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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五部 第二章 俺が無地大公?

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20.派閥?

 どうしようもないので例によって忘れることにする。

 口元をベタベタにしながら食事を終えた(シーラ)を洗面所に連れて行って綺麗にすると、俺たち一家は居間(リビング)に移った。

 豪華なソファーに並んで座る。

 (シーラ)は当然のように俺の膝の上に乗ってきた。

 ヤバい。

 可愛すぎて言葉が出なくなりそうだ。

 (ハスィー)も俺にぴったりくっついてきて、わざと俺の手の平を腹の上に持っていくんだよ。

 膨らんだ(ハスィー)のお腹は張っていた。

 この中に俺の子供がいるのか。

 当たり前だけど神秘だな。

 俺の膝の上でいつの間にか寝ている(シーラ)も1年前には同じ所にいたんだし。

貴方(マコトさん)はどちらがいいですか?」

 (ハスィー)が聞いてきた。

「というと?」

「男の子と女の子です」

「どっちでもいいよ。

 そういうのには全然拘らないからハスィーも気にしないように」

「はい」

 嬉しそうに言って金色に輝く頭を俺の肩に預けてくる(ハスィー)

 うーん、リア充?

 まさか俺にこんな生活が訪れようとは。

 もっともこっちの世界には二次元と言えば絵本くらいしかないので、生活が充実するとしたら現実(リアル)しかあり得ない。

 だからリア充というのはそぐわないかもしれないけど。

 そういえば「リア充」って言葉はもう古いらしい。

 最近? の若い者にはリア充という用語が通じないんだそうだ。

 若いと言えば俺もまだ若いけど、高校生くらいの連中だと既に俺の世代とは常識が全然違うみたいだからな。

 いや日本の話だけど。

 そういえば転移してからもう5年以上たっている計算になる。

 俺もアラサーというよりは実年齢で三十代に近づいているからな。

 まだ体調その他に不安は感じないけどね。

 北聖システムの先輩社員や管理職の人たちが宴会の席で言っていたけど、サラリーマンの体力は40歳でドカッと落ちるそうだ。

 体力というか持続力ね。

 具体的には割合平気だった徹夜が出来なくなったり、ハードワークからの回復が遅くなったりするらしい。

 二十代のうちは、どんなにきつい仕事でも一晩寝たら回復するけどそれが駄目になると。

 ぞっとする話だ。

 まあ、俺は別に出世したいとか実績を上げて査定でA評価貰いたいとか思わなかったからほどほどに働いていたけどね。

 ていうか、転移してからは結構厳しかったけど。

 でも寝込むほど働いたことはないような。

貴方(マコトさん)はそれでよろしいのです」

 (ハスィー)が言った。

「御身をお大事にして下さいませ。

 貴方(マコトさん)は唯一無二の存在なのですから」

「いや、そんなことを言い出したら人は誰でも同じでしょう。

 ハスィーだって俺にとっては唯一無二だよ。

 無くしたら生きていけない」

 事実だ。

 俺の(ハスィー)(シーラ)に手を出す奴がいたらただじゃおかない。

 具体的には何するか決めてないけど、とにかく叩き潰す!

「ありがとうございます。

 貴方(あなた)

 (ハスィー)は呟くように言って、そのまま身体を密着させてきた。

 うーん。

 軽小説(ラノベ)だとアレな場面だけど、あいにく俺は(シーラ)を膝の上に載せているからね。

 (ハスィー)は身重だし。

 というわけで、俺はエロい気持ちになったけど特に何をすることもなく家庭の幸福を満喫したのであった。

 途中で思い出してハマオルさんに帝国土産を持ってきて貰ったら、(ハスィー)はちょっと悩んでからネックレスを手に取った。

 それだけでいいそうだ。

 無欲?

 (シーラ)は幼すぎて宝飾品に関心がなさそうなのでパス。

 後でみんな(ジェイルくんたち)にも配らないとね。

 昼食の後、珍しくユマさんに加えてラナエ嬢やジェイルくんたちが訪ねてきた。

 子供の世話があるので(ハスィー)は遠慮するらしい。

 会議室にしている部屋で会う。

 本当に久しぶりなので旧交を温め合った後、みんなが俺の無地大公就任を祝ってくれた。

 この辺りは私的(プライベート)なので簡単に済ませる。

 ヤジマ大公家としての大公位就任パーティやヤジマ商会のお祝いはまた別途大々的にやる予定だそうだ。

 お手柔らかにお願いします。

 改めて席につくとユマさんが言った。

「我が(あるじ)

