6.借金ゼロ?
俺のニート化の言い訳だったはずのヤジマ財団は着々と陣容を整えていた。
規模的に凄いんだよ。
何か既視感があると思ったら「ニャルーの館」じゃないか。
猫喫茶を作るつもりでいたら複合健康ランドが出来てしまったという。
ちょっと心配になったので財務担当の人に来て貰ったらマレさんが現れた。
俺の前で片膝を突いて礼をとる。
「マレ・タフト参りました。
ヤジマ大公殿下」
そう来ましたが。
「あー。
ここは私的で」
マレさんとはアレスト興業舎以来の古馴染だからな。
今さら身分がどうとか言われても困る。
「そうさせて頂きます。
マコトさん」
マレさんはにっこり笑ってソファーに腰掛けた。
茶髪で闊達な雰囲気は変わってないな。
でも少し色っぽくなったような。
誰かいい人でも?
「秘密です」
さいですか。
まあいいけど。
早速俺の財務状態について教えて貰う。
ヤジマ商会の発展が著しいけど、また俺の借金を使いまくっているのかと覚悟していたら意外な事実を教えられた。
俺の借金の清算は済んでいるそうだ。
「初期の投資はマコトさん個人の名義で引き受けておりましたが、ヤジマ商会の信用が確立した時点で舎債に振り替えました。
具体的にはマコトさん名義の株券と交換する形で現金化して積み立てております」
そういえばマレさんってヤジマ商会の経理部長だったっけ。
聞いてみたら既に財務担当役員に出世していた。
嫁の腹心だからな。
さすが傾国姫。
手を引いたふりをして核心はがっちり握っていたか。
マレさんはその他にも色々やっている臭いけど、知りたくないのでスルーする。
今はヤジママコトの財政状態だ。
よく判らないけど、俺個人の借金をヤジマ商会に移したということらしい。
俺がヤジマ商会の所有者だから出来たことで、つまり株券の増資という形で俺名義の株を増やし、それをヤジマ商会が買い取る形にしたということだった。
「すると俺の借金は?」
「既に存在しません。
新規投資もマコトさん名義ではなくヤジマ商会として募集しております」
ヤジママコト=ヤジマ商会という図式が知れ渡ったために可能になったそうだ。
それだけヤジマ商会の信用が増したということか。
そう言うとマレさんは眼鏡を光らせた。
「それどころではありません。
今やヤジマ商会といえばソラージュだけではなく既知の世界で最も信用がある会舎です。
投資案件は常に順番待ちの状態ですし、増資についても募集した瞬間に枠越えになります」
さいですか。
まあそれはいいんだ。
増資ということは俺以外の国や会舎や個人がヤジマ商会の株を買ってくれるわけだから、俺の所有率が低くなるんだよね。
出来ればもっと進めて俺を少数株主にして欲しい。
「マコトさんの無償増資を同時に進めておりますよ?
オーナーの持ち株比率が全体の8割を下回ることがないように調整しております」
パネェよ!
何でそういうことするかね?
そんなことしてたら俺がいつまでたっても手を引けないではないか!
「お待ち下さい。
ヤジマ商会の信用はマコトさんがオーナーである、という事で成り立っています。
投資して下さる方は依然としてマコトさん個人を信用されているわけです。
従ってマコトさんの所有権が揺らぐような状況は絶対に避けるべきだと」
言いくるめられてしまった。
もともとマレさんってこういう話の専門家だからなあ。
俺なんかが勝てるはずがない。
別にいいですけどね。
とりあえずは俺の借金がもうないというだけで万々歳だ。
少し気分が良くなったのでヤジマ財団の話に戻る。
「ヤジマ財団はヤジマ商会の持株団体であると同時にマコトさんの財産を管理するための組織です。
具体的には投資先を選定したり配下企業に示唆することで事業を行うことになります」
「事業ってどんな?」
「それはマコトさんがお決め下さい。
何でも出来ますよ。
直接投資しても構いませんし、ヤジマ商会を通じて配下企業を動かしてもいい」
益々悪の組織じみてきたような。
マレさんの話では、利益追求団体ではないけど別に商売してはならないわけでもないそうだ。
儲けたら税金がかかってくるし、かかった費用は経費で落とせると。
それはそうだよな。
○ル・ゲイツとかの財団が時々ニュースに出ていたけど、貧困地域の支援事業とか寄付を募って被災者に物資を送ったりしていたと思う。
そういうボランティア的な仕事だって立派な事業なのだ。
雇っている人に給料を払う必要があるし、何かやれば経費がかかってくる。
普通の会社と違うところは株主に利益還元する必要がないということか。
「ヤジマ財団はマコトさんの百パーセント所有団体ですので、何でも出来ますし誰にも反対できません。
世界を征服することも可能でございます」
違うでしょう!
