5.婚約式?
ユマさんが手を回して王政府と貴族院に書類を提出し、ヤジマ大公家近衛騎士の皆さんの身分が確定した。
問題ないそうだ。
そのことで貴族社会ではかなりの騒ぎになったらしいけど、近衛騎士の叙任は「殿下」の称号を持つ者の権利だからね。
誰も文句は言えない。
ちなみに王政府が推奨して国王陛下が叙任する近衛騎士以外にはあまり登極する者が出ないのは、近衛騎士の叙任者には義務が発生するからだ。
もちろん近衛騎士は自由だからよほど信頼できる者以外は叙任出来ないのもそうなんだけど、一番大きな理由としては金だ。
近衛騎士には叙任者から俸給が出るんだよ。
最下級とはいえ貴族なんだから生活費がそれなりにかかる。
普通は自分だけじゃなくて手の者とかを雇ったりする必要があるからね。
日本でいうと武士みたいなものだ。
自分と家族だけじゃなくて配下の者も食わせていかなきゃならない。
生活様式も上流に合わせないといけないし、付き合いにも金がかかる。
だから相当な金額になる。
俺が近衛騎士になった時だって俸給の額に驚いたからな。
あの時やっていたギルドの上級職の俸給の倍くらいだった。
これは相当な金額で、並のギルド職員の給与の十倍では効かない。
つまり近衛騎士を作ると金がかかるのだ。
だから普通の「殿下」はなかなか近衛騎士を叙任しないんだけど。
「マコトさんの財産からすれば誤差のようなものです。
マコトさんが保有する有価証券の利子だけで毎月それ以上が入って来ますから」
手続きをしてくれたジェイルくんが事も無げに言った。
ジェイルくんは大番頭としてヤジマ商会の金の流れを全部把握しているからね。
俺の財産については経理担当役員のマレさんが運用してくれている。
ヤジマ商会の株の配当やら何やらで、毎月振り込まれてくる利子などの収入の一部を俸給として、今回叙任した近衛騎士の皆さんの口座に振り込むことになったとか。
足りなければ俺の私有財産から払っといてと言っておいたんだけど、全員の分を合わせても俺の毎月の収入に遙かに及ばなかったそうだ。
有価証券の利息分だけで。
どれだけ儲けてるんだよヤジマ商会。
俺なんかに払ってないでその分を再投資とか事業拡張に使えばいいのに。
「やっています。
ですがヤジマ商会関係の事業については関係諸国政府や領地貴族、あるいは大商人からの投資で充分まかなえているんです。
むしろ金余りの状態です。
幸い野生動物関連事業が金食い虫なので何とかなっていますが」
さいですか。
しかし野生動物関係ってどんな?
「鯨や海豚が事業を始めた事に触発されて、群れを作る他の野生動物たちも起業を模索しています。
もともと犬や猫は独自の事業を展開していますしね。
進捗著しいのが鳥で、航空関係事業をほぼ独占しています」
いやそれはそうでしょうけど。
むしろ鳥類以外の野生動物が航空関係に進出したら驚くよ。
でもそうか。
猫又や犬神の会舎の成功を見ていれば、他の野生動物たちだってその気になるよな。
鯨は中でも大ヒットで、既にソラージュ近海を通る鯨だけではなく聞いたこともないような海から来る連中も知っているそうだ。
鯨公演はララエ公国で始まったこともあってソラージュに限らず沿岸諸国すべてで発展中らしい。
鯨の群れはもともとヤクザの組みたいなものだからな。
事業化も早かったそうだ。
でもバラバラで大丈夫なの?
「それがですね。
連中の話では『マコトの兄貴』が組長を務めるヤジマ組の系列組織ということになっているそうです。
私が若頭で」
さいですか。
そういえばそんなこと言っていたっけ。
日本の山○組系列の組織みたいなものになっているらしい。
怖いから忘れよう。
「面白い所では、一角獣がヤジマ芸能の公演に出演したそうですよ」
ジェイルくんが教えてくれた。
そんなことまでよく知っているなと思ったけど、婚約者であるソラルさんが未だにヤジマ芸能の裏の支配権を握っていることから情報が入ってくるらしい。
「何の役で?」
「一角獣役です。
清らかな乙女と神聖なる一角獣の出会いと交流をテーマにした劇で、ヒットすればシリーズ化する予定だそうです」
何とまあ。
こっちの世界でも一角獣の伝説はある。
処女しか触れないとかいう部分まで一緒で、どうも地球から伝わった臭いんだよね。
こっちの一角獣はマジで話せるから伝説に信憑性が出る。
実際、俺が会ったことがある一角獣って妙に女性に優しかった気がするし。
「まあいいけど。
そういえばソラルさんは近衛騎士にならなくていいの?」
俺はふと思いついて聞いてみた。
ソラルさんだってヤジマ商会の大幹部なんだから近衛騎士になってもおかしくない。
都合が悪くて来られなかったのなら今からでも叙任するけど?
「とりあえずはお断りしたいそうです」
ジェイルくんが言った。
なぜ?
