10.食い意地?
オウルさんの護衛の人たちは適応が早かった。
ヤジマ商会というよりはヤジマ警備の人ともすぐに馴染み、数日後にはヤジマ屋敷の周辺警備に混じっていたほどだ。
暇な時間には訓練がてらヤジマ警備と騎馬戦などをやっているとか。
俺に遭うと直立不動で敬礼してくれるし、規律正しくてきびきびしている。
オウルさんは「蛮人」とか言うけど、実際の所はむしろ貴族階級の人が多いらしい。
フレスカさんが教えてくれたところによると騎兵は基本的に金がないとなれない兵科だということだった。
馬に乗れるということは、それだけで家に余裕がある証拠だからね。
そもそも「馬に乗る」ような仕事はめったにないし、普通の人は馬自体に近づけない。
もちろん交易商人とかも馬を扱うことは出来るんだけど、それは荷馬車を引かせるためであって乗馬ではない。
フレスカさんは騎兵にも詳しかった。
さすが参謀将校。
「騎兵科に入隊するには技能試験を受けるか、あるいは最初は下足番などから始めて昇進していくしかありません。
騎兵科は素人を受け入れませんので」
軽小説に出てくるみたいに騎兵はみんな貴族だとか騎士だとかではないけど、少なくともど素人の庶民がいきなり配属されることはないそうだ。
入隊を希望する人は実家からの援助で乗馬の手ほどきを受けてから試験に臨む。
また入隊時に自分の馬を連れてくる人もいて、そういう人は優先的に採用される。
やっば金か(泣)。
でもそんな上流階級の隊員ばっかだったら美味い飯なんか食い飽きているのでは?
「騎兵に限らず軍人は基本的に集団生活でございます。
上級士官か将軍クラスになれば別ですが、食事は一緒に摂ります」
身体が基本の商売なので量だけはあるものの、大量の食材が必要なためにどうしても味については百歩くらい譲ったものになるらしい。
なるほど。
だからヤジマ食堂の飯に過剰に反応するわけね。
生まれ育ちが例え貴族家だったとしても、軍人として生活するうちにイマイチな食事に慣れてしまっている。
そこにいきなり高級レストランのディナー並の食事が出て、しかも食い放題だと言われたらハマるな。
「軍人は胃袋で戦うと申しますからな。
ヤジマ食堂がある限り、連中は主上を守るためなら世界を相手にしても一歩も引くことはありますまい」
オウルさんが言うけどそれほどのものなの?
まあいいか。
それにしてもユマさんたちの話だとすぐにでも出張になりそうだったけど、なかなかGOサインが出なかった。
ソラージュ王政府が俺の出国を渋っているのだそうだ。
魔王が出そうな危険地帯にソラージュの至宝たる俺を派遣するなどまかりならぬということだけど、そんなこと言われてもね。
そもそも大公の行動を王政府ごときが止められるはずがない。
最初は交渉していたユマさんたちもついにキレてヤジマ大公代行の権限で強引に許可をもぎ取ったとか。
「遅れて申し訳ございませんでした。
数日中に出発致します」
ユマさんが疲れた声で報告してくれた。
さすがのユマさんでも官僚機構との戦いは消耗するか。
本人も前は司法官だったはずなんだけど、官庁が違うとそのご威光も効かなくなるらしい。
それはいいとして、どうやって行くのでしょうか。
「海路ですね。
もちろん現地における戦力および機動力も必要ですので遠征部隊は別途向かわせます」
つまり俺やユマさんは「アレスト」でララエに行くけど護衛部隊は陸路になるそうだ。
狼騎士隊なんかは船に乗れないからね。
まあいいか。
「それでは私の護衛隊も随行させましょう」
オウルさんが言った。
ついてくる気満々だな。
「オウル様とご家族はどうなさいますか?
『アレスト』にも余裕はございますが」
「もちろんご同行させて頂きます」
さいですか。
でもご家族って?
「オウル様は帝国皇太子としてのララエ公国親善訪問になりますので。
ソラージュにもご家族をご同伴されたわけですし、ご一緒でないと不自然でございます」
なるほど。
でも魔王が顕現しそうな場所にご家族を連れていっていいんですか?
