16.朝練?
オウルさん一家がヤジマ屋敷の隣に住み始めると生活にパターンが出来た。
まず明け方に起きて嫁と一緒にシャワーを浴びて作業着に着替える。
娘と息子が寝ているのを確かめてから一緒に庭に出ると既に護衛隊が待機してくれている。
護衛される側は俺たち夫婦の他はジェイルくんやヒューリアさんといった身内だったんだけど、そこにオウルさん一家が加わった形だ。
そう、オウルさんだけじゃなくて奥方と二人の息子さんたちも参加しているんだよ。
もっともさすがに子供では俺たちについてくることは出来ないので、最初の柔軟体操の後は子供用のコースを走る。
最初は護衛の人たちに囲まれて二人で走っていたんだけど。
俺がユマさんに頼んだ所、ヤジマ商会の舎員の中の5歳から10歳程度の子供がいる人たちが親子で参加してくれるようになったんだよね。
「実際には志願者が多すぎてローテーションで回しております。
ヤジマ商会関連企業の舎員に志願を打診すると条件が合った者全員が熱烈に」
さいですか。
ヒューリアさんによれば、ヤジマ大公が接待している国賓の帝国皇太子殿下のご子息と一緒に朝練をやってくれる子供とその親を募集したとのことだった。
応募は誰にでも出来るが条件がついた。
該当する年齢の子供が最低1人はいること。
我も我もと志願してきた中から成績優秀者や幹部が推薦した者を選び、仕事に差し支えないようにスケジュールを調整して参加日を通知する。
もちろん事前に調査して俺や帝国に害意を抱いてないかどうかチェック。
そうやって参加する親子を集めたらしいんだけど。
「王都在住どころか国中の該当者のほとんどが志願してきました。
中には数日かけて王都に来る者もいる始末で」
「何でそこまで」
「それはもちろん、憧れのマコトさんと一緒に朝練が出来るからです。
しかも運が良ければ子供たちは帝国皇太子のご子息と知古を得られる。
志ある舎員でしたら万難を排しても参加を目指します」
やっぱしか。
危惧はしていたんだけどね。
どっかで聞いたんだけど、俺が朝練をやっていることが知れ渡った結果、ヤジマ商会関連企業では始業前に似たようなことをする部署が続出したとのことだった。
別に強制じゃないんだけど、確かにみんなで朝から一緒に汗をかくと体調もよくなる上に一体感も生まれるからな。
それ自体はいいとして、わざわざ旅行してまでヤジマ屋敷の朝練に参加する意味ってあるのか?
別に参加したからと言って出世するわけでもあるまいに。
「ヤジマ商会の系列会舎は常日頃から舎員の福利厚生に気を配っております。
定期的に優秀な舎員を表彰するだけでなく、副賞として有給休暇と旅行を贈呈することもあります。
今回は王都への家族旅行に加えてセルリユ興業舎のサーカスなどへの切符をつけたところ」
なるほど。
つまり俺はエサということか。
別にいいんですけどね。
「もちろん、純粋にマコトさんに憧れて志願する者が大多数でございます。
一生に一度でいいからヤジマ屋敷を拝みたいと」
ヤジマ屋敷は聖地か!
まあいい。
俺には関係ない。
というわけでオウルさんの息子さんたちには同行の子供達が十人くらいつくことになった。
でもこれ、オウルさんの子供たちがむしろ接待側になってしまっているという気がする。
だって同行者側はしょっちゅう変わるのだ。
ぶっ続けで次から次へと新しい子供の相手をさせられたらきついのでは。
「構いません。
息子たちは帝国皇太子の家族としてそれなりの責務を果たす義務がございます。
今のうちから不特定多数の者どもの相手をすることに慣れさせる絶好の機会でございますので」
厳しい。
さすが帝国、スパルタだな。
それでも気になって息子さん達に聞いてみたけど、全然気にしていなかった。
普段からスパルタ式の教育を受けているため、この程度は遊んでいるようなものだそうだ。
「ヤジ……マコト様も数え切れないほどの方とお会いして今の立場を築かれたのでしょう?
