6.緊急?
幸いにして舎弟だの何だのの台詞は周りにはあまりよく聞こえなかったようで、後で問題になることもなかった。
前列にいた高位貴族の人たちは俺の名前が出たことから後援者について話したと思ったらしい。
間違ってないけど(泣)。
もちろん真相を知っている王族の方々は皆一様に無表情だった。
ルディン陛下が俺の方を見てニヤニヤしていたくらいで。
何とかして。
とにかくこれでミラス殿下も婚約したし、後はフレアさんの子供がある程度育った段階で結婚式となるはずだ。
それまでは大したイベントはないだろうと思っていたんだけど。
いつものように朝練の後、オウルさんご一家を交えて朝食を摂っていたらハマオルさんが話しかけてきた。
珍しいな。
普段なら俺の生活リズムを乱すことを何より回避しようとする人なのに。
「主殿。
緊急の用件とのことでございます」
飯を中断するほどのことなのか。
ハマオルさんの判断なら間違いない。
「判りました」
俺はみんなに断って席を離れた。
控えの間に行くと見覚えがない若い男が片膝を突いていた。
「主殿。
こちらはヤジマ財団のムレカでございます。
通信業務を担当しております」
ハマオルさんがわざわざ紹介してくれたのはアレだろう。
多分、俺はこの人と会っている。
忘れているだけだ(泣)。
「直答を許す」
俺、大公だからね。
ああ面倒くさい。
「ヤジマ財団通信部所属のムレカでございます。
ヤジマ大公殿下。
朝早くから申し訳ございません」
それはいいから用件を。
「ヤジマ航空警備の緊急伝書使が至急の印がついた文書を運んで参りました。
こちらでございます」
小さな筒を差し出してくる。
ハマオルさんが受け取って筒を開け、入っていた紙を広げた。
「読んで下さい」
俺に見せようとするので言う。
まだちょっと読解力に自信ないので(泣)。
ハマオルさんは一礼すると読み始めた。
「ララエ公国にて魔王顕現の兆候濃し。
まずは一報まで」
ハムレニ殿とララエ公国政府統制官ヒロエ殿の連署がございます、とハマオルさん。
ヒロエさんって確かレムルさんのお兄さんだったっけ。
ハムレニさんはワタリハヤブサだけど。
まだララエにいたんだ。
いやそうじゃなくて。
「判りました。
ご苦労様です」
使者の、ええと何とかいう人に言ってやるとその人は感激したように「は!」と言ってから引き下がった。
ヤジママコト伝説に毒されているな。
まあいい。
さてどうするか。
緊急とは言ってもここで俺が騒いでも仕方がない。
まずはヤジマ財団で対策会議かな。
いや、多分ユマさんが既に動いているはずだ。
俺の代行なんだから。
その上でこの通信文を俺に回してきたということは、急いではいないにしても出来るだけ早く顔を出した方がいいってことだよね。
「ハマオルさん。
出発の準備をお願いします」
「は」
俺が朝食の席に戻ると全員が視線を向けてきた。
「ララエで何かあったみたいです。
今ハマオルさんに準備して貰ってますので、食べ終わったら本部に行きます」
「お供させて頂きます」
間髪を入れずにオウルさんが言ってきた。
言わないと置いてかれると思ったか。
そうだよなあ。
ララエ公国の問題は帝国皇太子とあまり関係ないからね。
普通ならスルーだ。
「お前達は待機だ」
「でも父上」
「でもはなしだ」
帝国皇太子一家が早速始めている。
まあ、子供はちょっと無理だから。
嫁を見るとにっこり笑ってくれた。
いつもすまないね。
それは言わない約束でしょう。
じゃなくて、ここでは嫁に本拠を守ってもらわなくては。
どう転ぼうが、まずそのまま出発などという事態にはならないと思うし。
そういうわけで、俺がゆっくり朝食を終えた頃にハマオルさんが現れた。
「護衛隊の準備が整いました」
「判りました」
オウルさんと二人でみんなに断って席を立つ。
帝国皇太子とソラージュ大公が動くとなると、ただそれだけでかなりの人数が動員されるんだよ。
軽小説だと高位身分の貴族が一人で飛び回っているけど実際には無理だ。
俺はチートじゃないし。
途中で別れてそれぞれの部屋に向かい、動きやすい服に着替えてエントランスで合流する。
護衛の人たちが整列していた。
ヤジマ財団の仮本部ってすぐ近くなんだけどね(泣)。
そのまま馬車に乗って出発。
ヤジマ財団の屋敷では既に緊急体制になっているらしかった。
人が忙しそうに走り回っている。
さすがユマさん。
案内役の人についていくとかなり大きな部屋に通された。
「ヤジマ大公殿下、およびオウル帝国皇太子殿下が臨席されます」
誰かが叫んで、部屋の中の人たちが一斉に片膝を突く。
これ、どうにかならんもんかね?
