13.転居?
慌ててソファーに戻って貰う。
幸いにして人払いしてあるから、今の状況を見たのは俺たち家族以外はリズィレさんだけだ。
この人は死んでも嫁を裏切ったりしないから大丈夫。
とりあえずリズィレさんをオウルさんたちに紹介すると、可哀想にリズィレさんは半泣きになりながら片膝を突いて頭を下げた。
もちろん息子と娘は俺と嫁が引き取ったよ。
「リズィレと申します。
帝国中央護衛隊従士を拝命させて頂いておりました」
「リズィレはわたくしの専任護衛でございます。
大変優秀です」
嫁も言葉を添えた。
帝国の皇太子殿下と直接話すなんて想像もしてなかっただろうけど、リズィレさんだって近衛騎士の奥方になるんだからあり得ないというほどじゃない。
ていうか今後はこういう機会が増えるかも。
初っぱなが帝国皇太子というのは運が悪かったね。
でもこれを乗り越えれば大抵の相手は平気になるさ。
「オウルだ。
聞けば主上の護衛騎士の奥方とか。
我が主上の奥方の信頼も厚いようで何よりだ」
「フレスカです。
傾国姫様をお守りされておられるとは素晴らしい。
よろしくお願いしますね」
帝国皇太子と帝国皇女に直々に声を掛けられて益々縮こまるリズィレさん。
そろそろ勘弁してやって(泣)。
リズィレさんの退出が許されると、いよいよ俺の家族だ。
「こちらが長女のシーラです。
それから長男のジークフリート」
簡単に紹介すると娘はとことこと歩んでオウルさんの前に立った。
ぎこちないながらも礼をとる。
「しーらです」
娘って本当にまだ一歳?
成長が早すぎるのでは。
ひょっとして転生者か(違)?
ちなみに息子の方は例によってオウルさんをじっと見つめるだけだった。
これで口をきいたらホラーだよ。
オウルさんは破顔して立ち上がり、娘に対して何と片膝を突いた。
「オウルでございます。
お父上の従者を務めさせて頂いております。
シーラ姫」
帝国皇太子殿下の戯れ言!
いや、娘は大公息女だから「姫」でいいのか。
フレスカさんも同じく片膝を突いて娘に頭を下げる。
「フレスカにございます。
お父上にはお世話になっております」
世話なんかしたっけ?
娘はちょっとびっくりしたようだがぴょこっと頭を下げると俺の元に駆け戻った。
反射的に抱え上げて膝の上に載せる。
いやー、やっぱ娘っていいわ。
じゃなくて!
その間にオウルさんとフレスカさんは嫁に抱かれている息子にも挨拶してくれてからソファーに戻った。
茶番劇だったけど何とかうまくいったようだ。
心臓に悪いぜ。
「ご立派な跡継ぎがおられるようで、ヤジマ大公家も安泰ですな。
主上もご安心でしょう」
「それはまあ」
他に言い様がないよね?
でもこの流れだと嫁取り婿入り話になるのか?
既にルディン陛下にコナかけられてるし。
「私にも息子が二人おります。
まだ7歳と5歳でございますが、幸いにして心身共に健康に育ってくれております」
オウルさんが言った。
やっぱりか。
近未来の帝国皇帝の息子さんたちだよ?
ソラージュの王子と甲乙つけがたいご身分だ。
いや。
帝国では皇帝の息子や娘だからといって皇族とは限らないんだっけ。
「長男は既に皇族認定されておりますが、次男は出来れば自由にしてやりたいと」
さいですか。
つまりオウルさんがまだ皇太子じゃなかった段階で既に長男が皇族に選ばれていたわけね。
とんでもなく優秀なんだろうな。
これはますます。
オウルさんが少し身を乗り出した。
「主上。
まだ少し先の事になりますが、是非私の息子をシーラ姫かジークフリート殿の従者として考慮して頂けないでしょうか?
あ、もちろん吟味して頂いて構いませんので」
何て言いました?
従者って?
婿入りじゃなくて?
「それは」
「こんなことを突然申し上げて失礼とは承知しております。
しかし、シーラ姫の従者にはさぞかし多くの者が名乗りを上げることは必定。
無理を承知で申し上げたく」
いや、汗掻かないでくださいよ!
それにしても軽小説じゃないんだから帝国皇帝のご子息を大公の娘の従者なんかに出来るわけがないでしょう!
