
しかも大公として誰かに責任を押しつけることも出来ないんだよ。
くそっ。
まあいいけど。
でもこんなことを企んだソラージュ王政府は許せん。
必要経費は全額せびり取ってやる。
後でユマさんに言っておこう。
馬車を降りると港全体が人で埋まっていると言いたいほどの大群衆が待ち構えていた。
警備部隊が埋もれてしまってよく見えないほどだ。
こんな状況で万一暴走が起こったらあっという間に揉み潰される。
俺はハマオルさんとラウネ嬢に加えて二十人くらいの護衛の人や野生動物たちに守られながら急いで「アレスト」に乗り込んだ。
甲板ではユマさんが待っていた。
「我が主。
出来ましたら演説を」
短くてよろしいです、と言われて仕方なく喋る。
やっぱり大歓声や「万歳!」が五月蠅くて自分の声すらよく聞こえなかった。
もういいや。
五分くらいで切り上げる。
逃げるように船室に入ってぐったりしていると船が動き出すのが感じられた。
「主殿?」
「大丈夫です。
ちょっと休みます」
「お心のままに」
好きな時に休めるのはいいよね。
ハマオルさんの姿は見えない。
ラウネ嬢は目立たないように控えているけど。
ノックの音がして逞しい男たちが入ってくると、ぎこちない手つきでお茶を配膳してくれた。
あいかわらず船員がメイドの代わりをやらされているらしい。
人手不足だからな。
「ご苦労様」
声をかけると船員さんたちは恐縮して片膝を突き、逃げるように去って行った。
俺、そんなに怖い?
入れ替わりに船室に入ってくるユマさん。
ノックくらいして下さい。
「申し訳ありません。
我が主」
涼しい表情で言った大公代行は俺の向かいに腰を降ろした。
そういえば他の人たちは?
「オウル様とご家族は帝国海軍の御座船にご乗船されておられます。
沖に出てからこちらに移られるそうです」
そうか。
オウルさんがソラージュを去るのに「アレスト」に乗っていたら変だもんね。
建前上は帝国海軍の御座船で出国する必要がある。
でもいったん海に出てしまったら自由だ。
もっともサレステ港に入港するときはやはり帝国海軍の船に移らなきゃならないんだろうけど。
「セルリユ湾から出るまではこのまま進みますので、その間を利用して現状を概略説明させて頂きます」
ユマさんが事務的に言ってテーブルに資料を広げた。
あまり複雑な書類は判らないんだけど、幸いなことに広げられた紙は地図だった。
俺が席につくと流れるように説明を始める。
この切り替えは凄いな。
「ララエ公国政府からの情報とヤジマ商会系列企業からの報告をまとめると、現時点ではほぼこの辺りに兆候が出ています」
まずは広域地図らしい。
何とか俺にも読める程度に簡略化されたララエ公国の地形図らしかった。
主要な都市と街道、それから山脈などが大雑把に書き込まれている。
「山沿いに発生しているということですか」
「そうですね。
実際には人や野生動物が住んでいる場所の定点観測ですので、それ以外の場所でも被害が出ている可能性があります」
被害と言っても崖が崩れたり地面に亀裂が入ったりといったところで、誰も住んでないから人的や野生動物的な損害はないわけか。
もっとも野生動物は基本的に自分の身一つだからな。
多少揺れたり崩れたりしてもあまり問題にはならない。
大規模な噴火とか津波とかに遭わない限りスルーしてしまうことも多いそうだ。
もちろん縄張りが陥没したり地形が変わったりするのは問題だけど、住めなくなるほど酷い状況になる事は滅多にないのであまり気にしていないのだとか。
「最悪の場合は群れごと移動すればいいだけです。
新しい縄張りは野生動物会議を開いて決めるとのことです」
それだけ聞いていると野生動物たちの方が文明化されているような(笑)。
「今は落ち着いているんですか?」
「小康状態といったところだそうです。