「緊急事態だ。
礼儀はよし」
そういうと全員が立ち上がる。
「マコトさん。
こちらへ」
奥の方に立ったユマさんに呼ばれた。
ユマさんは壁一面に張られた地図の前に立っていた。
判りにくいけどララエ公国?
「はい。
ブロム領からタラノ領にかけての地図です。
大雑把ですが、主要な街道と都市およびある程度の集落は漏れなく載っています」
何と。
これほど詳しい地図があるのか!
こっちの世界では、まだ地図は国家機密だ。
戦略的な重要事ということもあるけど、そもそも正確な測量とか地形把握なんかが進んでないんだよ。
俺が勉強で見せられた地図ってむしろ「想像図」みたいなレベルだったからね。
海岸線なんかは船から調べればある程度は把握できるんだけど、内陸だと山ひとつ越えたらもう五里霧中だし。
だから他国どころか自国の領地の地形図ですら大抵の国は持ってないだろう。
持っていてもしょうがないこともある。
使わないから。
あれって戦争する時くらいだもんな、役に立つのは。
「これほど詳細な地図があるとは」
オウルさんが感嘆していた。
「作ったんですか?」
聞いてみる。
だって、多分ララエですらこれほどの精密な地形図は持ってないはずだからね。
自分で作ったに違いない。
「ヤジマ商会がヤジマ航空警備に発注しました。
あちらには優秀な調査員がたくさんいらっしゃいますので」
そうか。
空撮(違)か。
空から見たらそれは簡単だろう。
ていうかこれ、もう完全に軍事技術なのでは?
「ヤジマ財団とは恐るべき組織でございますな」
隣でオウルさんが身震いしていた。
もと軍人だから凄さが判るんだろうね。
帝国軍だろうが何だろうがマジでヤジマ財団の相手にはならないぞ。
まあいいか。
で、状況はどうなっているんでしょうか。
ユマさんが頷く。
「担当の者よりご説明させて頂きます」
その時ちょうどドアが開いて数人が入って来た。
俺たちに気づいて一斉に片膝を突く。
「礼儀はよろしいとのことです」
ユマさんの言葉に頷いて立ち上がる美女。
こっちを向いてにこりと笑いかけてきた。
「レイリ、お前か!」
オウルさんが呻く。
天敵に出会ってしまったか(笑)。
「お久しぶりでございます。
マコトさん。
オウルも」
「聞いてないぞ?
いつソラージュに来た?」
「秘密だ」
オウルさんが掴み掛からんばかりに叫んだけどレイリさんはさらっと流した。
それから俺に向かって頭を下げる。
「着任のご挨拶にも伺わずに失礼致しました」
「レイリ殿にはしばらく前からヤジマ財団の調査部長をお願いしています」
ユマさんが言い添える。
「まったくだレイリ。
俺はともかくマコトさんにご挨拶に伺わないのは不敬だろう」
いや帝国皇太子相手の方が不敬という気がするけど。
「ちょっと揉めてね。
非合法的に帝国を脱出してきた。
私は今ソラージュにはいないことになっている」
レイリさんは事も無げに言うけど、それってヤバいのでは。
権力闘争とか国家機密の漏洩とかですか?
何しろレイリさんってこないだまで帝国軍の情報局長だったんだもんね。
バラされたらヤバいことになる秘密とかを大量に持っていても不思議じゃない。
「いえ。
そういうわけでは」
レイリさんの視線が逸れた。
いいですけどね。
ユマさんが承知なら
そう思いながら見ると略術の戦将がにっこり笑ってくれた。
「うふふ」
かえって怖いんですが!




