17.ご好意?
ヤジマ財団の準備がまだ整っていないということで俺は暇だ。
ヤジマ商会の会長は降りたし、他の肩書きは有名無実で例えばどっかに出勤したりする必要はない。
そういうわけでニートなんだけど、勅命で帝国皇太子の接待を任されたのでそれ専従みたいになってしまった。
オウルさんはソラージュに遊びに来たわけじゃなくて、帝国を代表して親善やら社交やらをする必要がある。
本人は全然乗り気じゃないんだけど王宮が予定を押しつけてくるんだよ。
もちろんオウルさん側にも拒否権があるので変な依頼は断れるんだけど。
ソラージュの領地貴族との会食とかどっかの高位貴族家の舞踏会の招待とかは避けられないからね。
そもそもそういった行事に参加して社交することが帝国皇太子殿下の仕事なんだし。
「主上。
従者の分際でまことに申し訳ないのですが」
「判りました」
俺も巻き込まれた。
それはそうだよ。
ルディン陛下の勅命で世話係にされてしまっているのだ。
俺がついていかなくてどうする。
こういう行事にはまだ早いということで、オウルさんの息子さんたちは参加しない。
俺の子供たちも幼児と乳児だから論外。
幸い嫁も子育てが一段落して同行してくれることになったので助かった。
子供達は野生動物護衛が完璧に守ってくれるから大丈夫だ。
いや、嫁をつれていけば俺なんか霞んじゃうからね?
舞踏会だろうが会食だろうが周りの人たちの注意力が全部傾国姫に吸い取られてしまうのだ。
俺は額縁と化していればいい。
しかも主賓は帝国皇太子と皇太子妃だから。
そう思っていたんだけど。
駄目だった。
舞踏会に行けば俺の前に行列が出来る。
会食ではオウルさん夫婦と並んで俺たち夫婦も最上座に座らせられる。
何で?
「それはもちろん、マコトさんが注目の的だからでございます」
ユマさんが微笑みながら言った。
言い忘れたけどこういった行事には漏れなくユマさんが同行してくれている。
ソラージュの公爵令嬢だからどんな場でも身分負けしないし、それ以上に俺の社交秘書としても動いてくれているのだ。
前はヒューリアさんがやってくれていたんだけど、本人が言うには俺の身分が上がり過ぎて男爵令嬢では身分不相応らしい。
何とかしないとな。
それはいいんだけど問題は俺の社交だ。
舞踏会なんかでは踊れないから突っ立ったままひたすら人と話すばっかだよ!
嫁とユマさんが隣にいてくれるので何とかなっているけど。
近くではオウルさんとメルシラさんも社交を繰り広げている。
舞踏会なのに。
「もともと舞踏会と言っても四六時中踊っているわけではございません。
そういった体力仕事は若い者に任せて、年長者はひたすらコネ作りが常道でございます」
さいですか。
それはそうかもしれない。
軽小説なんかでも踊っているのは若い婚活目的の人たちばっかだからね。
まあ、主催者とか王族の人たちは最初に踊って会をスタートさせる義務があるけど、他の人たちは参加したからといって別に踊らなきゃならないわけじゃないし。
オウルさんは主賓として最初に踊らされていたけど。
さすがは帝国皇太子殿下。
妃殿下と共に見事な舞踏を繰り広げていた。
何かダンスというよりは戦闘訓練に見えたけど。
やっぱチートだよ。
俺も勧められたけど断固拒否。
俺なんかずっと壁の花でもいい。
だけど俺は壁に張り付くことすら許して貰えなかった。
人が押し寄せて来るのだ。
舞踏会の間中、休む暇も何か口にする事もなく話し続けていたりして。
恨むぞルディン陛下!