「これは公務ですからな。
私が帝国皇太子に登極した時点であれらも覚悟が出来ているはずでございます」
そうかなあ。
でも聞いてみたらその通りだった。
「私どもは夫と共にあります」
「「僕たちも父上に従います」」
帝国人って凄いね。
もっともそう言った後に子供達は不安そうな表情になった。
「でもこれで姫様の従者修行が中断されてしまうね。
兄上」
「仕方がない。
姫様を危険な場所にお連れするわけにはいかないからな」
この人たち、マジかよ!
いやもちろん嫁や子供達は連れて行かないけど。
俺は別に公式訪問じゃないからな。
それで思い出したんだけど、帝国皇太子がララエを公式訪問するのに帝国の御座船で行かなくてもいいんですか?
「当然、同行させます。
サレステ港に入港する前に乗り移れば問題ないかと」
ブレないな。
しょうがない。
そういうわけで帝国皇太子殿下のララエ公国訪問が決まった。
いや訪問というより、そもそもソラージュにいる事自体が親善訪問なんだよね。
異様に長く留まっているというだけで。
やっと次の国に行くことになったということだ。
実はユマさんの力業はこれだったらしい。
俺が単独で外国に行くんじゃなくて、帝国皇太子に同行するということで出国許可をもぎ取ったと。
俺はソラージュ王政府から勅命でオウルさんの世話を任されているからね。
そのオウルさんが隣国に行きたいと言ったらソラージュ王政府は何も言えない。
ソラージュの大公が帝国皇太子に同行するってことは、両国の親密な関係をアピール出来る絶好の機会だからだそうだ。
相変わらずえげつない手を使うなあ略術の戦将。
そういうわけで、まずヤジマ財団が組織したララエ公国派遣部隊が出発して行った。
帝国軍騎兵部隊も補給部隊を伴って出った。
護衛として合計二十人ほどが海路オウルさんに同行することになったらしいけど、その人選では壮烈な争いがあったそうだ。
やはり殴り合いになりかけたそうだけど、隊長さんの命令でくじ引きに決まったとか。
「もっとも本人はくじを引いておりません。
隊長権限でオウル様に同行するようです」
フレスカさんが報告してくれた。
代わりに騎兵隊の指揮を任された副隊長さんが爆発しそうだったので、俺から示唆しておいた。
それで陸路側の部隊全員が嘘のようにニコニコ顔になったと。
「何をおっしゃったのですか?」
フレスカさんが呆れ顔で聞いてきた。
「陸路を行く帝国軍部隊にヤジマ財団の派遣部隊との同行許可を出しただけだよ」
つまりヤジマ食堂の料理人が帝国軍部隊の食事を作るように取りはからったんだよね。
そのために追加で人を出すことになったけど構わない。
だってその分の費用はソラージュ王政府に請求できるからな。
勅命で押しつけられた仕事なんだからそのくらいは被って貰う。
「我が主の方がえげつない気がしますが」
ユマさんがブツブツ言っていたけど無視。
幸い「アレスト」の収容能力にはまだ余裕があるということで、オウルさんの護衛の人たちも一部一緒に乗ることになった。
もちろん随時で、時々交代する。
帝国海軍の御座船も随行するので、途中で乗り換えるそうだ。
御座船はもともとオウルさんが乗ってきた船で、ずっとセルリユ港に待機していたんだよね。
帝国海軍の輸送船だけど臨時に帝国皇太子の御座船として使われているとか。
艦長さんが俺の所に挨拶に来たけど男だったから名前忘れた。
ちなみにエスタ少佐は誰かに説得されたらしく辞職を撤回したらしい。
視察任務の後は帝国皇太子付きの海軍武官に任命されていた。
当然「アレスト」に乗れるものだと決め込んでいたらしいけど、さすがに際限なく載せるわけにはいかないので。
泣きそうになったエスタ少佐はすごすごと戻って行ったけどすぐに引き返してきた。
「それではせめて、御座船にもヤジマ食堂の料理人を!」
艦長辺りに命令されたな。
しょうがない。
断って反乱でも起こされたら困るし。
「判りました。
ヤジマ財団からも何隻か同行しますので、船団を組みましょう」
それを聞いた御座船では「万歳!」の声が止むことがなかったそうだ。
どれだけ食い意地が張っているんだよ!