 お休みのところを申し訳ありませんが、喫緊の問題についてご相談致したく」

 ユマさんの口調が堅いな。

 これまで通りでいいのに。

 ユマさんはうふふ、と笑って姿勢を少し崩した。

「一応、大公殿下ですので。

 ですがお望みなら」

「そうして下さい」

 大公なんて何かの冗談としか思えないからね。

「緊急に決めておきたいことがございます。

 マコトさんが大公位に就任したことでソラージュにおけるお立場がこれまでとは違ってきます」

 ユマさんが真面目に言った。

 それはそうでしょうが。

 俺は伯爵だってよく判らなかったので。

「具体的には?」

「ヤジマ大公家の創設によって否応なくひとつの派閥が形成されることになります。

 これまではヤジマ伯爵家として暫定的にララネル公爵家の『子』という形になっておりましたが、大公家ともなればどこかの貴族家の下につくことは不可能です」

 なるほど。

 大公家は最高位貴族だからね。

 王家のすぐ下なんだよ。

 ララネル公爵家も准王家みたいなものだけど、身分で言うと大公の方が高いそうだ。

 つまり下にはつけない。

 かといって王家の「下」というのは当たり前の話であって派閥ではない。

「独立するしかないと」

「はい。

 それどころか早急に派閥を構成する貴族家を決めなければなりません。

 頭が痛いところです」

「決める必要があるんですか?

 俺は別にそんなのなくても」

「いえ。

 希望する貴族家が殺到することが目に見えています」

 マジか?

 元々は平民でどこの誰とも判らない、ぽっと出の大公なんかの下につきたがる人っているの?

 ラナエ嬢が脱力した。

「マコトさんは相変わらずですのね。

 ヤジマ家の権勢がどれだけ高まっているのかご存じないとは。

 我がミクファール侯爵家も是非にと実家からせっつかれておりますのに」

 そうなんですか!

 ミクファール侯爵家と言えば王妃を出したこともある大貴族だよ?

「クルト男爵家はこれまでと同様、今後もヤジマ大公家の忠実な(しもべ)として仕えさせて頂きます」

 ジェイルくんが胸を張って言った。

「実は子爵への昇爵を打診されております。

 少しはお役に立てるかと」

 ジェイルくん、子爵になるのか。

 いいんじゃないの?

「いえ。

 大公家直参としてはまだ役者不足です。

 せめて伯爵に」

 ジェイルくんの瞳が燃えている。

 そんなキャラだったっけ?

 でもクルト男爵ってヤジマ商会の支配者として既に爵位に関係なく王都(セルリユ)では強大な力を振るっていると聞いているけど。

 実質的には既に侯爵並の権勢があると見た。

「バレル男爵家はこれまで独立独歩でやって参りましたが、ヤジマ大公殿下のお許しがあれば是非配下に加えて頂きたいと当主が申しております」

 ヒューリアさんもか。

 後ろの方に控えているハマオル近衛騎士(さん)は当然と言った顔付きだった。

 これまでと一緒だからな。

「と、このように関係があるなしに関わらずヤジマ大公家の配下に加わりたいという貴族家が多いわけでございます。

 世襲貴族家だけではなく、例えばヤジマ学園に関係しておられる近衛騎士家などはこぞって希望しているという報告が上がってきていますし、ソラージュの爵位持ち商家はほぼ全部と言っても過言ではございません」

 無理。

 いや、どうしてそんな行動に出るのかは判るよ?

 ヤジマ学園にいる近衛騎士ってほとんどが学術関係の人たちだからね。

 ヤジマ学園の教授なら間接的にヤジマ商会に雇われているわけだけど、ヤジマ大公家の派閥に入ればぐっと俺に近くなるわけだ。

 貴族家の当主として大公家に出入りすることが出来るし、その時に色々と嘆願したりしやすくなる。

 地方政治家が国会議員に会うようなものだ。

 パイプは太い方がいいに決まっている。

 爵位持ち商家の場合はもっと極端だ。

 ヤジマ大公家の派閥に入れば事実上、ヤジマ商会の子会舎や関連会舎になれるのだ。

 商売上メチャクチャに有利になるぞ。

「お判りになられましたか?」

 はい。

 物凄く面倒になりそうな事は判りました。

 社交しなきゃなりません?

「普通ならそうやって派閥に入れる貴族家を選ぶことになりますが、ヤジマ大公家はそうしない方が良いと思います」

「なぜ?」

「収拾がつかなくなります。

 選ばれた貴族家とそうでなかった貴族家の対立を生みますし、拒否された家からは恨みを買います。

 あの貴族家が選ばれて、どうしてうちは駄目なのだという感情は抑えきれないものでございます」

 そうなのか。

 そうだろうな。

 多分だけど、ヤジマ大公家の派閥に入った商家とそうじゃない商家ではいずれ桁違いの差がつくことになるはずだ。

 誰だって自分の配下を優先するものだからね。

 日本にも財閥があって、その系列企業はそうでない会社より資金調達や仕事の受注でも圧倒的に有利なのは当然だ。

 問題は俺がヤジマ商会のオーナーだということだ。

 本来は統治者であるべき大貴族が商会を直接所有しているんだよ。

 独占禁止法違反なんてもんじゃない。

 商家にとっては死活問題になってしまっている。

 どうするの?

 ユマさんが笑った。

「秘策がございます」

 早く言ってよ!

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