15.従者志願?
結論から言うと、オウルさんの息子さんたちは二人とも俺の娘に夢中になったらしい。
一歳の幼女に。
7歳と5歳が。
軽小説でも有り得ん。
「いやあ、さすがは主上の御息女ですな。
あの歳で既に目下の者を魅了する術を心得ておられる」
オウルさんは呑気に感心しているけど貴方の息子さんたちでしょう。
いいんですか?
「構いません。
どちらにしても現時点でのあれらはまだ未熟過ぎて姫君の従者のお役には立てますまい。
下僕としてこき使って頂ければ」
いいのかなあ。
帝国皇太子の息子が下僕とか。
まあいいか。
確かに今のところは子供たちが一緒に遊んでいるようにしか見えないしね。
俺たちはヤジマ屋敷の居間のひとつで寛いでいた。
比較的小さな部屋で、中庭に面したテラスに繋がっている。
娘とオウルさんの息子さんたちはその中庭で一緒に遊んでいた。
もちろん娘の野生動物護衛たちも揃っている。
見ていると娘が駆けだし、あっという間にコケた。
間髪を入れずに娘と地面の間にダイビングする犬の人たち。
オウルさんの息子さんたちから「おーっ」という感嘆の声が上がった。
「シーラのお嬢はよくコケますので、専任の捕手が常にお側におります」
犬の人が説明している。
「なるほど」
「では僕たちもまずはシーラ姫様の捕手修行ですね!
兄上」
いいんですか?
あんなんで。
「素晴らしいことではございませんか。
親子二代に渡って再来様のご一家にお仕えできる。
これ以上の幸せはございません」
さいですか。
オウルさんはもう手遅れだけど、せめて奥方は常識人であって欲しい。
その奥方は息子を抱いた嫁と談笑していた。
これは何気に凄いことで、傾国姫と正対して普通でいられるというのはユマさんやラナエ嬢並の胆力を持っていることになる。
多分、帝国皇太子と夫婦として過ごしているうちに耐性がついたんだろうな。
オウルさんも普通の人では圧倒されて口も利けなくなりそうな迫力の持ち主だから。
嫁は楽しそうだった。
ああやって普通に会話できる人って少ないからね。
しかもそのごく少数の人材はみんな忙しくて嫁を相手にする暇がない。
嫁は出産と子育てのためにあまり外出できなかったので、話相手に飢えていたこともあるようだ。
何となく二人の会話を聞いていると、メルシラさんが子育ての秘訣を語っていた。
「夫が仕事でほとんど家にいませんので私が代役を務めました」
耳が痛いな。
俺も仕事かどうかはよく判らないけど嫁と子供たちをほっぽり出して彷徨き回ってばかりだし。
オウルさんもきまり悪そうにそっぽを向いている。
軍人さんなんだからしょうがないよね。
俺も王命とか帝国紋章院とか逃れられない所からの命令で(泣)。
「そうなのですか」
「大したことはしておりません。
毎日お勉強をみてやったり剣の相手をしてあげたり、時には体術を仕込んだりといった些細な事でございます」
些細じゃないよそれ!
メルシラさんって剣や護身術を使えるの?
「……メルシラはもと私の部下でして」
オウルさんが小さな声で言った。
「結婚のために退役するまでは優秀な下士官でございました。
特に剣の腕は私をも上回るほどで」
「それは凄い」
確かシルさんが「私では奴に勝てない」とか言ってなかったっけ?
帝国の武闘大会で入賞するほどの腕を持つシルさんが勝てないオウルさんを凌駕する剣の腕だと?
見た目は可愛いかんじのご婦人なのに。
軽小説だよそれ!