父上も同じです」
「父上の言葉ですが、帝国軍では毎日のように様々な出会いがあり中には難しい方もおられるのですが、それらすべてを統率していく必要があると。
だから僕……私達は大丈夫でございます。
マコト様」
うん。
マジでスパルタだね。
判ったからとりあえず「マコト様」は止めて。
「ですが……父上に伺ったところ、お前達の立場では畏れ多くて御身を『さん』付けで呼ぶなど罷りならぬと」
「『様』が駄目でしたら、どのようにお呼びすれば」
困ったな。
父上に禁止されていたか。
かといって子供にヤジマ大公とか呼ばれたくないし。
「父上は『主上』なら良いのではと」
判りました(泣)。
もう「マコト様」でいいです。
なるべく子供たちに名前を呼ばれないようにしよう。
そういうわけでマルクくんとメトくんは子供達と一緒に走ることになったんだけど。
最初はジョギングして終わりだったのが、マルクくんたちが何気なく帝国軍が訓練方法として採用した「騎馬戦」の話をしたところ、じゃあやってみようということになったらしい。
走った後にヤジマ屋敷の裏庭で実施するようになってしまった。
ソラージュではまだ広まってなかったんだよね。
そもそもあれって帝国軍みたいに大人数が集合しないと出来ないから。
ヤジマ警備の人たちはあまり多数が一度に集まることはないし、訓練もそれぞれ班ごとにやっているらしい。
だが子供達が始めた騎馬戦はたちまち大人に伝染した。
ヤジマ警備の護衛さんたちは、朝練の時は数十人が集合するわけだ。
これまで俺たちが走り終えた後も走り足りないとばかりに延々と走っていたんだけど、その時間を騎馬戦に当てることになった。
朝っぱらから毎日運動会かよ!
どうでもいいけどヤジマ屋敷の裏庭で騒がないで欲しい。
そう言ったらすぐに近くの広場に移動してやるようになった。
好きにして。
オウルさんも朝練には嬉々として参加していて、常に俺の前を走る。
そうすることで俺の護衛であると同時に切り込み隊長としての自分を想起出来るんだそうだ。
「至福でございます」
さいですか。
奥方も一緒に走っている。
そういえばこの人、かつては帝国軍の下士官だったんだよね。
俺の嫁はまだ息子の授乳中ということで準備体操だけ参加しているんだけど。
母親になったことでこれまでの凄まじい存在感に色気まで加わって凄いことになっているのだ。
これでは息子が乳離れしてもジョギングに参加するのは無理かもしれない。
準備体操中ですら、硬直する人が毎回出るんだもんなあ。
つくづく不幸な星の下に生まれたというか。
「わたくしは貴方さえいてくだされば」
「そうだね」
ちなみにヒューリアさんが言うところの「ヤジマ商会関連企業の優秀者」の人たちも一緒に走るんだけど、俺はなるべく挨拶したり声をかけるようにしていた。
だってせっかく来てくれたのに無視では失礼でしょう?
だけど大半の人が俺に正対すると緊張するのかろくに話せないんだよね。
まあ、俺と会ったという実績が出来ただけでも良いかもしれないんだけど。
ちなみにヒューリアさんが全員を紹介してくれるんだけど、ほとんどの人が男なので聞いた端から忘れた(泣)。
「それでいいんですよ。
向こうも期待してはいないでしょう。
そもそもマコトさんと話したいのなら仕事で実績を上げて出世するべきです」
ジェイルくんが厳しい。
この男はヤジマ屋敷の隣に住んでいて朝練に参加しているどころか、俺が不在中は率先して続けていたと聞いている。
伝統を守りたいとのことだ。
朝練が伝統かよ!
婚約者のソラルさんはかなりお腹が大きくなっていて朝練には参加できないが、毎日見送りにきていた。
もう完全な大人の女性で経営者としてもトップクラスだからな。
一応休職中ということになっているらしいんだけど、まだ裏でヤジマ芸能を支配しているという噂だ。
クルト男爵家……もうすぐ昇爵するらしいけど……の奥方だけのことはある。
というような状況なんだけど、ただ朝練するだけでも合計で百人近くの人が集まって大騒ぎだ。
普通なら近所迷惑になるはずだが、この辺り一帯はヤジマ商会が買い占めてしまって基本的に無関係の人はいないからね。
しかも住んでいる人の大半が護衛要員で、狼騎士隊を初めとした野生動物部隊も常駐しているんだもんなあ。
セキュリティ、どれだけ凄いんだよ。
「確かに。
ここを攻め落とすには帝国軍一個大隊でも難しいでしょうな」
オウルさんが感心したように言ったけど、止めて下さいね?
ていうか何で攻められなければならないんだよ?
「それはもちろんヤジマ大公殿下とオウル皇太子殿下を亡き者にすれば色々と」
ユマさん、止めて(泣)。