まだ時々揺れるので、野生動物たちが一部移動を開始しているとのことです。
問題は」
ユマさんは言葉を切った。
なるほど。
人間か。
普通、多少揺れたところでいきなり引っ越したりしないからな。
増して集落ごとだと壊滅状態にならない限りは留まろうとするだろう。
もっとも移動すればいいというわけでもない。
村とかの規模なら何とかなるにしても、町や都市のレベルになると動きようがない。
「ハムレニ殿とララエ公国政府が組織した調査部隊によれば、いくつかの町を含むかなり多くの集落が魔王顕現の兆候を示しているとのことです。
ララエ公国政府は大公会議名義で警告を発しましたが、今のところ対策をとった所はないと」
そうか。
そうだろうな。
対策を取らないんじゃなくて取れないんだよ。
その町の為政者や住民の気持ちを考えてみれば判る。
突然危ないから逃げろとか言われても生活の問題がある。
町の予算にそんな余裕はないし、大体逃げろとか避難せよと言われても期間や行く先も不明では動きようがない。
そもそも信じられないよね。
ララエ公国の方も強権を持って命令を押しつけるわけにもいかない。
大公会議はあくまでララエ公国全体に関する命令権や執行権があるだけであって、一地方の施政についてはそれぞれの自治体が執行権を持っているからな。
大公にしたって命令ひとつで配下の者が動くというわけではない。
公領政府の下には各地方領主がいて、自分の支配地域への命令権はそっちが持っているからね。
町の住民を疎開させるとなればその自治政府もしくは領主の権限になるけど、普通はやらないよ。
出来るはずがない。
「なるほど」
「ララエ公国政府も警告を発するに留めたようでございます。
そもそも魔王顕現の時期や規模が不明では警告にも信憑性がなく」
「そうだよね。
前例ってあるの?」
ユマさんは首を振った。
「ございません。
魔王は当然顕現して荒れ狂うものと相場が決まっておりますので。
今回の件はハムレニ殿からの警告があって初めて問題が認識されたわけです。
公国政府や議会内でも未だに半信半疑な意見が強く、とてもララエ公国を挙げて動くというわけにはいかないと」
そうなのか。
あの凄い鳥の人がすべてを動かしたと。
やっぱ傑物だったんだ。
「そのハムレニ殿を動かしたのは我が主ですよ」
ユマさんが笑った。
「そうなの?」
「ご自身がおっしゃっておられるそうです。
渡りの途中にアレスト興業舎で歓待を受け、野生動物と人との協力について興味を覚えたから魔王顕現の兆候について人間に警告する気になったとのことです。
でなければいつもの通り、その辺りの鳥類や付き合いのある野生動物たちに警告して終わりだっただろうと」
怖っ!
だとするとハムレニ殿がいなければララエ公国は不意打ちを食らうところだったわけか。
もちろんハムレニ殿とは別にセルリユ興業舎の部隊がララエにも進出していたから、いずれは魔王顕現についての情報は伝わっただろうけど、相当遅れたはずだ。
おそらく手遅れになっただろうね。
今ですら間に合うかどうか判らないのにもっと酷いことになったと。
ハムレニ殿様々だね。
「お忘れかと思いますが、そのハムレニ殿は我が主に押されて動きました」
ユマさんが真面目に言った。
「我が主がいなければアレスト興業舎は存在せず、従って何も起こらなかったはずです。
その件については大公会議も深く感謝しているとのことでございます。
名誉大公がララエにもたらしてくれた恩恵がまたひとつ増えたと」
そんなんじゃないんだけどなあ。
ていうかまだ何も解決してないでしょう。
被害想定地域がある程度特定できただけで、対策は全然だ。
とにかく魔王の顕現
現地を見てみないとはっきり判らないけど、やっぱアレしかないかもなあ。
「手があると?」
ユマさん。
そんなに驚愕するほどの事なの?