「申し訳ございません。
主上にご迷惑をおかけしてこのオウル」
「ああ、大丈夫ですから」
仕事だ仕事。
そういえば北聖システムでもこんな状況があったなあ。
IT業界にもビジネスショーとかデータショーとかいうお披露目の機会があって、北聖システムも出展していたんだよ。
自動車ショーのIT版みたいなもので、IT関係の新製品とか発売予定のシステムなんかを披露する。
北聖システムはソフト会社だからアプリケーションやそれを使うための機器の展示や実演をやるんだけど、下っ端の社員は説明役として駆り出されて一日中立っていたりして。
あれ、結構体力使うんだよね。
しかもIT屋って普段は一日中机の前に座ってキーボード叩いているだけだから、半日も立っていると足が痛くなってくる。
まさにそれと同じ状況に追い込まれているわけで。
でも仕事だからしょうがない。
サラリーマンは厳しいのだ。
ようやく社交の仕事から解放されてベランダに退却し、オウルさんたちと一緒にテーブルを囲む。
ユマさんやハマオルさん、リズィレさんにラウネ嬢といった人たちが壁になってくれていた。
もちろん招待されたのは俺とオウルさんだけど、こういう場合は護衛や関係者を連れてくるのは常識だからね。
護衛といっても身分がある者じゃないと駄目だけど。
ハマオルさんは近衛騎士だしリズィレさんもその奥方だから大丈夫。
ラウネ嬢も帝国騎士だ。
何気にみんな身分高いよね。
「マコトさんたちは大公殿下で皇太子殿下ですよ」
それはそうか。
この舞踏会の主催者である何とか侯爵閣下も気を遣って人を回してくれているので何とか休むことが出来ている。
足が痛ぇ。
朝練やっているのにこの体たらくは恥ずかしい。
俺以外の3人は平気だ。
鍛え方が違うんだろうか。
嫁が凄いのは知っていたけど。
「わたくしもクタクタです。
ですがギルドの執行委員会はこんなものではございませんので」
さいですか。
それはそうか。
執行委員は業務内容を評議会に報告する義務があるからな。
会議場の演壇で立ったまま。
質疑応答は評議員の皆さんが納得するまで続くそうだ。
嫁の生きてきた世界の過酷さが偲ばれる。
俺なんかまだまだだよね。
それはそうと誰か足りない気がするんだけど。
「フレスカなら別件で」
逃げたな。
あの人も舞踏会とか苦手そうだし。
といってもいざとなったら完璧な貴婦人になりそうなんだけど。
「セダン家は帝国成立の折に、わがホルム家に続いて初代皇帝陛下の元に馳せ参じた由緒ある家柄のひとつでございます。
帝国内でも隠然たる勢力を持っております」
やっぱりか。
そういえばユマさんが言っていたっけ。
フレスカさんも皇帝候補だ、と。
本人はあまりやる気がなさそうだったけど、やる気ならやれてしまうくらいの勢力があるんだろう。
そういえばお付きの、何て言ったっけあの曹長さん。
どうみてもフレスカさんの護衛だったけどどうなったんだろう。
「オロサでございますね」
オウルさんがさらっと言った。
「ご存じなのですか?」
「副官に任命する際に調べさせました。
あの者なら帝国軍を退役して現在はフレスカの衛士をやっておりますよ」
そうなのか!
やっぱ護衛か。
それもセダン家から直接派遣されてきている臭いな。
身分がある人なんですか?
「それは私の方からは何とも。
あの者が信頼できると判ればそれ以上のことは何も申せませんので」
オウルさんは悠々と言った。
さすがに器が大きい。
つまりオロサさんの件はフレスカさんの秘密ということか。
ならいいや。
別に知りたくもないしな。
でもあの人のことだから最低でも騎士だろう。
セダン家の家臣という奴だね。
「判りました。
詮索は止めます」
「お心のままに」
ひやっとするからそういうことを開けっぴろげの場で言わないで下さい。
しばらく雑談しながらお茶を飲んでいたらやっと落ち着いてきた。
足の痛みもマシになってきたし。
さっきから何とか侯爵の使いらしき人が何度もこっちを伺っているからな。
「仕方がありませんな」
「そうですね。
行きますか」
そうして俺たちはまた社交に戻るのであった。
再び定位置についた俺たちだったけど、会場の様子がおかしい。
中央のフロアに誰もいないんだよ。
楽隊も演奏を止めている。
何が起こった?
「ヤジマ大公殿下!」
何とかいう年配の伯爵の人が声をかけてきた。
「このデザートは素晴らしいですな!」
「帰らなくて良かった!
これはヤジマ食堂の新商品ですかな?」
見覚えがある侯爵の人が笑顔で聞いてくる。
そういえば食材が並べてあるテーブルの周りに人が押し寄せていた。
デザートって?
「ヤジマ大公家からのご好意ということで、ヤジマ食堂より新製品をお届けしました」
ユマさんが澄まして言った。
「ミセカ侯爵閣下にも大層喜ばれております」
さいですか。
でも俺、全然知らないんですが。
別にいいけどね。
ヤジマ商会の戦略室長が勝手に……ああ、もう違うのか。
「マコトさんからの個人的な贈り物ということになっております」
ユマさんが言い終わらないうちにミセカ侯爵閣下とかいう主催者の人がやってきた。
満面の笑み。
「ヤジマ大公殿下!
ありがとうございます!」
「いえ別に」
ブツブツ返す俺に構わず機関銃のように美麗賛辞を並べる侯爵。
また変な評判が立つのか。
「さすがは我が主上。
見事な人心掌握術でございます。
私も見習いたいものです」
オウルさん、忘れて下さい(泣)。
賄賂じゃないですからね!




