24.現役復帰?
オウルさんたちが暴走して話にならなくなってしまったため、その日は解散になった。
結局、計画とやらの詳細は不明なままだ。
想像はつくけど。
つまり日本で言えば政策事業のようなものなんだろう。
いや、その前段階の研究計画か。
政府というか、この場合はヤジマ商会だけど、金を持っている組織がとある目的を持って事業計画を募集する。
予算をつけて事業を発注するんだよね。
当局が指示するのは目的というかむしろ概念的なもので、何をどうするのかは応募する研究者が決めるわけだ。
俺も北聖システム時代にちょっとだけ関わったことがある。
政府が閣議決定とかである分野の発展を意図したとする。
すると該当する官僚組織が一般公募するんだよ。
例えばIT分野でその目的に添った事業を立ち上げるとか。
俺が関わったのはネットを利用した遠隔診断対応システムの開発だったな。
もちろん俺がそんな大それたことなんか出来るわけない。
実際にやったのは開発部の優秀な技術者で、俺は現場担当として意見を言っただけだ。
検討会議に出席して色々言ったせいか、当局に提出した研究計画の最後には俺の名前も載っていた。
あの時は嬉しかったなあ。
もっともその計画は却下されちゃったけど(泣)。
というような形で募集したんだろうな。
ヤジマ学園の教授や講師たちは日本の大学と同じで常に予算に飢えている。
そんなところに予算をエサにしてぶら下げたら争って申し込んでくるはずだ。
ユマさんがやったのは、多分魔王対策のアイデアとその実現性のテストか何かの募集だろう。
研究者は自分の専門分野で何か出来る事はないかと考え抜くはずだ。
人が足りないということはない。
予算がつくんだったら人を募集すればいいんだから。
俺たちが案内された「司令部」とやらは計画の情報を整理する場所なんだろうね。
一定期間ごとに集まって情報交換したり成果を発表したりする。
成果が上がれば予算が増額されたり新しい研究を認められたりする。
マジで日本の大学になってきた、じゃなくてむしろもうこれは研究所に近いかも。
昼食の時に嫁に話してみたら頷かれた。
「その件はわたくしも知っています。
ユマに相談されましたもので」
そうなの?
「はい。
わたくしのギルド執行委員としての経験が必要だったようです」
なるほど。
こう見えて嫁は若くしてバリバリのギルド執行委員だったもんな。
それどころか俺のいい加減な台詞を元にして野生動物の活用計画を立ち上げ、アレスト興業舎を成功させてしまった凄腕の経営者でもある。
何のことはない、嫁こそがカリスマ創業者だったわけだ。
「そんなことはございません。
貴方がいなければ『あの丘の向こう』も存在しなかったのですから」
「あの丘の向こう」か。
懐かしいな。
見習い冒険者だった俺がギルド臨時職員にしてやると言われてホイホイ出かけて行ったらいきなり次席とやらにされたりして。
でも俺、結局はアレスト興業舎でブラブラしていただけだったからなあ。
それなのに高給貰って良かったんだろうか。
「貴方はあいかわらずですね。
マコトさんがいなければ何も始まらなかったのですよ。
この子たちも存在しませんでした」
嫁が腕に抱いた息子に離乳食をやりながら言った。
そろそろ乳離れしていいらしい。
ちなみに娘は俺の膝の上で眠っている。
飯を食っていると思っていたら突然バタッと寝るんだよね。
起きている間は激しく動いているので疲れるんだろうな。
「そうだね。
あの頃はまさかこんなことになるなんて想像も出来なかったけど」
嫁のことを「様」付けで呼んでいたもんなあ。
自分がやられると判るけど、あれって居心地が悪いんだよ。
でも嫁は雰囲気からして「様」をつけて呼ばないと不敬という気がプンプンしていたし。
「本当ですよ。
わたくしが貴方に呼び捨てで呼んで頂けるようになるまでどれくらいかかったか」
しょうがないじゃん。
身分からして嫁は伯爵令嬢だったし、俺は平民だったんだから。
近衛騎士になってもまだ身分差が大きすぎたしな。