「ソラルが言うには『男爵の正室で身分的には充分だし、近衛騎士でない方がやりやすい場合もある』とのことで。
少なくとも今は平民のままの方が動きやすいので遠慮しますと」
本人がそうするというのなら別にいいけど。
「判った。
もしその気になったら言ってくれればいつでも叙任するから」
「ありがとうございます。
伝えます」
まだロロニア嬢とかも叙任してないし、別にみんな一緒に近衛騎士になる必要はないよね。
でもそれで気づいてアレナさんやマレさんにも嫁を通じて聞いて貰った。
あの人たちこそヤジマ商会の役員なんだから身分はあった方がいいだろうと思ったんだけど。
「二人とも、お気持ちは嬉しいのですが遠慮するとのことです」
嫁が報告してくれた。
「それぞれ理由は違うらしいのですが」
「理由があるのならいいけど、受ける気になったらすぐ叙任するからと言っておいてね」
「はい。
貴方」
とりあえずはこれでよし。
そうこうしているうちに、伸び伸びになっていたミラス王太子殿下とフレア帝国皇女の婚約が正式に発表された。
何か色々あってずっと延期されていたんだけど、フレアさんのお腹が誤魔化しようがないくらい膨れてきたらしくて。
もちろん非公式には既に明らかにされていて貴族どころか庶民に至るまで知られてはいたんだけどね。
でも王族、特に次代の国王の結婚は大変なことなのだ。
繰り返すけどこっちの世界の正式な結婚は跡継ぎを残すためのものだ。
特に王族の場合、結婚した時点で出来れば既に子供がいることが望ましい。
妊娠したので結婚したけど流産してしまったというのはお互いにきついからね。
ミラスさんとフレアさんの場合はソラージュの世継ぎの結婚だから、本当言えば第ニ子が生まれるまで結婚を延期しても不思議ではないそうだ。
江戸時代だからな。
乳児や嬰児の死亡率が結構高いんだよ。
もちろん王族ともなれば最高水準の医療を受けられるけど確実ということはないから。
とにかくそういうわけで婚約式が開催され、俺は国王陛下に命じられて王族と一緒に立つ羽目になった。
場所は宮城の謁見室だ。
一番大きい部屋で、会場は高位から下級までの貴族、近衛騎士の他有力な大商人の人たちで溢れている。
やはりヤジマ何とかというウェディング会舎が仕切ったらしい。
大イベントだ。
もちろん領地貴族の皆さんや爵位持ちの交易商人など都合で出席できない人もたくさんいるんだけど、そういう人は代理人を送ってきていた。
婚約式だからこの程度で済んでいるんだけど、結婚式は俺の時を凌駕するのに間違いない。
次期国王陛下だからな。
そんな場に俺はというと、嫁と一緒に皆さんと向かい合って立っているんだよ(泣)。
「ヤジマ大公殿下がミラス王太子殿下とフレア帝国皇女殿下の後見人に立たれます。
皆様、盛大な拍手をお願い致します」
司会の人が言って俺を紹介するので、一歩進んで頭を下げる。
戻ると嫁が慰めるように寄り添ってくれた。
ちなみに嫁は地味なドレスを着た上で顔をベールで隠している。
まともに顔を曝したら、下手すると主役の一人であるフレアさんが霞んでしまうかもしれないからな。
それでも圧倒的な存在感を感じたらしい前列の貴族たちがしきりに汗を拭いたりしていた。
嫁だけじゃない。
諸国親善のはずなのに、何だかんだと理由をつけて未だにセルリユに留まっている帝国皇太子も近くで異彩を放っていた。
ご一家で出席されているから、帝国がソラージュに敬意を示していると解釈されたらしくて歓迎ムードだ。
存在感が物凄い。
まあ、それを言ったら国王陛下と王妃殿下のご夫妻はミラス殿下たちを掻き消すくらいの光を放っていたけど。
やっぱ人の上に立つ人は違うよなあ。
「そうおっしゃる貴方もなかなかのものですよ」
嫁が俺の腕を取りながら囁いた。
「わたくしから見ると誰よりも輝いて見えます」
さいですか。
自分では全然見えないから魔素の光なんだろうね。
何でもいいけどこんな場は早く立ち去りたいものだ。
「帝国皇太子オウル殿下より、ソラージュ王国王太子ミラス殿下とホルム帝国皇女フレア殿下のご婚約の祝福を頂きます」
司会の人がよく通る声で言った。
なるほど。
王国王太子と帝国皇女の婚約だもんね。
それを帝国皇太子が祝福する。
両国の友好を演出するまたとないチャンスだ。
オウルさんもよくやるなあと思いながら見ていると、オウルさんがミラスさんの前に立って言った。
「おめでとう。
我が帝国の皇族を娶ることで両国の絆が益々深まる。
良い事だ」
「ありがとうございます。
フレアと力を合わせて歩んでいきます」
当たり障りのない応酬だと思って安心していたらオウルさんが続けた。
「私も御身と個人的な友誼を結びたい。
お互いに同じ主上に仕える身なれば」
「はい。
私も兄貴の舎弟として、同輩であるオウル殿とは家族共々親密にお付き合いしたいと」
止めて(泣)。




