20.挨拶?
「やはり! 主上もヤジマ学園の教授でごさいましたか!」と感激するオウルさんを置いといて、俺は人数分のトレイを借り出した。
オウルさんやフレスカさんだけじゃなくて、護衛の人たちにも回す。
「よろしいのですか?」
「構いません。
皆さんも楽しんで下さい」
ハマオルさんに護衛のローテーションを任せたからうまくやってくれるだろう。
護衛の人たちの方から歓喜の感情が流れてくる。
帝国騎士の人たちも例外ではないようだ。
そんなに嬉しい?
「当然でございます。
それにしても主上のやりようには感嘆するばかりです。
支配者とはこうあるべきという見本でございますね」
オウルさんが感激しているけど、俺は単に飯を奢っているだけなんですが(泣)。
人気取りと言われても仕方がないけど、俺のサラリーマン根性が耐えられないんだよ。
だって俺を守ってくれる人たちを立たせたままで自分たちだけ食事するなんて、軽小説の嫌味な貴族そのものじゃないか!
まあ、俺だって財力がなかったらやってないけどね。
こないだ教えて貰ったあの情報。
俺の借金がとっくになくなっていたという話で気が大きくなっているのだ。
それだけじゃなくて、俺の財産は莫大の一字という。
流動資産だけでもどうしていいのか判らないくらいあるらしいし。
ビル・ゲ○ツとかそういう人たちって今の俺みたいな気持ちになったんだろうか。
ならないだろうな。
あの人たちは起業家だ。
俺みたいなサラリーマンとは違うんだよ。
「「「ご馳走になります!
ヤジマ大公殿下!」」」
護衛の人たちが声を揃えて言ってしまった。
バレるでしょう!
食堂内に衝撃が走った。
「嘘?
ヤジマ大公殿下が?」
「本当だ!」
「凄い!
初めて見た!」
たちまち沸き起こる私語。
護衛の人たちが一瞬で俺たちを囲んだ。
あーあ。
「お下がり下さい!」
鋭い声が喧噪を切り裂く。
サリさんか!
「ヤジマ大公殿下はお忍びです!
貴重なお時間を割かれてご視察においでになったのですよ!
皆さんもヤジマ学園の学生なら、それなりの敬意をお払い下さい!」
ぴたりと喧噪が収まる。
そして周囲の人たちは大人しく席に戻った。
凄え。
サリさんって何者?
いや学園長の婚約者か。
英雄の嫁はやはり英雄なんだな。
「うむ。
さすがはヤジマ学園。
一職員にしてこれほどの統制力とは。
帝国軍にも是非欲しい人材でございます」
オウルさんすら感心していた。
サリさんは緊張感を緩めると丁寧に礼をとった。
「お騒がせ致しました。
ごゆっくりどうぞ」
そういうサリさんもトレイを手にしている。
一緒に食う気か。
腹の据わり方がハンパじゃねぇ。
やっぱ凄い人だったか。
俺たちはそれぞれ食材を取って席に戻って食った。
美味い。
ヤジマ商会の底力はこの飯だという気がする。
護衛の人たちもローテーションで交代しつつ食っていた。
よって俺たちはゆっくりと過ごす。
みんなが食い終えるまで動けないからね。
ちなみに周囲の人たちは俺たちをチラ見したりコソコソ話すだけで近寄ってこなかった。
まあ、精鋭の護衛が取り巻いているから来ようとしても阻止されただろうけど。
地球だったらスマホで撮られ放題だろうけど、こっちにはそんなもんはないからな。
気が楽だ。
「ひとつ聞きたいのだが」
オウルさんがサリさんに言った。
「何なりと」
「ヤジマ学園の者はいつもこのような豪華な食事をしているのか?
