21.サプライズ?
別に言うべきこともないので、俺は当たり障りのない事をちょっとしゃべった後にオウルさんを紹介した。
この人の存在感は俺の比じゃないからね。
オウルさんは突然振られても全然動じなかった。
俺に頷いて進み出ると言った。
「ホルム帝国皇太子オウルである。
ヤジマ学園の諸氏にご挨拶申し上げる」
低くてあまり大きな声じゃないのに響き渡る美声。
静まりかえる群衆。
それから一斉に歓声が沸き起こった。
凄いサプライズだよね。
帝国皇太子がソラージュを訪問中であることは割と知られていたと思うけど、まさかいきなりヤジマ学園にやってくるとは誰も思ってなかったんだはずだ。
食堂ではかなり多くの人に目撃されていたけど、オウルさんは別に帝国軍の軍服とか儀礼服を着ているわけじゃない。
今の服装は貴族なら当たり前、という程度のものでしかない。
俺が目立っていたし、護衛に囲まれていたから認識されなかったんだろうな。
あのカリスマも近づかなければよく判らないからね。
つまり、今の今までオウルさんがヤジマ学園にいることは知られていなかったのだ。
それがいきなり挨拶だよ。
そしていったん認識されてしまえば尋常じゃないカリスマが周囲を圧倒する。
ほとんど嫁に匹敵するほどの力だ。
嫁の「力」が衝撃だとすれば、オウルさんのは威圧かな。
ただそこにいるだけで圧力を感じる支配者の証だ。
誰もその存在を無視出来ない。
帝国って凄い。
「ヤジマ学園には縁あって立ち寄らせて頂いた。
素晴らしい施設であり組織であると感じた。
増してその構成員たる諸君はソラージュおよび祖国の誇りである。
我が帝国もいつの日か、ヤジマ学園に追いつきたいと思う」
オウルさんは堂々と述べる。
途中で熱狂した声や黄色い歓声が上がり、オウルさんが話し終えるとシュプレヒコールが始まってしまった。
「帝国皇太子殿下!」
「帝国皇太子殿下!」
「万歳!」
帝国人も混じっているらしい。
それにしてもヤジマ学園の学生ってノリがいいなあ。
ほとんど人気ロックバンドのコンサート並だぞ。
オウルさん人気が凄い。
まさにカリスマ。
本物の皇太子でもあるからね。
俺、このまま引退出来るんじゃ?
そう思っていたら、オウルさんが手を上げてシュプレヒコールを止めた。
「諸君。
ありがとう。
だが諸君らが讃えるのは私ではあるまい。
これらすべてを作りだし、諸君らに機会をもたらしてくれた方がいる」
オウルさんが手を差し伸べて俺を招く。
「ヤジマ大公殿下。
私が最も尊敬し憧憬するヤジマ学園の主。
この方こそ、歓呼に相応しい!」
いや、そんなことはないですが。
でも群衆は一呼吸置いた後、一斉に叫びだした。
「ヤジマ大公殿下!」
「ヤジマ大公殿下、万歳!」
「ヤジマ帝国皇子殿下、万歳!」
やっぱ帝国人が混じっている。
そういえばフレスカさんやエスタ少佐も軍務でか何かは知らないけどセルリユに来たことがあると言っていたっけ。
そういう人たちが結構入り込んでいるのかも。
オウルさんが従者だとか言い出さなくて助かった。
しょうがなくて俺が手を振ると歓声がさらに増した。
オウルさんまで拍手している。
困るなあ。
しばらく手を振り続けたけど一向に止む気配がないのでオロスさんに合図して引っ込む。
庶務課長は心得たもので「それでは解散!」と叫んでくれた。
学務棟に退却して俺の部屋のはずの理事長室に落ち着くと、俺は思わず文句を言ってしまった。
「俺たちはお忍びなのでこういうのは止めて欲しいんですが」
「申し訳ございません。
今後は気をつけます」
平然と返してくる庶務課長。
度胸も凄いけど、これって前に仕掛けた学園祭の件をまだ根に持たれているのかも。
「そのようなことはございませんのでご安心下さい。
あれを教訓として学園も体制を固めました。
次の学園祭は大丈夫でございます」
やっぱ根に持っているな。
まあ別にいいですけど。
理事長室は静かだった。
人払いしてあるし、もともと学務棟は職員以外は立ち入り禁止だ。
ほとぼりが冷めるまでここに籠もろう。
そう思いながらお茶を啜っているとノックの音がしてフレスカさんが入って来た。
いつの間に別行動していたのか。
そういえばこの人、参謀将校だったっけ。
油断できないな。
フレスカさんはオウルさんに近寄って何か耳打ちした。
「それは本当か?」
「はい。
是非ご確認して頂きたく」
何だろう?
