4.量産型近衛騎士?
ラナエ嬢にヤジマ商会を任せるに当たって問題になったのはその身分だった。
侯爵家の令嬢というだけでは弱い。
近衛騎士になっても大番頭のジェイルくんが男爵なので落ち着きが悪くなる。
配下の方が身分が上だから。
これが軍隊とかだったらどうにでもなるんだけど、ヤジマ商会は民間企業だからな。
そういえば帝国軍って入隊した時点でそれまでの身分が隠されて「軍人」という身分になるという話だけど、その弊害を取り除くためなのかもなあ。
初代帝国皇帝陛下はもともと帝制ロシアの軍人だったから、身分で階級とかが決まる制度に不満を抱いていたのかもしれない。
だからそうしたと。
まあいいか。
ところで俺を近衛騎士に叙任した時のユマさんの身分は「ララネル公爵名代」だった。
名代というのは、俺の記憶だと代理人だ。
もともとの偉い人がいて、その人の代わりに何か決めたりやったりする人のことなんだよね。
つまり執行権限を代行出来る。
簡単に言えば公爵名代であるユマさんがやったり決めたりした事はララネル公爵殿下が行ったのと同じ効力を持つわけだ。
これは大変な事で、だからめったな人を名代には出来ない。
だって名代がやった事はララネル公爵殿下の責任になってしまうんだよ。
実際、ユマさんは公爵名代としての権限で俺を近衛騎士に叙任してしまった。
これはララネル公爵が直接やったのと同じことになる。
だから俺は「ララネル公爵家近衛騎士」として公爵家から毎月俸給を貰っていたりして。
名代というのはそれほど重大な立場なのだ。
やる気になればララネル公爵家を潰すことだって出来てしまう。
ユマさんはララネル公爵殿下の実の娘だから出来たことなんだよね。
よほど信用し信頼している相手でなければ名代なんか任せられない。
つまり俺が誰かを名代に任じるということは、俺がその人をそれだけ信頼しているという証明になる。
ラナエ嬢はそれだけの信頼を得ているわけだ。
そして、これによってラナエ嬢の身分の問題も解決する。
何たって大公の代理なんだよ。
下手すると公爵より上だ。
正直ぶっちぎりの身分だ。
「……ありがたく、お受けさせて頂きます」
ラナエ嬢はそう言ってから、突然瞳を潤ませた。
そのまま滂沱の涙を流し始めるラナエ嬢。
どうしたの?
「失礼致しました」
泣きながらよろめくように俺の前から下がったラナエ嬢は、いつの間にかそこにいた嫁に抱きついた。
「ハスィー。
わたくしは」
「おめでとう。
ラナエ」
嫁が小柄なラナエ嬢を抱きしめると、期せずして周り中から拍手が起こった。
ラナエ嬢はここにいてもいいらしい。
何でいきなり?
「ラナエのこれまでの苦労が報われたからでございます」
俺の側に立っていたユマさんが言った。
「ラナエはアレスト市で我が主にお会いしてから常に尽くして参りました。
その甲斐あって、ようやく望みを果たしたと」
「いや、俺はずっとラナエさんを信頼してきたけど」
反論するとユマさんは微笑みを深くした。
「目に見える形での評価が重要なのですよ。
我が主はラナエを『名代』に叙した。
これは全面的な肯定であり、無制限の信頼を意味します。
ラナエがああなるのは無理もないかと」
さいですか。
それほどのもんかねえ。
俺はラナエ嬢なら信頼できるしヤジマ商会を仕切れると思ったからそうしただけなんだが。
万一、ラナエ嬢が失敗してヤジマ商会を潰してしまっても構わないし。
もう嫁と子供達を一生養うくらいの蓄えはあるからね。
「そこまでの信頼を受けてラナエも本望でございましょう。
良い事をされました」
いや、ユマさんの提言に従っただけなんだが(汗)。
ラナエ嬢が嫁と一緒に退いて着座すると、ノールさんが言ってきた。
「続けてよろしいでしょうか」
「お願いします」
人数がいるからな。
さくさく進めないと。
そうやって俺は淡々と近衛騎士を量産していった。
ノールさんが口上を述べ、俺とオウルさんやハマオルさん、ジェイルくんが名乗りを上げると列の先頭の人が進み出て片膝を突く。
俺が鞘に入ったままの剣で両肩を叩いて近衛騎士であると宣言。
それを延々と繰り返す。
ある意味退屈だ。
