7.保育事業?
娘と息子をそれぞれのベッドに寝かせてから二人でベッドに入る。
本当に久しぶりだったりして。
つい、立て続けにヤッてしまった。
俺もまだ若いと思うべきか、あるいは熟成したということか?
まあいい。
二人でもう一度シャワーを浴びてから子供たちを見ると幸いにして二人とも熟睡していた。
そろそろ寝室を分けた方がいいのかもしれない。
娘はともかく息子は幼児というよりは赤ん坊だからし、別の部屋で寝かせたくはないんだけどね。
娘の方は大丈夫そうだけど、一人だけ離すといじける可能性がある。
そんなどうでもいいことに悩んでいたら嫁があっさり言った。
「同じお部屋で良いのでは。
娘も息子も寝付きは良い方です。
邪魔にはならないかと」
さいですか。
嫁がいいのならいいんですが。
もっとも嫁みたいな規格外の存在がヤッていたら、部屋中に結構な衝撃をまき散らしそうなんだけどね。
魔素翻訳で。
「大丈夫です。
娘も息子もその辺りは鈍感で」
それは鈍感というよりは慣れだろうな。
とりあえずリズィレさんを呼んで子供たちを頼むと、俺は嫁と一緒に居間に移動した。
ソファーに座ると嫁が寄り添ってきた。
濡れた髪がいい匂いだ。
二人きりというのは久しぶりかも。
「そうですね。
わたくしは基本、息子と一緒ですから」
嫁は娘の時と同じく律儀に息子を母乳で育てている。
それ以外の時間も一緒に連れ歩いていて、寝るときも隣のベッドに寝かせるほどだ。
軽小説に出てくる貴族の母親とは違うよね?
「そうでしょうか。
わたくし自身が母にそうやって育てられましたので、当たり前かと思っていましたが」
やはり魔素翻訳のせいか。
こっちでは貴族と言えども子供は自分で育てるらしい。
逆に言えば貴族だから出来る事だろうな。
例えば嫁は日本で言えば専業主婦であって、昼間はどっかで働いているというわけではない。
それどころか家事や掃除なんかもしないから、暇は有り余っている。
もちろん嫁は俺の妻であると同時にヤジマ商会の重鎮であり、それどころか女神ですらあるので色々とお役目があるけど、予定を自分でコントロールできるからな。
やりたくないと思ったら断れる。
女神に何かを強制できる奴なんかいないんだよ。
それを抜きにしても、今の嫁はソラージュの大公妃だ。
上から数えて何番目、といったレベルで身分が高い。
そういうわけで子育てに専念できるということになっているのか。
「そうですな。
庶民の母親は大抵働いておりますから、乳離れすると子育ては引退した老人か上の子供の役目になります」
いつの間にか近くに控えていたハマオルさんが教えてくれた。
リズィレさんも頷いている。
この二人は帝国の庶民出身だからね。
ハマオルさんは孤児だったし、リズィレさんも自作農ではあるものの村の農家の娘だったそうだから庶民の生活には詳しい。
「共働きですか」
「というよりは母親が稼ぎつつ子育てをする、という形態が一般的でございます。
『結婚』出来るほど余裕がある家庭はそれほど多くはございません」
なるほど。
こっちでの「結婚」は貴族や裕福な商人など「家」を継ぐ者を残すための儀式みたいなものだからね。
庶民の大抵の家庭は同棲みたいなものらしい。
つまり父親には子育ての意識が薄いと。
「そうでもございませんが……どちらにせよ、両親が共に働かなければまともな暮らしは難しいので」
もっとも私も一般的な庶民の生活をそれほどよく知っているというわけではございませんが、とハマオルさん。
リズィレさんも農家の娘だったので街の庶民の生活はよく判らないそうだ。
「農家の場合、『結婚』の有無に関わらず共同生活が一般的ですので。
子育てにしても一家ごとにではなく同世代の子供を集めて一緒に、という形になります」
リズィレさんもそうやって育ったという。
おかげで血の繋がらない兄弟姉妹がたくさんいるけれど、逆に両親への親しみは薄くなってしまったそうだ。
物心ついた時からどこかに預けられっばなしで両親の顔もあまり見なかったという。
日本の共働き家庭みたいだな。
保育園とかに預けられていてあんまり両親と一緒にいない。
夜はすぐ寝てしまうし、朝は両親が出勤する途中で保育園に送り届けられてしまうのだ。
街の子供も似たようなものだろう。
「そういえばヤジマ商会はどうなっているんだっけ?」
ふと思いついて聞いてみた。
福利厚生に厚いヤジマ商会だから、その辺の対策をやっていないはずがない。
ハマオルさんたちもよく知らないというので担当の人を呼んで貰ったらヒューリアさんが現れた。
事業部長だったかでは?
