19.教授証?
モレルさんもやることはやっているらしい。
それはそうだろうな。
サリさんってマジでもてそうだし。
でも、それにしてはサリさんの立場が変わらないような。
「もうすぐ休職しますので」
サリさんが恥じらいながら言った。
無意識にだろうけどお腹を庇っているような。
そうか。
だから婚約者か。
「判りました。
サリさんはお守りします」
「ありがとうございます」
オロスさんが頭を下げてくれた。
なるほど。
学園長権限でサリさんを荒っぽい仕事も多い総務課からとりあえず内勤専門の庶務課に異動させたと。
でもそれってオロスさん大変なんじゃ。
近衛騎士身分の学園長の婚約者が部下なのだ。
公然と守るわけにはいかないし、かといって放置も出来ない。
オロスさんの縋るような目つきが痛々しい。
大丈夫です。
サリさんの安全は守ります。
俺の護衛の人たちが。
「お任せ下さい。
主殿」
ハマオルさん、頼もしいぞ。
オウルさんは微笑しただけだった。
俺の従者を自称しているだけに、護衛についてはハマオルさんに任せてくれるようだ。
オウルさんもハマオルさんについて調べたようで「主上の護衛として文句のつけようがございません」とか言っていたから、ちゃんと認めてくれているんだろうな。
帝国皇太子の護衛は当然だが帝国騎士で、その人たちは気配を消しつつ周囲に展開してくれている。
そしてフレスカさん。
護衛としてやはりという何というか元帝国軍人のオロサさんがついていた。
今までは姿を見なかったのは隠れていたんだろうな。
俺と視線が合うと苦笑しながら頭を下げてきた。
いや別にいいんですよ?
あなたの正体が何だろうが。
それでも気になるから聞いてみた。
「帝国軍はどうしました?」
「退役致しました。
現在はフレスカ様の護衛の立場で」
ずっとそうだったんだろうけど。
まあいいか。
サリさんを案内として俺たちはヤジマ学園を回った。
前にもこんなことがあったよね?
「そうでございますね。
マコトさんのご身分が大違いですが」
サリさんがクスクス笑った。
この人も貫禄が出て来たな。
モレルさんの婚約者ということは、将来は近衛騎士の正室なわけだ。
いやモレルさんのことだからまず間違いなく世襲貴族に昇爵するだろう。
もともと侯爵家の嫡子だったんだし、ミラス殿下の側近なら将来的に似たような身分までいくんじゃないのか。
大変じゃない?
「大変です。
ですがまあ、何とかなるかと」
サリさんも凄いよね。
そういえばこの人、ソラルさんの友達だったんじゃなかったっけ。
腹の据わり具合が違う。
それにしても、あっちもこっちも出世の大盤振る舞いか。
みんなサラリーマンなんだよなあ。
俺もそっちの方が良かった(泣)。
オウルさんはもちろんヤジマ学園を見るのが初めてなので、俺は引っ込んでついて回った。
サリさんが学務棟とか研究室などを案内する。
ヤジマ学園はあまり変わっていなかった。
まあ、箱ってそんなに変わるもんじゃないからね。
園内を歩いている人たちも人間と野生動物たちのごた混ぜだ。
どことなく気怠げな雰囲気が漂っているのは俺の大学と同じだったりして。
いや別に俺の出た大学が変なんじゃなくて、大学なんかみんなそんなもんだろう。
建物の間は芝生などになっていて、いたる所に学生たちの集団がいる。
何か議論している人たちも見たが、大抵はぼやっと座っていたり寝ていたりするだけだ。
あっという間に日本の大学みたいになってしまった。
違うのは、学生たちが必ずしも若者だけではないことだな。
下は小学生くらいの子供たちから上は高齢者まで満遍なくいるし、野生動物もそれなりに彷徨いているので放し飼いの動物園かサファリパークのようだ。
「これは素晴らしいですな」
オウルさんが話しかけてきた。
「そうですか」
「はい。
『文化』を感じます。
帝都の研究機関には存在しないものです。
なるほど。
これが主上の目指すものなのですね」
いや、俺は別に何も目指してないけど。
オウルさんは俺に構わず熱に浮かされたように続けた。
「この弛緩した雰囲気。
にも関わらず、ここには『知』が溢れている。
そうか。
これが本当の研究施設か!」
大学って確かに研究機関ではあるんだけど。
教育学の講座で教えて貰ったところによると、日本の学校教育法における大学の位置付けは「研究機関」なんだよね。
就職予備校というか学士資格認定機関みたいに思われているけど、実際には学者が研究するための組織なんだよ。
学生はすべからく研究者の卵という位置付けで、つまり研究者になるための教育を受ける場所だ。
今では誰もそんなこと思ってないけど。