「そうでございましょうか。
私が主上の従者なのですから、私の息子が主上の娘ごの従者になるのは至極当然かと」
駄目だ。
話が通じない。
救いを求めて嫁を見たけど、嫁はにこやかに頷いた。
「大変ありがたいお申し出でございます。
検討させて頂きます」
え?
検討しちゃうの?
「ありがたい!
では機会があり次第、引き合わせさせて頂きます!」
決まってしまった。
まあ「機会があり次第」と言っても当分先だろうしね。
オウルさんの息子さんをソラージュに連れてくるっていつになるのか。
もう俺は帝国なんかに行くつもりはないし、だったらオウルさんのご長男がこっちに来るしかないけど、まだ7歳だって?
当分はないだろうなあ。
それから俺たちはしばらく雑談したけど、オウルさんは昼食の前に王政府に呼ばれているとかで去った。
帝国皇太子となれば公式行事が詰まっているはずだよね。
そんなのに最初に俺に会いにきてくれたと。
従者というよりはもうストーカーに近い気もするけど。
まあいいか。
これで嫁や子供たちも紹介出来たし、しばらくは静かだろう。
そう思っていた頃もありました(泣)。
夕食前にユマさんが来たんだよ。
緊急の用件というので俺の書斎で会ったんだけど。
「帝国皇太子殿下がマコトさんの側に侍ることをお望みです」
何だってーっ!
そんなの宮廷か王政府で面倒みないの?
「オウル様のたってのご希望だと。
ソラージュ王政府としてもルディン陛下の勅命がございますので、すべてヤジマ大公にお任せするという回答でございました」
ユマさんの所に緊急連絡が来たそうだ。
何でもオウルさんが宮廷に引き返してすぐにルディン陛下に謁見を求めたらしい。
さもありなん。
アグレッシヴすぎる帝国皇太子殿下だからな。
陛下に直言くらいしそうだ。
で、ルディン陛下は快諾したと。
「はい。
ちなみに諸経費は請求してくれればすべて王政府が払うとのことです」
そんなもんはいいんだけどね。
でも俺、オウルさんを引き受けるって言っちゃったからなあ。
しょうがないか。
「判りました。
つまり俺の屋敷に住みたいと?」
「いえ、そこまでは。
お近くに居を構えたいとのことで、何かあればすぐに駆けつけることが出来る距離ならどこでも構わないということでございます」
良かった。
さすがにヤジマ屋敷はお断りしたいからな。
ジェイルくんやラナエ嬢にだって遠慮して貰っているのだ。
でもその代わりにヤジマ屋敷はみんなの屋敷に囲まれているんだよな。
同じ事をしたいと言い出したと。
「でも空き家ってないでしょう」
ユマさんはにんまりと笑った。
「大丈夫でございます。
こんなこともあろうかと一軒を空けてあります。
いずれ王族や公族のどなたかがこういったことを言い出すのではないかと予測しまして」
凄ぇ。
さすがは略術の戦将。
脱帽です。
「ではそこに入って頂くと?」
「すでに準備にかかっております。
ご了解を頂きたく」
もちろんです。
というわけで例によって俺が知らないうちに出来ていた「ヤジマ清掃」というクリーニングサービス会舎の人たちが押し寄せて来て隣で夜通し掃除をしていた。
何でヤジマばっかなのかと聞いてみたら、ヤジマの名を冠すると会舎としての信用度が最初からマックスなのだそうだ。
そのために最近ではヤジマ商会に関係なくヤジマを名乗る会舎が増えていて商標登録だか何だかでギルドを通じて係争中だとか。
知りたくなかった(泣)。
屋敷は明け方には準備が整ったということで、早速早馬が宮廷に送られる。
ソラージュ王宮も素早かった。
その日の昼過ぎにはオウルさんたち一行がやってきたからね。
人だけではなく当分の間生活するための物資や用具なんかも持ち込んできたみたいで、ヤジマ屋敷の隣の家に続々と運び込まれているのが見えた。
出来レースだったんじゃないの?
しょうがないと思いながら待っていたら、案の定オウルさんたちが訪ねてきた。
今度は不意打ちじゃなくて先触れがあったので、こっちも応接室の用意を調えて迎える。
帝国政府の随員の人たちはいないらしい。
まだ同行者がいたんですか?
「帝国政府の方々は迎賓館に滞在なさるそうでございます。
こちらに住まわれるのはオウル様ご一家とフレスカ様、それに身の回りの者だけということで」
ユマさん。
今何て言った?
「オウル様のご家族でございます。
先日は同行されませんでしたが帝国皇太子は皇太子妃殿下とご子息の方々を伴われて来邦されており」
パネェ。




