22.危険任務?
とりあえず俺の進退についての結論が出たということで解散になった。
早速根回しに入るというか、実は既にその方向で動き始めているらしい。
俺の進路はともかくヤジマ商会にとっては大変動だからな。
それに伴って関連事業も大きく変わるようだし。
もちろん勝手には動けないので、王政府などとの協議も必要だという。
大変ですね(他人事)。
そういう面倒くさい仕事は皆さんがやってくれるので、俺は俺の今後を考えて下さいと言われてしまった。
何をやるかについては俺の自由にしていいのだそうだ。
でも俺、特にやりたいこともないしな。
軽小説だったら今の俺くらいの立場になったらもうENDだし。
俺の場合、誰かに召喚されたとか運命的にどうとかはまったくないからね。
使命とやらも感じない。
そもそも俺はきちんとした会社で正社員やって引退後は年金が出て安穏と暮らしていければそれで人生満点だったんだよ。
企業経営なんか出来やしないし、そんな責任を負うのも嫌だった。
やっているけど(泣)。
軽小説の主人公たちってよく思い切れるよな。
ニートとか学生だった奴がよくそんなに簡単に世界を救おうとかいう気になれるもんだ。
やはり厨二病だからか。
でもあれ、俺はよく判らないけど実際に左目に封じられた何かが蠢いたりしたらパニックにならない?
まあいいか。
少なくとも俺は誰かに何かを強制されているわけじゃない。
好きな事をしていいというのならしようじゃありませんか。
初心を思い出せ。
アレスト興業舎を首になって王都に出て来たときは、確か起業するふりをしてのんびり暮らそうとか思っていたんだよね。
あの当時も無職だったけど近衛騎士の俸給はあったし、何かやっているように見せかけて何もしないでいることくらいは出来た。
ジェイルくんが介入してきて大変なことになってしまったんだよ(泣)。
今の俺には嫁や娘がいるから生活費もそれだけかかりそうだけど、これまでの蓄えがあるから多分これから一生収入がなくてもやっていけるはずだ。
よし決めた。
初志貫徹で「何かやっているふり」をしよう。
そう決心して居間に戻ると娘が飛びついてきた。
「ぱぱ!」
俺の足にぶつかる寸前に掬い上げる。
そのまま胸に抱くと、娘はぎゅっと抱きついてくる。
もう俺、ここでいいのかも。
「貴方。
わたくしもおります」
ソファーで嫁が微笑する。
そうでした。
娘を抱き上げたまま嫁の隣に座る。
嫁は編み物をしていた。
「そういうの、出来たんだ」
「覚えました。
やることがなくなってしまって」
そうだろうな。
嫁はバリバリのキャリアウーマンだったから、無為に過ごすのは苦手だろう。
でも俺、嫁が編み物とかしている様子はまったく見たことがなかったんだよね。
いつでも書類を読んでいたり何か調べ物をしていたりだったような。
「お仕事に役立つかと思いまして。
ユマやラナエに叱られてしまいました。
今のわたくしの一番大切なお仕事は貴方の子供を産むこと。
そして」
嫁は編み物を置いて俺にもたれ掛かってきた。
「貴方の癒やしになることだと」
うーん。
いいのかこんなに幸せで。
北聖システムの先輩たちは結構きつい結婚生活をおくっていたようなんだよな。
結婚している人の大半が共働きだったし、そうじゃない人は子供が小さくていつもピーピーしていたな。
奥様たちがどう考えていたのかは知らないけど、女性社員も生活に必死で間違っても「私の仕事は夫を支えることだ」とか思ってなかったような。
嫁の性能が高すぎるからなのかもなあ。
ただ単に超絶的に美しかったり女神だったりする以外にも一人の人間として物凄く優秀だ。
軽小説のチートじゃないよ。
何というか高いレベルでバランスが取れている気がする。
優等生キャラとは違うんだけど、多分芯が強靱なんだろう。
大抵の事には驚かないし、何があっても自分を失わない。
人格的にも完成されているしね。
その点では軽小説的なんだけど。
「そんなことはありません」
嫁はちょっと膨れて俺の腕に自分の腕を絡ませた。
娘を抱いているので密着度が凄い。
嫁の胸も凄いな。
「わたくしだって取り乱しますし、欠点もたくさんあります。
旦那様がマコトさんでなければ妻としてやっていけるかどうか」
それはそうだろう。
正直、嫁を奥さんにしてちゃんと夫としてやれる人って少ない気がする。
俺は幸い不完全な魔素翻訳のせいであまり感じずに済んでいるけど、聞くところによれば嫁って光り輝いているらしいんだよ。
いや比喩的に。
そう感じられるくらい常時強大なパワーを放っているらしくて大抵の人は近寄れないし、いきなり鉢合わせたりすると気絶する可能性がある。
もちろん本当に光っているわけじゃないし、ユマさんやラナエ嬢といった「学校」仲間や、それからジェイルくんハマオルさんといった俺に近い人たちは大丈夫と聞いているんだけど。
威光ともちょっと違うんだよね。
オウルさんは俺にすら感じ取れるほどの威圧を放っていたけど別に光ってなかったからな。
でも普通の人からみたら嫁は光臨に包まれているようにしか思えないそうだ。
そのせいで嫁を神聖視している人もいたな。
アレスト市の代官だったトニさんとか。
「そういう意味ではなく。
でもいいです。
マコトさんはわたくしの旦那様で、わたくしは妻。
それだけで充分です」
嫁が俺にしがみついてくるので娘から腕を外して支えてやる。
すると娘が不満そうに「だめ!」と言って俺の膝の上に座り込んだ。
何が駄目なんでしょうか。
ていうか今気づいたけど、娘ってもうしゃべれるのね?