俺はそんなことはしませんって。
でも思ったより使い勝手がいい組織みたいだな。
何かやるにしても俺がやれと言えば誰にも口出しできないわけか。
悪の組織そのものじゃん!
どうしよう。
「お好きなようになされば」
マレさんは無責任に言うけどね。
俺にはとても好きになんかやれそうにもないです。
「でしたら奥方様にご相談なされては?」
「それがあった!」
傾国姫ならいい指示をくれるはずだ。
さすがマレさん。
嫁の腹心だけのことはあるな。
マレさんに帰って貰うと俺は早速、嫁を呼んだ。
「ぱぱ!」
忘れてた。
嫁には漏れなく娘と息子がついてくるんだった。
ついでにハマオルさん夫婦とティラナちゃんも。
ラウネ嬢はもともといるけど。
まあいいか。
俺は娘を膝の上に載せてみんなに話した。
ヤジマ財団って何すればいいと思う?
当然だけどハマオルさんたちやラウネ嬢からは沈黙が返ってきただけだった。
護衛だもんね。
主にどうこうしろなどと言えるはずもない。
「そうですね。
貴方のご自由に、という返事はお聞きになりたくないのでしょう?」
嫁が眠っている息子の髪を直しながら言う。
セルリユ興業舎のヒット商品である抱き袋を使っているので腕が自由なんだよ。
ちなみにこれはリズィレさんも使っているけど、背中に背負うタイプの奴だった。
いざという時はそのまま嫁を守って戦うためだそうだ。
よろしくお願いします。
「自由と言われると迷うんだよ」
「でしたらやはり魔王ではないでしょうか。
他の事でしたら貴方以外の方でも対応出来ると思いますが、魔王は貴方にしか対処できないかと」
簡単に言ってくれるけど、魔王ってそもそも人間にどうにか出来るもんじゃないでしょう。
でもまあ、日本でやっていた災害対策程度なら可能かもしれない。
しかもこっちには野生動物もいるからね。
山岳地帯や荒れ地の機動力は多分地球を遙かに上回っているぞ。
「他には?」
念のため聞いてみたが、特に発言はなかった。
ハマオルさんたちは俺たち一家の護衛に徹しているし、ラウネ嬢もそうだからな。
娘と息子は寝ているし。
「判った。
ありがとう」
「どういたしまして」
嫁が悪戯っぽく返してくる。
いいよなあ。
絶世の美女で俺の子供の母親ということを抜きにしても、嫁の存在は目映いばかりだ。
うーん。
そういえば随分ご無沙汰だけど、そろそろいいかな?
嫁が頬を赤らめ、ハマオルさんたちがそっぽを向いた。
失敗った。
全部バレバレかよ!
「それでは我々は失礼させて頂きます」
ハマオルさん一家がそそくさと去ると、ラウネ嬢もぎこちなく立ち上がった。
「何かあればお呼び下さい」
判りました。
妙な空気が漂う中、俺たち一家だけになってしまった。
まずい? ことに子供たちは両方とも寝ているんだよね。
でも応接室でいきなり始めるわけにもいかない。
「……部屋に戻ろうか」
「はい。
貴方」
というわけで、俺は嫁と子供達と一緒に寝室に引き上げたのであった。
娘と息子を専用のベッドに寝かせてから、とりあえず二人でシャワーを浴びる。
全裸の嫁は元通りの素晴らしい体形に戻っていた。
胸なんか前より大きいんじゃない?
「お乳が出ますので。
息子がよく飲んでくれるので嬉しいです」
いかがですか? と胸を張る嫁。
うん。
断るのも悪いよね?