「名誉会長のお呼びでございますので。
私程度がギリギリでございます」
さいですか。
悪いことをしてしまった。
でもそういえばそうか。
北聖システムで大株主が何か聞きたいと言っているようなもんだからな。
間違っても平社員を行かせるはずがない。
最低でも部長クラスがおっとり刀で駆けつける。
何てこった。
俺、いつの間にか大昔のサラリーマン小説に出てくる「何も判っていない癖にやたらと現場に口出ししてくる偉い人」になっていたのか!
反省。
「そんなことはございません。
マコトさんに呼ばれたら皆争って駆けつけようとします。
今回は私が勝利しました」
何でもユマさんとかラナエ嬢が所用で席を外している時に連絡が来たそうだ。
ジェイルくんはどうしても抜けられない会議に出ていて駄目だったらしい。
その場にいた人たちの中ではヒューリアさんが一番役職が高かったと。
いや、そんな大幹部は呼んでないから。
「ところでご質問は?」
スルーされてしまった。
「福利厚生の事なんだけどね」
俺が説明するとヒューリアさんが頷いた。
「それについては既に実現しております。
アレスト興業舎時代にマコトさんが提唱した『働きやすい会舎』の定義に基づいて検討を重ねた結果、舎員が出産後に仕事に復帰する場合は子供を舎内の保育場に預けることが出来るようになっています」
何と。
既に日本並の福利厚生が!
あれ?
でも俺、そんな事まで提唱した覚えがないんだけど。
「私も報告を受けただけなのですが」
ヒューリアさんが言うには、実際に産休をとって子供を産んでから復帰しようとした女性舎員が総務に相談したことから始まったそうだ。
そういう事態を想定していなかったヤジマ商会は慌てて対策会議を開き、とりあえず子連れで出勤しても良いことにしたという。
幸いその女性舎員は内勤だったために何とかなったのだが、そうそう都合がいい職務の人だとは限らない。
そこで実験的にヤジマ商会の各部門で継続して行われている「小学校」の姉妹組織として「保育園」を立ち上げたとか。
「幼い子供を育てている女性舎員は希望すればそこに子供を預けることが出来ます。
世話役はヤジマ商会で雇った保母の他に、ローテーションで母親が担当するとのことです。
『保育園』に勤務している時間は仕事を免除される、というよりは仕事をしたことになるということで」
凄いじゃないか!
誰だか知らないけど、それを発案した人は表彰ものだよね!
「はあ……それがですね」
ヒューリアさんが苦笑した。
「確かに提案者はいるのですが、その者どもが口を揃えて『ヤジママコト様に教わった』と。
子育てについて議論していた時に、マコトさんが通りがかってこうすればいい、と教えてくれたそうなのです。
ですから表彰されるとしたらマコトさんが」
ちょっと待て!
俺はそんなの知らんぞ。
いや、確かにみんなで議論している所に通りがかるとつい口出してしまうんだけど、大抵は戯れ言だからな。
すぐに忘れる。
そもそも議論しているのが男だったら記憶に残らないし、女性が混じっていたとしても議論の内容までは記憶しないんだよ。
てことはアレか。
また俺がいい加減な事をペラペラと喋って、それを真に受けた優秀な人が何とかしてしまったと。
参ったなあ。
「なぜでございますか?
大変優れた制度ですよ。
総務の話では、この制度があるが故に子持ちの優秀な女性がヤジマ商会関連団体に争って就職してくれているそうです。
他舎でも真似しようとしたようですが、ヤジマ商会ほどの規模と自由度がないためになかなか実現していないと聞いております」
さいですか。
それはそうだよなあ。
そんな制度、まず金持ってないと出来ないぞ。
後は一定以上の規模がないとローテーションに無理が出るし。
「そこに目をつけた者がおりまして」
ヒューリアさんが続けた。
「王都の官庁街や商会が集まっている場所でヤジマ商会の舎員子弟だけでなく、他舎の舎員対象にサービスを始めた所、これが大当たりで」
またか。
まあ、日本でもよくあるよね。
駅前とかでかいビルの中とかに保育園を作って子供を預かるサービス。
そっちの方向に行くのは必然か。
しかしそんな事業、よく受け入れられたね?
「ヤジマ商会系列企業の信用と信頼は抜群でございます。
おかげで『ヤジマ保育』は順調に売り上げを伸ばしているとの報告を受けております。
ご希望があれば担当の者を呼びますが?」
いらんわ!