いくら何でも早すぎるような。
「まだですよ」
嫁が肩を竦めた。
「言葉にはなっていません。
魔素翻訳で意味を拾っているのでは」
そういうことね。
俺の呼び方が「ぱぱ」なのは、俺の方がそう認識しているからだろう。
実際には娘がどう言っているのかは判らん。
ていうか父親って判るの?
「マコトさんを覚えていますから」
嫁が教えてくれた。
「自分を保護してくれて可愛いと思ってくれる存在、そして甘えられる父親だと認識しているわけです。
『心の壁』が形成されたばかりで、それ以前に感じた感覚が刷り込まれた状態とされています。
マコトさんは絶対的な自分の味方で頼れる存在と思われているのかと」
「それは嬉しいね」
忘れられているのかと覚悟していたんだけど。
だってまだ目もよく開かないうちに帝国に行ってしまって、そのままだったんだよ。
そんな奴が父親などとは思えないでしょう普通。
だけど会ってみれば杞憂だった。
娘にモテるって素晴らしい。
まあ……この娘も年頃になったら俺の洗濯物を自分のと一緒にしないでくれとか、キモいから話しかけないでとか言い出すんだろうなあ(泣)。
北聖システムの管理職の人たちが嘆いていたっけ。
「そのようなことは許しません!」
突然、嫁が激高した。
「きちんと躾けます!
貴方を忌避するなどあってはならないことです!」
ハスィー、抑えて。
娘が怯えるでしょう!
「すみません。
ついマコトさんの事になると感情が抑えきれず」
「それは嬉しいけど、娘には罪はないから」
ていうか完全に冤罪だ。
恐る恐る娘を見ると、俺の膝の上できょとんとしていた。
助かった。
傾国姫の怒りに触れたらただでは済まないからな。
雌ライオンの逆鱗に触れたみたいだった。
今の爆発って下手すると疑似物理的な衝撃が発生していたかもしれない。
魔素翻訳があまり効かない俺と娘だから平気だっただけで、メイドの人とか大変だったかも。
それで気づいたけど、ドアの辺りに控えていた給仕とメイドの人たちの姿勢がおかしい。
支え合って何とか立っているような?
ハマオルさんがどこからともなくすっと現れて何か指示すると、給仕さんとメイドさんはちょっとよろけながら出ていった。
やっぱりか。
すまん。
「主殿」
ハマオルさんが近づいてきて礼をとった。
「あの者どものご無礼をお許し下さい。
充分覚悟は出来ているはずなのでございますが、何分突然の衝撃で」
だよなあ。
でもあの人たちに罪はない。
「俺たちが悪いんですから気にしないように伝えて下さい」
「申し訳ありませんでした。
何か謝罪の言葉を」
嫁が言うけど、そこまではしなくてもいいんじゃない?
あの人たちも女神のそばに侍る以上、ある程度は覚悟していたはずだし。
「奥方様が気に病むことはございません。
お近くに侍る者どもは充分に訓練を受け、いかなる事があっても対処できるように自らを鍛えております。
それだけの特別俸給も支払っておりますのでご配慮は無用に願います」
俺の嫁に仕えるってそこまで危険な仕事だったの?