するとオウルさんは真顔になって庶務課長に言った。
「オロス殿。
視察したい場所があるのだが」
「どのような場所でございますか?
オウル殿下」
視察したい場所?
ヤジマ学園にオウルさんの興味を引きそうな所ってあるのか。
学術研究で?
「『計画』だ」
何それ?
庶務課長が眼鏡を直してニヤリと笑った、ような気がした。
アニメとかで腹黒がよくやるアレだ。
いや実際には庶務課長は眼鏡男子じゃないし笑ってもいなかったんだけど。
「失礼ですが、どこでその呼称を?」
「帝国も眠っているわけではないのだ」
何か諜報戦みたいになってきたけど、ヤジマ学園の庶務課長がどう絡むの?
「失礼いたしました。
もちろんでございます。
上の方からはすべてお伝えせよと命令されております」
この場合の「上」って誰なんだろう。
学園長ってことはないだろうな。
もっと上というとミラス殿下かルディン陛下?
庶務課長は咳払いして言った。
「違います。
略術の戦将様でございます」
あ、そっちね。
ヤジマ学園は王政府が認めた国立の大学/研究機関に見えるけど、実際には私立だ。
ヤジマ商会配下の企業なんだよ。
従ってオロスさんの上司はモレルさんだとしても、遙か上にはヤジマ商会の元締めがいることになる。
具体的にはユマさんか。
ユマさん、ヤジマ商会を退職したような事を言っていたけど、裏ではまだ君臨しているらしい。
「そうか。
ユマ殿が」
「はい。
『計画』でございますね。
承知いたしました。
すぐにご覧になられますか?」
オウルさんが目で聞いてくるので頷いておいた。
別に興味はないし、本当は知りたくもないけど俺はオウルさんの接待役だからね。
ヤジマ学園内で何が起きているんだろう。
ていうかどうみてもユマさん絡みの事業臭いんだけど。
それにしても俺も知らないような情報を探り出してくるとはフレスカさんも凄い。
さすがに参謀将校だけのことはあるな。
「いえ?
私はユマ殿より伺いましたが?」
さいですか。
別に秘密でも何でもなかったらしい。
俺が知らなかっただけか。
別に知りたくもなかったからいいんですが(泣)。
でも俺に「計画」と聞こえるってことは大規模な計画なんだろうな。
アレスト興業舎を作った時もギルドで「プロジェクト」と呼ばれていた、というか俺の脳がそう翻訳していたから。
あれは相当の金とマンパワーを注ぎ込んだ一大計画だった。
複数の目的を持ち、同時並行して色々とやっていたからね。
嫁の持参金を形にしてギルドから資金を引き出したんだけど、アレスト家にはそんな金はなかったんだから失敗していたら大変だっただろうな。
ていうか嫁ってギャンブラーなんじゃない?
まあいいか。
フレスカさんに聞いてみた。
「その計画とやらを探していたんですか?」
「はい。
ユマ殿のお話ではすぐに判るとのことでしたので一足先に見に行こうと」
見つからなかったと。
どんなもんを想像していたんだろうか。
ヤジマ学園は「学校」だから、例えば建物がそのまま何かを表しているわけじゃない。
経営学部も教養学部も同じように見える。
俺の脳が計画と解釈したってことは、おそらくそれはヤジマ学園で進行している何かの研究開発計画なんだろうな。
普通、そういった計画には名前がつくものだ。
「iPS細胞何とか」みたいな。
だけどそういったものを集めた大規模な研究事業には名前をつけにくくなる。
ていうか正式名称はあるんだけど、長ったらしいから誰もそんな名前では呼ばない。
簡単に「計画」とか「プラン」とか言ったりするんだよね。
つまり、固有名詞化するほどの大規模な計画だということだ。
そんな事をやっているのか。
予算はどっから出たんだ?
ヤジマ学園は確かに外部からの投資や寄付を受け付けている。
だけど学部横断的な大規模計画を立ち上げられるほどの資金提供って出来る者は少ないはずなんだが。
「当然でございます」
オロスさんが振り返って言った。
「当計画はヤジマ商会からの直接資金提供により運営されております。
今年度より『ヤジマ財団』に切り替わるという通達を受けておりますが、その他の条件は変更されておりません。
つまり資金源はヤジマ大公殿下でございます」
俺?