「天賦の才とでも言うのでしょうか。
妻は平民の農家の出で入隊してから武術を習ったにも関わらず伸びが凄まじく」
「そこに惚れたと?」
ついからかってしまった。
でもオウルさんは真面目な顔で頷く。
「その通りでございます。
当時、私もまた帝国軍の下士官でございましたが、将来私がどのような道を歩もうともなまじの女性では添い遂げられないであろうことが判っておりましたので」
それはそうか。
だってホルム帝国の領王家に生まれて皇族に処された皇子様なんだよ。
身分で言えばどんな貴族や王家のご令嬢だろうが娶れる立場だ。
いつまでも帝国軍の下士官でいられるわけがない。
だけどそんな身分の高い女性と結婚しても、おそらくオウルさんについていくことは出来ないだろうね。
そのうちに仮面夫婦になってしまう。
「もちろん妻の強さだけに惚れたわけではございません」
オウルさんが慌てて弁解した。
「身分や係累の無さなど色々な点が……いえ、主上にはお見通しでございましたな。
そうでございます。
性格に惚れました」
さいですか。
惚気はいいんですけどね。
メルシラさんは美女というほどじゃないけど、充分綺麗で可愛いですよ。
「ありがとうございます。
主上」
まあ、この話はこの辺にしておきましょう。
でないと俺と嫁の話を延々と続けることになりそうだし。
「それは確かに気になりますな」
オウルさんが笑った。
「私も絵本は読みましたが、本当にミラス殿下と奥方が?」
「違います。
あれは戯れ言です」
ラナエ嬢の犠牲者がここにも。
売るためなら何でもやるからなあ。
真実は誰も信じてくれない。
「貴方」
嫁が声をかけてくれた。
「そろそろお食事になさいませんか」
もうそんな時間か。
随分話し込んでしまったみたいだ。
ということで俺たちは昼食を摂った。
参加者はヤジマ家とオウル家だけだ。
ユマさんやヒューリアさんたちも顔を見せたんだけど、これは両家の事ですのでと言って帰ってしまったんだよね。
みんなはともかくユマさんが消えたのが気になる。
今度は何を企んでいるのやら。
まあいいか。
食事は久しぶりのイザカヤ形式だった。
昼間からいかがなものかと思うんだけど、少人数で親しくなるにはこれに限るからね。
メイドさんがつくわけでもないので内密の話も出来るし。
もっとも厳密に言えば二家族合同というよりは大人組と子供組に分かれての食事になった。
娘を囲むオウルさんの息子さんたち。
娘はイケメンの二人のお兄さんを侍らせてご満悦だ。
将来的には悪役令嬢間違いなし。
いやむしろ逆ハー令嬢だろうか。
ヒロインが大公のご令嬢ってあまり見なかったような気がするけど。
今から心配しても始まらないので忘れることにする。
こっちのテーブルは息子をリズィレさんに預けた嫁と俺、それにオウルさん夫婦だ。
帝国皇太子および皇太子妃に王国の大公と大公妃って、どんな軽小説だ。
でも実体は共に兵卒経験がある元軍人夫婦と庶民出の元見習い冒険者、それに訳ありの元伯爵令嬢だったりして。
どうみても駆け落ちして冒険者に堕ちた有象無象のパーティだよね。
それはそれで軽小説としてはありそうなんだけど。
食事中の会話もおよそ支配階級のそれからは外れたものだった。
「絵本のあの絵は間違いです。
実際に難民を救助したのはロッドさんというソラージュの騎士で」
「わたくしはミラスに求婚されたことなどございません。
なのにラナエが絵本どころか劇にまでしてしまって」
「そうですな。
一番辛かったことと言えば軍の演習でうっかりダニが多数生息する土地に入り込んでしまった時でしょうか」
「あの時の主人は身体中の刺されと痒さの余り皮膚を掻きむしった傷だらけで」
楽しい食事だった。
オウルさんたちは同じ部隊の軍曹と兵卒として出会ったのが馴れ初めだったらしい。
メルシラさんの素質を見抜いたオウルさんが剣の指導をした所、あっという間に上達してしまったそうだ。
それでオウルさんが転属するときに部下として一緒に連れて行ったと。
上級下士官ともなればそういうことも可能らしい。
「求婚は?」
「私からでしたな。
断り切れずに少尉に任官する際、もはや妻を連れて異動できなくなると思うといても立ってもいられず」
士官になると逆に司令部の命令で飛ばされるので兵隊は連れて行けないそうだ。
オウルさんはそのこともあってずっと昇進を断り続けていたらしいんだけど、司令部の誰かに身上調査をされて身分がバレた。
それは皇族を下士官にしておくわけにはいかないよなあ。
メルシラさんはどうだったんですか?
「びっくりしました。
上官として尊敬はしておりましたが、どう考えても私では役者不足としか思えず」
オウルさんは何も言わなかったけど、メルシラさんは薄々は感じていたそうだ。
「でも本当に驚きました。
貴族と言ってもせいぜい男爵家の三男程度の者だと思っておりましたのですが」
「妻にはわざと偽装身分を漏らしておりましたので。
結婚しても苦労する上に贅沢はさせられないと言ったのですが」
「それなら逆に気が楽だと踏ん切りがつきました。
嫁いでから皇族だと打ち明けられた時は唖然としましたけれど」
それは凄い玉の輿だよね。
ご夫婦はオウルさんの少尉任官と同時に正式に「結婚」したそうだ。
というのはその時既にマルクくんがメルシラさんのお腹にいたわけで。
まだ生まれてないのだから婚約でも良かったんだけど、身分がバレたせいで上官や貴族からの娘の売り込みが過熱しかけていて、下手すると押し込まれそうだったと。
「主上と同じでございます。
お互い、この件ではしなくても良い苦労をさせられますな」
同感です!(泣)