それを聞いた時に納得したのは、何で大学に4年も通って勉強したのに就職したらまた仕事を覚えるための勉強しなきゃならないのかということで。
はっきり言って大学の勉強って仕事の役には立たない。
もちろん医者とか法律家みたいに大学で学んだ知識や取得した資格がないとなれない職業もあるけど、その人たちだって大学出たらすぐに第一線で働けるわけじゃない。
知識があっても経験が圧倒的に足りないから、働きながら学んでいくしかないわけだ。
サラリーマンなんかもっと酷い。
例えば俺は心理学で学士号取ったはずなんだけど社会に出てやっていたのはITとか営業だもんね。
正直、大学で取った単位は就職したら無意味だった。
でも大学が研究機関なんだとしたら当然なんだよ。
俺が学部で学んだ知識を元に大学院に行ってさらに最低5年勉強してやっと研究者の卵になれるわけだ。
そこまで行って初めて大学に通う意味が出てくる。
無理だよね。
だったら就職つまり職業訓練機関は何なのだと言われたら専門学校と応えるわけだが、そんなことはいい。
ヤジマ学園が大学なんだとしたら、やっぱりここも研究機関ということだ。
俺は感心して唸っているオウルさんに聞いてみた。
「帝国にはこういった施設はないんですか?」
ないんだろうな。
もしあったらオウルさんが感心するわけがない。
「ございません。
純粋な教育機関自体が存在しませんので。
研究機関はあることはありますが」
そんなことを誰かが言っていたな。
帝国学術院とか何とか。
「あれは研究機関というよりは研究者の集まりのようなものですな。
各専門の者がそれぞれ独自に研究を進めているだけでございます。
組織と言えますかどうか」
そうなのか。
なるほど。
「学校」の概念もまだ未発達なわけね。
師匠と弟子がいるだけで、一子相伝に近い形態で学問の道を究めていると。
帝国は国をあげてそういった研究者を保護しているらしいけど、多分予算をばらまいているだけなんじゃないかと思う。
地球でも最初はそんなもんだったと聞いたことがある。
錬金術師とかね。
貴族が後援者になって学者を抱え込み、言わば趣味で育成していた。
音楽家や芸術家も似たようなもので、例えば国全体でまとまって育てようとかそういう事はなかったらしい。
そして音楽家や芸術家はともかく、技術は広めないで隠匿する。
それだけその貴族の力が増すわけだから。
だから科学技術の発達が遅々として進まなかったと。
「その通りでございます」
オウルさんがため息をついた。
「芸術や学問が貴族や大商人どもの遊び道具になってしまっている。
嘆かわしいことです。
ですがヤジマ学園は違います!」
違うんだろうか?
学生たちの遊び場になってしまっている気もするけど。
「何をおっしゃいます。
これらすべては主上が壮大な展望を描いて作り出したと伺いましたぞ。
まさに初代皇帝陛下の再来!」
またそれか。
オウルさんの場合、最後にはそこに収束するからなあ。
俺、そんな展望とか全然なかったんですが。
そもそもヤジマ学園自体、ミラス殿下の恋を応援するためにでっち上げた組織だし。
まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったんだけどね。
まあいいか。
何がしかの感銘を受けてくれたみたいだから無駄にはなるまい。
将来の帝国皇帝の役に立ってくれれば。
サリさんはそんな俺たちの狂態を華麗にスルーした。
淡々と案内を続ける。
「こちらがヤジマ学園の食堂でございます。
どなたでもご利用出来ます」
そうなの?
前に聞いたところだとヤジマ学園の関係者しか駄目だったんじゃなかったっけ?
学生証のツケで食うとか。
「それはその通りでございますが、誰か一人が学生証を持っていればその他の人に奢ることができるわけです。
もっともクイホーダイというわけではございません」
前にもそう聞いたね。
お代わりは割り増しになると。
「これは面白そうですな。
主上、よろしいでしょうか?」
オウルさんが言うのなら是非もない。
でも俺たちは学生じゃないしな。
前はサリさんが立て替えてくれたんだったっけ?
これだけの人数はきついのでは。
「そうでしたが今回は大丈夫でございます」
サリさんが悪戯っぽく笑いながら何か豪華そうな金属板を取り出した。
俺に渡して寄越す。
「それでお支払い出来ます」
「これは?」
複雑な模様が彫ってある。
皇族証に似ているけど?
「ヤジマ学園の教授証でございます。
お忘れですか?
マコトさんは教養学部特任教授に任命済みでございますよ?」
パネェ。