正式に婚約して初めて嫁を呼び捨てに出来たんだっけ。
それが今や俺の子を二人も産んでくれている。
思えば遠くに来たもんだ。
「わたくしとしましては、ヤジマ家の繁栄のために子供は多い方が良いと」
嫁も露骨に言うようになったな。
まあ嬉しいんだけど。
でもそれはベッドに入ってからの話だ。
今は相談したいことがある。
「何でしょうか」
嫁はすぐに真面目モードになった。
この辺りの切り替えはさすがだ。
傾国姫の二つ名は伊達じゃない。
あまり関係ないかもしれないけど。
「計画のことなんだけど、多分ヤジマ財団が本格稼働したらそっちも大車輪で動き出すと思うんだ。
俺が理事長になる予定なんだけど、ちょっと自信がなくて」
弱音を吐いてしまった。
だってこんなこと、嫁にしか言えないよ。
オウルさんとかユマさんに言ったら過剰に反応されるのが目に見えているし。
それにおそらく根本的な解決にはならない。
あの人たち、なぜか俺の事を無謬だと思い込んでいるからな。
俺が悪いんじゃなくて自分たちが至らないからだとか言い出しそうなんだよ。
その点、嫁は俺の欠点や駄目な所をよく知っているからね。
だって俺、前に嫁に縋って泣いちゃったこともあったし。
「貴方が至らないというよりは、ただ人間であったというだけだと思いますが。
でもそうですね。
貴方の背中を支えるのはわたくしです。
それが妻の役目です」
うーん。
まだちょっと俺の現実を反映しているとは言い難いけど、とにかく助かった。
嫁万歳。
「それでどのようにして貴方のお役に立てば良いのでしょうか」
「ヤジマ財団に入って欲しい。
役職は何でもいいけど本気で動いて欲しいんだ」
アレスト興業舎を立ち上げた嫁なら出来るはずだ。
つまり俺は自信がない。
だってヤジマ財団を隠れ蓑にしてニートで引きこもりをやろうと思っていたんだよ。
それが気がついたら計画とやらが始まっていて、しかも結構進んでいたりして。
無理。
そもそもそんなのを率いる覚悟なんかあるはずないでしょう。
だからここは傾国姫である嫁に頼るしかないと。
「わたくしは最初からそのつもりでしたが」
嫁はあっさり言った。
「そうなの?」
「はい。
これまではこの子たちを産んで育てなければならないということで他の事を顧みる余裕がありませんでしたが。
でも二人とも元気で育ってくれています。
リズィレたちも協力してくれますし、この分ならもっと子供たちが増えてもわたくしの現役復帰に支障はないかと」
そうなのか。
ハスィーって娘を妊娠した辺りから引きこもりみたいになっちゃったんだけど、あれってつまり子供を育てるために全力を集中していたわけね。
娘に続いて息子が産まれてうまくやっていけそうだということで現場に戻りたいと。
なるほど。
まあ、日本でも子育てが一段落したら職場に復帰するのが普通だ。
日本の場合は「子育て」期間が長すぎるのと、全部自分でやらなきゃならないためになかなか復帰出来ないんだけどね。
でも嫁には協力者というか配下が掃いて捨てるほどいる。
大公妃なんだよ。
傾国姫でもある。
そんな物凄い人がいつまでも専業主婦やっていていいはずがないか。
「それは嬉しいな」
「これまでは仕事面ではあまり貴方のお役に立てませんでしたから。
その分、頑張らせて頂きます」
よし。
傾国姫が立ってくれるのなら無敵だ。
営業力とか経営手腕とか、ちょっと他では見られないくらいの逸材だもんね。
それ以前に傾国姫には誰も逆らえない。
女神を前にしたら誰でも傅くことしか出来ないのだ。
例外はユマさんとかラナエ嬢とか、オウルさんも大丈夫だろうけどその程度か。
「じゃあ一緒にヤジマ財団やろうか」
「はい。
嬉しいです」
息子を抱いたまま微笑む嫁は名画か宗教画みたいだった。
聖母がこんなに美しかったらキリスト教じゃなくてマリア教になっていたかもしれないな。
でもちょっと待って。
嫁が仕事に戻ったら娘と息子はどうするの?
「当然、一緒に連れて行きますよ?
この子達にも両親の仕事を知って貰いたいですから」
職育接近かよ!




