11.至高?
いよいよ出発の日、オウルさんの息子さん達がやってきて娘の前で片膝を突いた。
名前忘れたけど皇族の方が言う。
「姫様。
これよりしばしお別れでございます。
お父上に従ってララエ公国に参ります」
弟の方が後を継いだ。
「お父上は我等がお守り致します」
いや、君たちが従うのは帝国皇太子であって俺じゃないし、そもそも君たちに守って貰わなきゃならないほど俺の護衛は手薄じゃないから!
すると娘はぎこちないながらも礼を取った。
「おげんきで。
おかえりをおまちしています」
「「お心のままに!」」
何これ。
芝居?
オウルさんの息子さん達が歓喜の表情で引き上げるのを呆れて眺めていると、嫁が苦笑して言った。
「絵本ですよ。
騎士が国王に従って出陣する時に、王女に別れを告げるシーンです。
どうもリズィレが仕込んだようで」
リズィレさんか!
あの人、ハマオルさんの奥さんやっているだけかと思っていたら結構お茶目に動くのね。
ていうか仕込むって何だよ。
ハマオルさんに芝居っけがあるのは知っているけど、奥方もそうなのか。
「みたいです。
リズィレには息子の乳母をして貰っていますが、それ以前から娘の世話も任せていましたから。
信用は絶大です」
なるほど。
まあハマオルさんの奥方なんだからもう身内だしな。
絶対に信用できる人でもあるからいいか。
でもあの芝居はちょっと。
「わたくしや貴方が巻き込まれないだけマシだと思いますが」
そうですね。
黙認します。
それから俺は嫁と抱き合ってハスィー成分をたっぷり吸収した。
今回はそんなに長くならないと思うけど、やっぱ離れるのは辛い。
だけど嫁には子供達の世話があるし、俺とユマさんが留守にする間のヤジマ財団もほっとけないからね。
そう、嫁はヤジマ財団の理事に就任したかと思うとあっという間に掌握してしまったんだよ。
ヤジマ財団内ではもはや俺やユマさんより立場が上だ。
まあ大公や大公代行より女神の影響が強いのは当たり前か。
今のところ常勤ではないけど、ヤジマ屋敷に居ながらにして財団をコントロール出来ているようだ。
嫁に報告に来る財団の職員らしき人たちを頻繁に見かけるし。
全員が上気した様子なのはちょっと引くけど。
また新しい信仰とか出来てないよな?
「貴方の留守はお守りします」
「よろしく」
娘と息子にもお別れの挨拶をする。
娘に「ぱぱ、いっちゃうの?」と言われた時は堪えたぜ。
行かないでとか泣かれなかっただけマシか。
でも思ったよりお別れが辛くなさそうなのでちょっとがっかりしていたら寝室に抱き枕が置いてあった。
俺は抱き枕と等価かよ!
息子の方はあいかわらず何も言わずに紫色の瞳でじっと俺を見つめるだけだった。
既に恐ろしいほど顔が整っている。
赤ん坊の顔じゃないような。
将来は物凄いことになるだろうな。
最低でも乙女ゲームのメイン攻略対象か。
身分も大公の嫡子だし。
まあいいか。
今から心配しても始まらない。
「行ってくる。
ジーク」
何気なく言うと息子が口を開いた。
「ぱぱ」
もちろん発音はあーみたいなものだったけど、明確な意志が感じられた。
凄え。
娘も凄かったけど、息子は末恐ろしいな。
やっぱ嫁の血かなあ。
ていうか俺、前からある疑いが捨てきれないんだけど。
なぜ俺の耳には北方種とか南方種とかに聞こえるんだろう。
嫁やアレスト家の人たち、あるいはルミト陛下なんかは金髪でなかなか老けないといった共通点があるにはあるんだけど、どうみても「人間」なんだよね。
金髪美形や不老に見える人って地球にも結構いたし、その人たちは断じてエルフとかじゃなかった。
南方種の方なんかもっとひどい。
オウルさんやシルさんって、俺の目には単に地球で言う地中海系の人種としか思えないんだよ。
断じてファンタジーのドワーフなんかじゃない。
普通の人間だ。
確かに山脈を隔てた北方の人たちとは人種というか民族が違うとは思うんだけど、だからといって人間じゃないようには見えない。
そもそも南方種って北方種と違ってそんなに顕著な特徴があるわけじゃないしな。
北方種は確かに美形過ぎたり不老だったりといった、日本におけるアニメや軽小説のエルフの特徴に似た特質を持っているかもしれないんだけど。
