11.ゲスト?
根掘り葉掘り聞き出された。
ルディン陛下の尋問スキルって凄いよ。
さすが我が君主。
そもそも俺って何も隠せないしね。
何か聞かれたら思い浮かべるだけで大体悟られる。
まあいいけど。
「マコトのその特異な精神構造が鍵なのかもしれぬな」
言われてしまった。
失礼な。
俺だって内心悟られて気にしてないわけじゃないですが。
しょうがないからスルーしているだけで。
「そこでスルー出来るのが特異だと言っておる。
普通の人間にはそんなことは出来んぞ」
さいですか。
俺、普通だと思っていたんだけど違うのか。
別にいいですけど。
そういうわけで教団に行った時の事まで聞き出された。
魔素の話ね。
やはりというべきか、ルディン陛下も大まかな所は知っていた。
ソラージュ王家に伝わる秘事なのだそうだ。
別にソラージュだけではないらしいけど。
例えばソラージュの源流であるエラ王国でも同じらしいし、北方諸国も似たようなものだとか。
帝国はもちろんだ。
「国王と王太子、後は限られた公侯爵には伝えられている。
大体、知っている者は自らの後継者に伝えるようだな」
一子相伝か。
ララネル公爵殿下なんかもご存じだろうね。
ユマさんは当然知っているはずだ。
でもそのくらいか。
僧正様が信頼できる人に限られると。
よく広まりませんね?
「あまりにも大きな秘密だからな。
多少漏れても信じられんのだろう。
それに大抵の者はマコトが解き明かしてみせたほどには詳しくは知らん。
せいぜいが『スウォークがいないと魔素翻訳が失われる』という程度だ。
それ自体は秘密というよりは信仰の根拠のようなものだからな。
庶民に至るまで何となく感じている事に過ぎん」
なるほど。
確かに野生動物と当たり前に意思疎通が出来る不自然さはみんな無意識のうちに嗅ぎ取っているはずだしね。
それを否定してもいいことは何もない。
あまりにも当たり前であるからこそ、その状況が失われる事に対しては強烈な反発を感じてしまうのだろう。
稀に何もかもぶち壊したいという衝動に駆られた人がいたとしても、周囲の「正常」な人たちによってたかって潰されてしまう。
かくしてスウォークへの曖昧な信仰心だけが強化されるというわけか。
「しかし、この状況を合理的に説明できるとは。
やはりマコトは恐るべき存在というべきだな」
「そんなんじゃありません。
俺はたまたま知識があっただけです。
それに証拠があるわけじゃないですし、言ってみればただの妄想ですよ」
「だがその理論で説明がつく事は確かだ。
何よりスウォーク自身が認めているのであろう?」
それはそうですが。
俺も多分正解だと思っているけどね。
でもこんなの洞察力でも何でもない。
変に持ち上げられたくないんだよ。
「そうとは限らん。
現にそれによって『教団』がマコトに帰依したのであろう?
