19.無敵?
いつものように朝練を終えてヤジマ屋敷に戻り、シャワーを浴びてから朝食に行く。
走っている間中、周囲のお屋敷の庭や道に立っている人たちが全員頭を下げたり片膝を突いていたりするのが印象的だった。
まさか本当に、この辺りに住んでいたり仕事している人たち全員がヤジマ商会の関係者なのか。
「ただの関係者ではございません」
ハマオルさんが教えてくれた。
「主殿の安全に関わる事ですので。
全員が厳しい資格審査と忠誠心テストに合格しております。
また命令があれば何が来ようが主殿の盾となる果敢さと、そのお役目を果たしきる身体の強靱さを兼ね備えております」
言わばこの区画の全員が主殿の親衛隊でございます、とハマオルさん。
何ですかそれ。
悪の組織の首領か何かのような。
というよりはむしろ魔王か。
魔王を差し置いて俺の方が魔王になってしまっていたらしい。
軍隊が攻めてきても持ちこたえられると言われたけどそのせいか。
困るけど、どうしようもないから忘れよう。
一緒に走ってくれた人たちは大部屋で食事するらしいけど、俺は別の場所につれていかれた。
私的な食堂だ。
でかい屋敷だからそんな部屋もあるんだよ。
ベランダの扉が大きく開いていて気持ちのいい風が吹いている。
大きなテーブルについているのは俺の嫁だ。
そして庭をこっちに向かって駆けてくる小さな身体。
「ぱぱ!」
娘か!
可愛いぞ娘。
あ、コケた。
その瞬間、両側からスライディングしてきた流線型の身体が2つ、地面にタッチダウンして娘を受け止める。
ありがとう犬の人たち。
「ぱぱ、ぱぱ」
娘は全然気にすることなく救い主たちの身体を踏みつけて立ち上がり、そのまま俺に飛びついてくる。
危ないから走るんじゃない!
いくら犬がついているにしたって万一ということがある。
俺が娘を抱き上げると、娘はぎゅっとしがみついてきた。
可愛い。
いや、甘やかしてはイカン。
娘を抱きかかえたまま、とりあえず礼を言う。
「助けてくれてありがとう。
貴方たちは?」
犬の人たちは並んで座ってから器用に頭を下げてくれた。
「ヤジマ警備野生動物部隊のヤンです」
「同じくタサロ。
『シーラのお嬢』の警護任務についています」
うちの娘にも既に二つ名がついているらしい。
「それはどうも。
よろしくお願いします」
「任せて下さい」
「お嬢は我々が守ります!」
すると部屋のあちこちから犬や猫がわらわらと沸いて出た。
こんなにいるのか!
「お久しぶりでございます。
マコトの兄貴」
そう言って頭を下げてくれたでかい犬には見覚えがあった。
北方親善旅行で俺の護衛についてくれた犬だ。
何てったっけ?
ハマオルさんがいないから名前が判らん。
「ハクですよ、マコトの兄貴」
さいですか。
その隣に優雅に腰を降ろした猫の人には見覚えがない。
「レラでございます。
初めてお目にかかります。
マコトの兄貴」
「あ、どうも」
女性なのか。
よし覚えた(泣)。
「我々が『マコトの兄貴の番い護衛チーム』を束ねております。
奥方様とお嬢様をお守りします」
そう言って頭を下げる犬と猫。
何かもう童話だよね。
長靴は履いてないけどアレだ。
何も言うまい。
「よろしくお願いします」
とりあえずお礼を言っておく。
「ぱぱ」
娘がむずかったので、俺は小さな身体を抱えたまま進んだ。
嫁は立ち上がって迎えてくれた。
「こちらへ」
嫁は俺から娘を受け取ると、肘掛けのついた特別製らしい小さな椅子にその身体を降ろす。
娘も慣れているらしく、大人しく座った。
「もう座れるの?」
「はい。
お食事も出来ますよ。
まだスプーンですが」
嫁が甲斐甲斐しく娘にエプロンというか涎掛けというかを着せる。
マジで成長が早いな。
嫁も12歳くらいで既に成熟した大人の女性に見えたというけど、こんな幼児の頃からそうなのか。
俺はいつの間にか現れたハマオルさんに椅子を引いて貰ってテーブルについた。
向かいに嫁が座る。
こっちはリズィレさんがついてくれているようだ。
身重なのに平気なの?
