14.小悪魔?
オウルさん一家が訪ねてきたのは翌日の朝食後だった。
さすがのオウルさんも俺の寝込みを襲ったりはしないらしくて助かった。
でも展開が早すぎるよね。
オウルさん、これ以外の事は全部すっとばしているんじゃないの?
朝っぱらから待機してくれているユマさんが言った。
「その通りでございます」
聞くんじゃなかった(泣)。
昨日と同じ応接室にオウルさんたちを招く。
とりあえずは俺だけだ。
もちろんハマオルさんとラウネ嬢はついていてくれるけど。
対する帝国皇太子殿下側は側付きもなしに本当にご一家だけだった。
セキュリティ、どうなっているんだろう。
まあいいか。
まずオウルさんが俺に起礼し、次にご家族を紹介してくれた。
オウルさんに背を押されるようにして俺の前に立つ妙齢のご婦人。
ドレスを纏っているけど貴族臭はない。
美女というよりは可愛いかんじの人だ。
茶髪に色白なので南方種ではないようだった。
「私の家内でございます」
オウルさんの言葉にその人はきちんとした礼をとってくれた。
「メルシラにございます。
ヤジマ大公殿下」
メルシラさんね。
よし覚えた。
「ヤジママコトです。
旦那様にはお世話になっております」
「ありがたいことでございます。
主人をよろしくお願い致します」
それだけ言って引き下がる帝国皇太子妃。
あくまで控え目だけど存在感はくっきりしているな。
なるほど。
さすがオウルさんが選んだだけの事はある。
「恐縮でございます。
マコトさん。
それからこれらが私の息子たちでございます。
マルク、メト、ご挨拶しなさい」
オウルさんの言葉に俺の前に並んだ子供達が揃って頭を下げた。
「マルクにございます。
ヤジマ皇子殿下」
「メトです。
ヤジマ大公殿下」
大きい方の少年は立礼で、年少の子は片膝を突いている。
つまりマルクくんは皇族でメトくんはそうじゃないと。
俺が帝国皇子もしくはソラージュの大公だからそうなるのか。
マルクくんは帝国皇族として同輩の帝国皇子に対する挨拶。
メトくんは帝国臣民としてソラージュ大公に対する礼をとったんだよね。
幼いながら礼儀はしっかり叩き込まれているようだ。
「ヤジママコトです。
よければマコトと呼んで下さい」
何気なく返すと少年二人ははっとしたように顔を上げて俺を見た。
継いで父親に目を走らせる。
何?
「さすがは私の息子たちだ。
良かったな」
「……はい!」
「感激です!」
俺、何か感動するような事言ったっけ?
「ありがとうございます。
息子達にこれほどの評価を頂き、お礼の言葉もございません。
私共々、この者どもをよろしくお願い致します」
あー。
ついやってしまった。
「俺の名前を呼ぶことを許す」って奴。
それが即俺に認められたことになるらしいんだけど、俺今までそういうのを乱発しすぎてろくに覚えてないんだよね。
女性は別にして。
まあいいか。
オウルさんの息子さんたちなら間違いないだろうし。
慌てて皇太子妃にもやっておく。
危ないところだった。
明後日の方を向いて微笑ましい自分の失敗を誤魔化しているとマルクくんが突然言った。
「父上」
「何だ。
主上の前で」
いや、俺は良いですけど。
でもマルクくん、父親に呼びかけながら俺を凝視しているんだよ?
怖いくらいの迫力で。
俺、何かした?
「父上はヤジ……マコト様の従者なのですよね?
マコト様に認めて頂いたと?」
いや「様」は止めて欲しい。
あとオウルさんの従者については俺が認めたというよりは。
「そうだ。
私こそがマコトさんの従者だ!」
駄目だ。
もうどうしようもないな。
ここで否定すると戦争が始まったり帝国皇太子が世をはかなんでしまうかもしれないしね。
判りましたよ。
オウルさんは俺の従者様です(泣)。
「そうだ!
今思い出しても胸が熱くなる!