でも南方種は地球におけるファンタジーの存在とは似ても似つかない。
矮躯でもないし特に鍛冶に優れている様子もないからね。
別に鉱山や地面の下に住んでいるわけでもない。
まあ、帝国にはいい鉱山があって宝石なんかも採れるし細工物が発達してはいるけど、そんなの別にドワーフだけの特徴じゃないからな。
でも俺には南方種と聞こえるんだよなあ。
何かあるのだ。
俺の脳がそう認識してしまう理由が。
まだ仮説に過ぎないんだけど、やっぱスウォークの人たちが関わっていると思う。
魔素翻訳自体がスウォークのせいなんだから当然なんだけど。
まあいいか。
今度ラヤ様に会ったときにでも聞いてみよう。
息子を抱いた嫁と一緒に娘の手を引いてエントランスに出る。
俺の馬車が横付けされていた。
いよいよ出発か。
最後にもう一度嫁を抱きしめてから馬車に乗り込む。
「貴方。
お早いお帰りをお待ちしています」
「ぱぱ。
ばいばい」
家族と使用人の人たちに見送られて出発。
と言っても俺はただ運ばれていくだけだ。
今回は俺の家族に気を遣ってくれたので馬車には俺とラウネ嬢の二人しか乗っていない。
ユマさんたちとは港で合流することになっている。
道の両側には鈴なりの人たちが立っていて見送ってくれた。
全員が手を振ってくれているけど、俺ってそんなにまでして貰えるもんなの?
前部のドアが開いてハマオルさんが入って来た。
「主殿。
異常ありません」
「ご苦労様です。
そういえばハマオルさんはご家族とお別れしました?」
忙しそうだったからな。
「は。
お気遣い頂きありがとうございます」
「それは良かった」
大丈夫らしい。
ちなみにジェイルくんやラナエ嬢たちとは事前にお別れを済ませてある。
そうしないとまたセルリユ港で大騒ぎになるからね。
ていうかそもそも俺とオウルさんが今日出発することについては箝口令が敷かれているはずだ。
群衆に取り巻かれたら身動きが取れなくなってしまうから。
俺もオウルさんも見つかったら囲まれるようになってしまっているのだ。
オウルさんは帝国の皇太子だから判るんだけど、俺なんか囲んでどうしようというのか。
サインを強請られるわけでもないのに。
「噂では、ヤジマ皇子殿下に祝福して頂くと難病が回復したり幸運に見舞われたりするそうでございます。
それどころかお身体に触れるだけでも効能があると」
ラウネ嬢が恐ろしい事を教えてくれた。
何それ。
俺は仏陀かキリストか?
「事実、主殿を名前で呼ぶことを許された者どもは例外なく出世しております。
見違えるように明るくなり、能力を向上させたものも多数おりますので」
実は私もそうでございます、とハマオルさん。
「まさか」
「事実でございます。
私は主殿にお目にかかる前は単なる中央護衛隊の従士長に過ぎませんでした。
ですが主殿に従って動く内に、自分でも驚くほど様々な事が出来るようになったのでございます」
今ではヤジマ警備を統括できるほどになりました、とハマオルさんは真面目な表情で言った。
いやそれは元々ハマオルさんが優れていたからでしょう。
すべてハマオルさんが努力した結果ですよ。
俺は関係ないと思います。
「そうかもしれません。
ですが、主殿がおられなかったら今の私がないことも事実。
そういう意味では主殿が私を作ったとも言えます」
何か宗教的な話になってしまった。
まあ、ハマオルさんの場合は機会を得たということなんだと思う。
帝国の中央護衛隊にいた頃のハマオルさんは、その任務を達成するために努力はしたものの、それ以上の事はする必要がなかったんだろうね。
だけど俺と遭ってからは普通では考えられないくらい色々な状況に遭遇してきたからな。
野生動物たちと一緒に働いたり、軍の将軍並の人数を指揮したり。
それらの問題に対処するために色々と考えたり工夫したりして。
そうやって自分の能力を向上させていったんだろう。
俺のせいじゃない。
だって肝心の俺は全然成長している気がしないんだよ!
前に俺は触媒じゃないかと思ったけど正しかったらしい。
触媒って接触した物を変化させるけど自身は変わらないからな。
進歩がない(泣)。
「ヤジマ皇子殿下はそれでよろしいのでございます。
既に至高の存在なのでございますので」
褒め殺しは止めて(泣)。