厳粛な式のはずなのに何となくだらけた空気が漂い、叙任待ちの人たちや近衛騎士になった連中が雑談を始めていたりして。
まあ、俺が大公殿下という時点で既にコメディっぽくなっていたからな。
そうやって希望者全員プレゼントで近衛騎士位をばらまく。
最後はオウルさんだったけど、高位貴族役はカールさんに替わって貰った。
だってフレスカさんは無関係とは言いがたいからね。
やっぱ泣かれた。
「これで……私も主上の家臣なのですね!」
違います(泣)。
オウルさんの叙任が済むと俺は皆さんに着席して貰った。
ノールさんと協力して何かの書類を整理しているユマさんに声をかける。
「ユマさん」
「何でございましょう。
我が主」
ユマさんは近衛騎士叙任を希望しなかったんだよ。
これは無理がない話で、そもそも俺を近衛騎士に叙任したのがユマさんだからね。
その俺がやったら世間に何か不自然な印象を与えかねない。
密約とかマッチポンプとか。
でもこれからのユマさんにも立場は必要だ。
ヤジマ財団で何をする気なのかは知らないけど、まず間違いなく諸国の閣僚や領主クラスの貴族と渡り合うことになるはずだから。
だからこれはユマさんも知らないことだけど、俺はやる。
「ちょっと来て下さい」
「はい?」
俺の前に進み出るユマさん。
改めて見ても綺麗な女性だ。
嫁みたいな華麗さはないけど、普通に美人なんだよね。
まあいいか。
「では」
俺はユマさんと向き合うと言った。
「ユマ・ララネル殿。
あなたをヤジマ大公代行に任命します。
ヤジマ家の力を存分にふるって下さい」
沈黙。
「あの、それは?」
さすがのユマさんも不意を突かれたみたいで口ごもった。
「大公の『代行』です。
俺にかわって何でも出来る立場です。
代理人みたいなものだと思って下さい」
「はい……ありがとうございます」
まだ五里霧中のようだ。
「なるほど!」
さすがはジェイルくん。
一番早く気づいたな。
「つまりこれでユマ殿はマコトさんの『力』を自由に行使できるようになると」
「そう。
これからは俺にいちいち断らなくても自由にやってくれて良いから」
実際問題として、今までも俺の知らない所で色々と動いていたらしいからな。
既に持っていた権利を明白化しただけとも言える。
でも俺が正式に任命したことでユマさんは随分やりやすくなるはずだ。
しかもだ。
「名代」と違って公の身分ではないため、ユマさんは責任を取る必要がない。
ラナエ嬢はソラージュの貴族制度で認められている名代だから何かあった場合は俺と一蓮托生だ。
だけどユマさんはそういった柵なしに自由にやれるんだよ。
ヤジマ大公家の力の及ぶ限りは。
どうよ?
「ヤジマ大公殿下。
主に替わってお礼を申し上げます」
ノールさんが片膝を突いた。
「ヤジマ大公殿下のお心があまりにも大きく、現在主は言葉を失っておりますが、決して感謝していないわけではなく」
「ごめんなさいノール。
ちょっと取り乱してしまいました。
我が主。
ありがたく、お受けさせて頂きます」
ユマさん、まだ言葉が乱れているような。
まあいいか。
ユマさんが頭を下げると周り中から拍手が起こった。
おめでとう!
ユマさんもここにいていいようだ。
よし。
これで俺はヤジマ財団からも手を引ける。
いやもちろん放り出す気はないし、客寄せパンダくらいならいつでもやりますので。
後はラナエ嬢とユマさんにお任せします。
そう思って自己満足にふけっていると何か凄い気配が近寄ってきた。
「何と言う度量!
それほどまでに配下の者を信頼できるとは。
このオウル……」
やっぱし。
何かが心の琴線に触れたらしい。
いや俺は面倒を避けたいだけであって。
「判っております。
すべてを任せて責任はとる。
配下の者はそのお心を感じ取り、あらゆる手を尽くして任務を遂行する。
だからこそ、常人には思いも寄らないほどの成果が挙げられるのでございますね!」
オウルさんの中でヤジママコト伝説が精錬されていく。
別にいいですけどね。
誰の迷惑になるわけでもないし。
ただちょっと俺の心が傷つくだけで。
「私も主上の配下として帝国を統治したく!」
止めて(泣)。




