9.救われた?
帝国皇太子殿下のソラージュ訪問が発表された。
皇太子としての初めての公式行事であり、次期帝国皇帝としての親善訪問らしい。
ていうか公式発表ではそうなっている。
ソラージュが最初なのは隣国だからだそうだ。
「違うでしょうね」
ユマさんが言った。
「親善じゃないと?」
「そういった名目ですが、間違いなくマコトさんの側に侍るための行動です」
やっぱそうなのか。
ここまで来ると怖くなるよね。
超大国のナンバー2が国の公式行事を私物化していたりして。
「それじゃ親善訪問はソラージュだけ?」
「マコトさん次第でしょう。
どこに行かれるにしてもついてくることは間違いないかと」
やっかいなのに見込まれたなあ。
ストーキングの規模がでかすぎる。
帝国皇太子の来邦がそんな理由だとは誰も気づかないだろうし。
すると、オウルさんはソラージュに来たら俺にべったりということになるんだろうか。
そんなこと許されるの?
「何とでも理由はつけられます。
マコトさんも帝国皇子ですからね。
不案内な外国を同輩に案内して貰うとか言えば」
「そんな勝手をソラージュ王政府が許すと?」
「オウル様は次期帝国皇帝なのですよ?
ソラージュ王政府が敢えてそのような方のご不興を買うような真似をするとは思えません」
駄目か。
しょうがない。
まあ、オウルさん自身はいい人だし、ちょっとウザいのを除けば一緒にいて別に不快というわけでもないからね。
「それじゃ手配をお願いします」
俺が覚悟を決めてそう言うとユマさんが頭を下げた。
「お心のままに」
最近、ユマさんがよそよそしくなって寂しいような。
「人前では。
前とはご身分が違います」
「でもユマさん、時々私的でもそれやっているけど?」
ユマさんが珍しく慌てた。
「そうですか?
自覚がありませんでした」
「別にいいんですが」
ユマさんも他に気を取られることでもあったんだろうか。
昔と違って今はユマさんの周りに物凄い人たちが溢れているからな。
帝国は人口が多いだけあって人材が豊富だ。
そのうちの最上等の人たちをヤジマ商会が引き受けてしまって、しかも事実上ユマさんの配下になってしまった。
元帝国軍情報局長とか紋章院長とか。
みんな一筋縄ではいかない人たちばかりだ。
管理するだけでも大変だろう。
そういえば帝国海軍少佐はどうなったの?
「とりあえずセルリユの海豚海遊館やヤジマ海洋警備をご紹介しました。
最新の報告では入り浸っていると」
海洋生物ヲタクだからな。
任務はいいのか。
「その辺はよく知りませんが、おそらく何からの理由をつけて軍務にしてしまっていると思います」
そうだろうなあ。
あの人、俺たちの前ではドジッ娘だったけど本来は切れ者のはずだ。
でなければあの歳で海軍少佐に昇進するはずがない。
海洋生物ヲタクなのは本当だろうけど、それって別に海軍軍人と矛盾しないからね。
まあいいか。
ユマさんの事だから手は打ってあるだろうし。
俺はすべて忘れることにして嫁や子供達の所に戻った。
いつもの通り、居間で息子を抱いた嫁と娘を膝の上に載せた俺がまったりする。
実に穏やかな暮らしだ。
気がかりと言えば最近、息子が俺をじっと見つめるようになったことくらいか。
いや別に不気味だとか嫌だとかはないんだけど、小さいのにもう整っている顔を俺の方に向けて、その綺麗な紫色の瞳でじーっと見つめられるとちょっと。
「息子にもマコトさんの事が判るみたいですね。
マコトさんは輝いて見えますから」
嫁が言うけどそれって何のこと?
輝いているのはむしろ傾国姫の方だと思うけど。
「わたくしにはよく判りませんが、聞くところによれば大抵の方々がわたくしから感じる印象は『衝撃』だそうです」
そうなのか。
魔素翻訳は口に出さなくても相手が発信している情報を脳が勝手に解釈するからな。
これは俺の精神衝撃みたいに意図して引き起こす事象とは別らしい。
何もしなくても相手に強烈な印象を与える人がいるんだよ。
嫁が代表格だけど、例えば帝国皇太子なんかもそれっぽい。
俺には威圧という形で感じられたアレって、ひょっとしたら魔素翻訳による存在感みたいなものだったのかも。
嫁が続けた。
「ですが、マコトさんは違います。
わたくしにも判るほど、マコトさんは何と言いますか『光を放っている』かと」
何それ?
俺、発光しているの?
「違います。
違うと思います。
目に見える光ではなくて」
嫁も説明しづらいらしい。
光輪みたいなものかな。
お釈迦様なんかの像で、背後にでかい輪みたいなのがついていることがあるけど、あれのことを光輪と言うんだそうだ。
キリストの絵なんかにもよく描かれているよね。
つまり後ろから光がさすくらい偉大な存在ということらしいんだけどよくは知らない。
俺ってそんな風に感じられているのか。
ちなみにこの光輪って本人が大したことなくても肩書きや親の七光りなんかでも発生することがある。
実力以上の評価を受ける時なんかでも言われるらしい。
うん。
納得できるようなできないような。
でもそれって幻想なんだよね。
光輪は現実に存在する光じゃないから。
やっぱ俺って(泣)。
「そんなことはございません!
現に息子はマコトさんに夢中ではありませんか」
嫁が慌てた声で言った。
いや、別に落ち込んでいるとかそういうんじゃないから。
でも俺に夢中か。
確かに息子の視線は俺を捉えて微動だにしない。
まだ産まれてそんなにたってないのにもう目がはっきり見えるのか。
「まだ、でしょうね。
逆に言えば、目がよく見えない段階ですらマコトさんの存在をはっきり感じ取っていると」
魔素翻訳か。
俺はどんな情報を発信しているんだろう。
それにしても息子よ。
傾国姫に抱かれているのに、よく他の事に関心を持てるな。
俺だったら視界が全部嫁で占められるところだぞ?
「息子にとっては、わたくしの存在は当たり前なのでしょう。
自分の一部だと思っているのかもしれません」
傾国姫が自分の一部だったら凄いだろうな。
万能感に溢れて何でも出来る気になってしまうかもしれない。
息子よ、大丈夫だろうな?
父さんはお前が軽小説に出てくる痛い俺様になってしまわないか、今から心配だぞ。
嫁の息子である以上、成長したら超絶なイケメンになることはほぼ間違いない。
ヤジマ学園に入って学園の支配者として君臨し、大公の跡継ぎということでどっかの国の王女様と婚約していたりして。
そこに光の魔力を持ったもと平民で養女の男爵令嬢か何かが入学してきて。
「……よく判りませんが、大丈夫と思います。
マコトさんの息子なのですから」
嫁よ、その根拠の無い信頼は危ないよ?
そもそも俺の事は俺自身が一番よく知っている。
大した奴ではない。
本来なら下っ端サラリーマンなんだよ。
いやサラリーマンが悪いわけじゃないけど設定に無理がある。
伯爵とか大公とかをやらされて帝国皇太子に追っかけされ、超大企業のオーナーなんかになれる甲斐性なんかないのだ。
でも誰も判ってくれない。
「ぱぱ。
かなしいの?」
突然膝の上の娘が言った。
判るのか娘よ。
軽小説の主人公級の人たちが溢れるこの世界で、モブなのに一枚看板背負わされている場違い感が。
「んー。
ぱぱはぱぱでしょ?」
俺は救われた?