「ありがとうございます。
ヤジマ大公殿下。
大丈夫でございます」
リズィレさんが微笑んでくれた。
凄いな。
半年くらい見ない間に完全に大人の女性になっている。
母親としての自覚が出てきたのか。
もともと活発で可愛いタイプの美少女だったんだけど、今はそれに色っぽさが加わったような。
ハマオルさんも隅に置けないね。
うおっほん、と後ろから咳払いがしてリズィレさんが苦笑した。
嫁がやさしく声を掛ける。
「リズィレ、もう良いので貴方もお食事になさい」
「お心のままに。
大公妃様」
リズィレさんが一礼して引っ込んだ。
「ハマオルさんもどうぞ」
「……お心のままに」
いや、夫婦一緒の方がいいと思うし。
護衛なら犬猫がいてくれるから。
「ぱぱ!」
はいはい。
忘れてないって。
ハマオルさんとリズィレさんが去り、俺が娘の相手をしているうちにメイドさんたちが配膳してくれて食事が始まった。
朝食なのでパンにスープにサラダといったところだ。
焼き魚もあって和洋折衷だな。
卵焼きも出てきた。
肉はない。
こんなもんだろう。
ちなみに娘の食事はおかゆだった。
俺と嫁は自分が食べるのもそこそこに娘の食事の補助に集中した。
身体は大きくなってもまだ生まれて1年もたっていない幼児だ。
スプーンを握る手つきすら覚束ないし、盛大にこぼしてくれる。
俺と嫁がつきっきりでないとろくに口に入らない。
それでも楽しかった。
「いつもこんなの?」
「はい。
本人は自分で食べたがるのですが」
そうなのか。
北方種な上に傾国姫の娘だからな。
どんなチートだったとしても驚かないぞ。
「マコトさんの娘でもありますよ。
わたくしとしては、そちらの血筋の影響の方が大きいかと」
「いや俺は平民で庶民だけど」
「いつもそうおっしゃいますが、それを信じているのはマコトさんだけです」
俺は嘘なんか言ってないのに!
話を変えよう。
「聞いていると思うけど、昨日ルディン陛下に無地大公とやらにされた」
「はい。
こちらにも知らせが届きました」
「どう思う?」
俺としては嫁の気持ちを聞きたかったんだけど、まったく違う返事が返ってきた。
「バランスをとったのでしょう。
貴方は既にララエの名誉大公ですし、この度は帝国皇子に叙任されました。
しかも帝国皇太子殿下の後ろ盾とか。
つまり、ララエと帝国においてはほぼ頂点の身分を極めたことになります」
さすが傾国姫。
もともとこういう政治的な思考はトップクラスだったっけ。
純正の伯爵令嬢である上に傾国姫と称されるほどの人物だ。
その分析は傾聴に値する。
って俺、何様だよ?
「そうなると問題はソラージュにおける立場です。
マコトさんのソラージュでのご身分は伯爵でしかありませんでした。
自国の身分が他国に比べて著しく低い。
これでは鼎の軽重を問われます」
「それでバランスをとったと」
「そうですね。
ソラージュの大公位はララエや帝国でのご身分に勝るとも劣りませんし、無地ということで領地を与える必要もない。
代わりに下賜された特権にしても、既にヤジマ商会を配下に持つ以上、マコトさんにとってはある意味不必要とも言えます」
なるほど。
確かに「自由通行権」や「領地使用権」は凄いけど、現時点でのヤジマ商会はほぼすべてのソラージュの領地と契約を結んでいて似たような権利を持っているからね。
俺にとってはほとんど旨味がない話だ。
「してやられたということ?」
「そのようです。
とはいえこちらにもメリットはあります。
ソラージュの大公位はやはり大したものです。
事実上、ソラージュ国内でマコトさんに意見出来る者はルディン陛下くらいしか存在しなくなりましたから」
マコトさんはソラージュを征服したも同然です、と嫁。
ユマさんも帝国で似たような事を言っていたっけ。
どうするのよ俺?