初代様の味わった感激を私も!」
やっぱオウルさんって器質的に何か問題があるのかもしれない。
躁病とか。
ドーパミンの過剰分泌も疑わしい。
いや、何も言いませんが。
そんな俺の思考をよそに帝国皇太子親子のやり取りがエスカレートしていた。
「父上はずるい!」
マルクくんが叫んだ。
「マコト様の従者にして頂いたなんて……なぜ父上ばかりそんな羨ましい事を!」
激高するマルクくん。
君も何か器質に問題があるのかも。
ひょっとして注意欠如多動性障害とか診断されてない?
「ほお。
羨ましいか。
それはそうだろうな。
私がお前の立場だったらやはり嫉妬に身を悶える」
「何で父上だけが……僕がせめてあと十年早く生まれていれば……」
だったら何でしょうか。
皇族の少年を従者になんかできるはずないでしょう。
ていうかマルクくん、どうしたんだ?
「諦めろ。
マコトさんの従者の地位は私のものだ。
だが挽回は可能だ」
オウルさんはそう言ってマルクくんの頭を叩いた。
俺に頭を下げる。
しょうがないな。
約束してしまったんだし。
俺が頷くと、リズィレさんに付き添われた娘が部屋に入ってきた。
とことこと俺の所に歩いてきた娘を抱き上げる。
「娘のシーラ・ヤジマです。
よろしくお願いします」
娘を降ろしてマルクくんたちと対面させた。
俺はここまでだよ。
嫁が認めてしまった以上、引き合わせはするけどね。
でも娘はまだ1歳なんだよ!
ええと、マルクくんたちも7歳と5歳だと。
軽小説でもあり得ないぞ。
両方が転生者とかならともかく。
娘は好奇心いっぱいの瞳でマルクくんとメトくんを見て、それからパッと顔を輝かせた。
「しーら、です」
娘よ、お前は本当に一歳なのか。
イケメンな帝国皇太子のご子息たちを見ていきなりかよ。
やっぱ転生者じゃないの?
そう疑いたくなるほど堂々としている上に蠱惑的な挨拶だった。
でも、これってこっちの世界では珍しくないそうだ。
もちろん平均からは大きくかけ離れているらしいけど、まず北方種は成長が著しく速い。
頭も身体も常人より早く完成されていくそうだが、それと同時に魔素翻訳が効いている。
例えば今、娘がはっきりとした言葉を話したように聞こえたんだけど、実はまだ言葉になってないらしい。
バブバブとかあー、とか言っているかもしれないんだが、まだ心の壁が不完全なために意志がそのまま声に載るということなのだ。
だから論理的に正しかったり明確な意志を示していたり、更には固有名詞を正しく発音しているように聞こえても、それはまやかしだそうだ。
聞く方の脳が娘の思考をトレースして適当な言葉に置き換えているんだよね。
だから、普通なら未発達な声帯や喉では発声不可能なはずのはっきりした言葉を発したように聞こえる。
それがあまりにも強いので実際の発音がかき消されてしまうらしい。
お医者さんが言うにはそれでも娘の発達速度は異常だということで、どうも嫁と四六時中一緒にいたことでかなり影響を受けているのではないかという話だった。
傾国姫って凄い。
自分だけじゃなくて子供たちもアレにしてしまうとは。
話が逸れた。
娘の呼びかけにマルクくんとメトくんが目を見開いた。
まさかこんな小さな女の子が明確に挨拶してくるとは思わなかったんだろうな。
しかも娘は嫁譲りの美貌だ。
いやマジで一歳にしてすでに美少女なんだよ。
軽小説か!
「マ……マルクでございます。
シーラ姫様」
「メトです!」
何と弟くんも乱入してきた。
さっきから一言も口をきかなかったから忘れていたんだけど、この幼児、いや少年もオウルさんの息子さんなんだよね。
つまり尋常じゃない。
娘はちょっと首を傾けてからにぱっと笑って言った。
「よろしくね」
既に小悪魔かよ!