贅沢過ぎるのではないか」
「いつもではございませんね。
食堂の食事料金は学内価格として抑えてありますが、それなりの額になっております。
貴族や大商人の子弟はともかく学生の多数は平民でございますので自炊することが多いようです」
「やはりか。
それはつまり、あまり余裕がない者でも学生になれるということだな?」
ああ、そういうことか。
オウルさんの疑問が判った。
帝国における学術研究は裕福な者の趣味なんだよ。
あるいは誰か後援者がついているとか。
つまりそれほどの人数はいないのだろう。
ヤジマ学園の学生は多すぎるからね。
サリさんが説明した。
「はい。
『ヤジマ奨学金』という制度がございまして、試験に合格すれば身分や出身に関わりなく支援を受けることが出来ます。
基本は金銭貸与ですが、住居や物品の支給もございます。
条件を満たせば返済義務を免除されます」
へー。
ヤジマ学園にもそういう制度があるのか。
日本の奨学金と同じだね。
普通は就職してから返済するんだけど、例えば医者とか教師なんかは一定期間その職業で働けば返さなくてもいいとか。
いや、よく知らないけど。
サリさんが不思議そうに言った。
「この制度はマコトさんが提唱されて始まったと聞いておりますが?
奨学金の原資はマコトさんの個人基金を元に設立されたはずです。
もっとも現在では奨学金を得てヤジマ学園を卒業した方々が全額返済したのみならず、自発的に寄付して下さるので黒字運営でございます」
そうなの?
そういえばかなり前にちょっとジェイルくんに話したような記憶がある。
また俺の知らないところで色々と動いたらしい。
いや報告されたかもしれないけど、例によって忘れたんだろうな。
俺、興味ないことは即メモリクリアだから。
「やはりでございますか。
ご行為が偉大過ぎてもはや何も申し上げることもありませぬ。
この上は、少しでも主上の後を追えるよう粉骨砕身努力するのみでございます」
オウルさんがしみじみと言ったけど、そんなんじゃないから。
全部ジェイルくんとかそういう人たちがやったので。
虚しいから言わないけど。
護衛の皆さんが全員食い終わるのを待って食堂を後にする。
誰も突進してきたりはしなかったけど、俺たちの行く先々で鈴なりの群衆に取り巻かれた。
マイケル・ジャ○ソンとかが来日した時みたいなもんか。
そうなんだよ。
今の俺は大公のはずで、これって国王陛下の次くらいには身分が高いんだけど、どうもそういった相手に対する敬意があまり感じられない。
どっちかというとスターというか庶民の人気者的な扱いなのだ。
やっぱ俺の貫禄がないのが原因なのか。
まあ、謙られるよりはマシだけど。
「主殿の場合はご身分よりご行為で知られておりますから」
ハマオルさんが教えてくれた。
「何しろ毎日の生活の中でヤジマ商会に関係しないものはないと言っても良いほどでございます。
ヤジマ芸能しかり、ヤジマ食堂しかり。
しかもかなりの数の者がヤジマ商会やその関連団体に救われたり雇用されたりしております。
そういった状況ですので、庶民からみると大公殿下というよりは著名人として認識されているかと」
そうなんですか。
確かに街を歩いていてもヤジマに合わない日はないくらいだからな。
ヤジママークの馬車なんかそこら中を走っているし。
それどころかマークがついてなくても野生動物を見たら自動的にヤジマ商会を連想するそうだ。
俺の知らない間にとんでもない怪物になってしまったんだなヤジマ商会。
まあいい。
俺にはもう関係ない話だ。
「申し訳ございません」
突然サリさんが言った。
「何でしょうか」
「学園長より言いつかっておりまして、是非ご挨拶頂けないかと。
実は事前にヤジマ商会より連絡がございましてより、学内のあらゆる部署からの突き上げが激しく」
学園長。
アンタも策士かよ!
サリさんに言われたら拒否出来ないじゃないか。
まあしょうがない。
確かに帰還の挨拶はしてなかったし、礼儀として一言くらいならいいか。
ついうっかり頷いてしまったのが間違いだった。
判っていたんだよ罠だって。
俺の前には大群衆が集まっていた。
ここ、確か俺が子爵にされた時に嫁が挨拶した場所じゃないか。
騙された。
何が挨拶だよ!
「皆さんご静粛に!
ヤジマ大公殿下よりお言葉がございます!
皆さん、ご静粛にお願いします!」
オロスさんが声を張り上げると群衆は一瞬で静まりかえった。
この統制力は凄いよね。
「……ではヤジマ大公殿下。
よろしくお願い致します!」
そう言って引き下がる庶務課長。
どうしろと?