真に恐るべき存在になったなマコト。
その気になれば『大王』を名乗れるのではないか。
帝国皇太子が登極した暁にはその上に立つ者として。
無論」
ルディン陛下は真面目な表情で言った。
「ミラスもおそらく喜んで御身の元へはせ参ずると思うぞ」
止めて下さい。
俺はそんなの真っ平ですので。
貴族でいることすらきついのに。
「ま、将来のことだ。
おっとそろそろ時間かな。
今日はここまでにしておこうか」
ルディン陛下が壁際に立っている巨大な柱時計を見て言った。
そう、こっちの世界にも時計があるんだよ。
ゼンマイ仕掛けの奴で、物凄く高価だと聞いている。
日本が太陰暦を採用していた時代の和時計ってメチャクチャややこしい機構の奴だったみたいだけど、幸いソラージュで広まっているのは普通の時計だった。
円盤が12等分されていて針が巡る奴ね。
多分昔の「迷い人」が伝えたんだろう。
俺の地球では中世にはもう機械式の置き時計が実用化されていたそうだし。
ちなみにこの時計、あまり広まっていないそうだ。
動力機械がまだ発明されていないので社会が時計に従って動くようにはなっていないんだよ。
工場労働や鉄道でもない限り、スケジュールに従って仕事するという状態にはなりにくいからね。
だから時計を使っているのは貴族とか忙しい商人とかだけで、簡単に言えば日が落ちてからも仕事しなきゃならない階層の人たちに限られる。
庶民は夜明けと共に起き出して日没で仕事を止めるから。
動力装置が発明されるまではこの状況は変わらないと思う。
でも支配階級は夜になったからといって仕事が終わるわけじゃないからね。
高価なランプとかを使って夜更けまで仕事を続けることになる。
ほっといたら徹夜してしまうかもしれないので時計が必要になるということか。
「その洞察力は相変わらずだな」
ルディン陛下が呆れたように言った。
そのまま俺を誘導して歩き出す。
「心の内を明かしても無敵を誇る理由はそれか。
マコト。
よくぞソラージュに降臨してくれた。
他国に降り立ったかもしれないと思うとぞっとする」
いえいえ。
俺の方こそアレスト市の近くに転移して本当に助かったと思っています。
嫁にも会えたし。
畏れ多くもルディン陛下がドアを開けてくれたので恐縮しながら部屋を出ると目立たない風体の男がすっと身を引いた。
ドアの前に待機していたわけね。
大変だな。
「こっちだ」
ルディン陛下が指し示す方向に進む。
俺はルディン陛下の後ろにはつけないらしい。
露払いの役目もあるのか。
俺も陛下も無言のまま廊下を歩き、階段を降りてしばらく行った所に重厚な扉があった。
執事の人が待っていて、俺たちが近づくと深く礼をとる。
「よい。
直れ」
「お心のままに」
やっぱ屋敷の廊下とかで片膝突かれたらウザいよね。
お付きの人がドアを開けてくれたので、俺はルディン陛下を見た。
頷かれたので踏み込む。
そこはソファーセットが並んだ部屋だった。
あまり広くない。
といっても貴族標準で言っての話で、20畳くらいはありそうだ。
「マコトさん!
お久しぶりです!」
奥の方でミラス殿下が手を振ってくれた。
隣にフレアさんもいる。
王太子府から出てきたのか。
フレアさんって身重なのに大丈夫なんですか?
「平気です。
少し前に安定期に入りました」
フレアさんがわざわざ立ち上がってお辞儀をしてくれた。
いや安定期だからって無理しなくても。
「マコトさんは既に大公殿下なのでしょう?
私はまだミラスの妃ではありませんので」
いやいやいや。
フレアさんは帝国皇女ですから。
「気にすることはない」
俺の後から部屋に踏み込んできたルディン陛下が言った。
「ここも私的だからな。
身分は一時停止だ。
特にフレア殿は礼儀なんぞ忘れて構わん。
御身にはソラージュの未来が宿っておるのだからな」
「お心のままに」
フレアさんが優雅に言って着座する。
ミラスさんが労るように肩を抱いた。
まだ婚約中なのに新婚をすっ飛ばして既に夫婦として馴染んでいますね。
「マコト。
まあ座れ」
「はい」
ミラス殿下とフレアさんの正面に腰掛けると、ルディン陛下が俺の隣にどかっと腰を降ろした。
心臓に悪い。
「他の者たちは?」
ルディン陛下が全然気にしない様子で訪ねると、ミラス殿下が苦笑いした。
「叔父上は所用で遅れると連絡が入りました。
ご家族は母上や妹たちと一緒に」
「そうか。
女性は支度に時間がかかるからな」
何と。
ソラージュの王族大集合なのでしょうか。
ミラス殿下が「叔父上」と呼ぶということは王弟殿下か。
王弟妃と王女殿下がお二人いたんじゃなかったっけ。
ミラス殿下の母上といえばクレパト王妃殿下だし御妹君のお二人も一緒らしい。
確かレネ王女様とリシカ王女様だ。
俺の結婚式でお目にかかったのが最後だけど、ばっちり覚えていたりして(泣)。
でも変だよね。
ソラージュ王家の晩餐会だとしたら、俺だけ場違いじゃない?
ルディン陛下が軽く言った。
「マコトは客人だ。
それに、この際我が王家をマコトに紹介しておこうと思ってな」
何で?




