9.影の腹心?
ルディン陛下がお付きの人達と共に退出され、公侯爵の方々が俺に合図したり手を振ったりしながらゾロゾロと去って行く間中、俺はその場に突っ立ったままだった。
ララネル公爵だけが俺のそばに残っていて、いつの間にか近寄って来ていたユマさんと話している。
ハマオルさんとラウネ嬢は定位置で待機していた。
肝心な時に居なかった気がするけどしょうがないよね。
「申し訳ございません」
「いやラウネさんのせいじゃないから」
慰めているとグレンさんが近寄ってきた。
「ヤジマ大公殿下。
叙爵の手続き等はこちらで処理しておきますので。
陛下がご歓談なさりたいということなのでどうぞ」
どうぞと言われたけど強制だよね。
ハマオルさんたちはどうなるの?
「待機だな。
宮城を出るまでは心配いらん。
ヤジマ大公は陛下の庇護の元にあるからな」
ライトール公爵が断言してくれたので、ハマオルさんとラウネ嬢は不承不承頷いた。
いやむしろライトールさんの後ろで微笑んでいたユマさんのせいだろうと思うけど。
「私はユマ殿と話がありますので。
ハマオル殿とラウネ殿もこちらへ」
グレンさんが二人を連れて去ると、驚いた事にライトール公爵が言った。
「さて行くか。
私が案内する」
公爵殿下が案内役ですか!
どこまで身分がインフレするんだよ。
目立たないドアから部屋を出て廊下を並んで歩く。
一歩控えようとしたら窘められた。
「せめて並べ。
御身は大公なのだぞ。
現時点では陛下の次に身分が高いことになる」
畏れ多いです。
ていうか無理。
でもミラス殿下とか他の王族の方々がおられるのでは?
「うむ。
王族はすべての貴族の上に立つのが常識だが、厳密に言えば陛下以外は『王家のもの』という扱いになる。
それでも貴族よりは上だが、御身は『大公』だ。
これは本来は最高位身分のことで、しかも真なる称号だからな」
ライトールさんによれば王子とか王女というのは貴族家における公子や公女と同じようなものなんだそうだ。
違うのは貴族家の「公子」や「公女」が通称であるのに対して「王子」や「王女」が公称ということで。
伯爵公子が貴族家の者ではあるが「貴族」ではないように、王子や王女も「王家の者」という以上の意味はない。
称号として「殿下」がつくことで、例えば近衛騎士を叙任したりは出来る特権があっても臣籍降下したらその特権はなくなるしね。
ちょっと違うけど俺の「ララエ公国名誉大公」と同じで一代爵位、いやむしろ資格というべきものなんだそうだ。
実際、王位につかない王子は次代の国王の後継者が生まれて王太子が確定したら臣籍降下するのが慣わしだし、王女は基本的に嫁に行く。
女王にでもなれば別だけど、王子や王女って変な話だが王様が認めている間だけの限定身分なのだ。
例えばルディン陛下の弟殿下がまだ王子をやっているのは陛下がそう決めたからだ。
万一の場合の代役ということで。
ミラス殿下が既に立太子しているので跡継ぎの王子が生まれたら臣籍降下する予定だとか。
つまり公爵になるのか。
ふと思いついて聞いてみた。
「そういえばララネル公爵殿下は元王族なのですか?」
「いや。
ララネル公爵家は数代前に臣籍降下した王子が始祖だ。
わしは生まれながらの公爵家の者だな。
王家の血はかなり薄まっておるよ」
さいですか。
王子が臣籍降下する場合、原則として公爵に叙されるらしいけど、世代交代の度にそんなことをしていたら公爵家が大量に出来てしまう。
だから大抵の場合は余った王子を既存の公爵家や侯爵家が婿入りという形で引き取るのだという。
王女の場合は簡単で、どこにでも嫁に行けるからね。
ソラージュは結構捌けていて本人が熱烈に希望して王家や貴族院が認めるのであれば、お相手が平民でも可ということだった。
「もちろんそれなりの家格や財産は必須だがな。
もっとも王女が嫁入りした家は大抵授爵されることになる。
逆に言えばされないような家には嫁げない」
「それはそうでしょうね。
でもそんなことが本当にあるですか?」
地球の常識では考えられないので聞いてみたら即答された。
「あった。
とある王女がたまたま知り合った平民の商人の跡取りに惚れ、どうしても嫁入りしたいと当時の国王陛下に直談判して実現した」
そんなおとぎ話みたいなことが。
でもその商人、後で大変だったでしょう。
「傑物であった、と伝えられている。
王女が臣籍降嫁した時点では独立したばかりだったのだが、わずか十年ほどでソラージュでも屈指の身代を築き上げたと。
そして子爵位を授爵した」
凄い。
本当にいるんですね、そういう英雄って。
「何を言われる。
マコト殿こそ伯爵令嬢を嫁に貰って自力で平民から大公までのし上がったではないか。
御身の方がよほど凄い」
いや、俺は周りの人たちが凄かっただけで。
するとライトールさんは深く頷いた。
「王女を嫁に貰った商人も常々そう言っておったそうだ。
選ばれし者とはそういうものなのかもしれんな」
それから俺を見て真面目な顔を作る。
「ちなみに今の話の商人の家名はルワードだ。
爵位こそ子爵だがソラージュでは知る者ぞ知る名家だよ」
ルワードって。
グレンさんか!
なるほど。
だからグレンさんがミラス殿下の近習に取り立てられたわけね。
子爵公子って王太子の側近にしては身分が低すぎると思っていたんだけど。
つまりグレンさんもソラージュ王家の血を引くミラス殿下の遠い親戚だったのか。
まあ、そういうのはいくらでもいそうだけど。
ラナエ嬢だってミラス殿下の又従姉妹とかだったしな。
そんな話をしているうちに俺たちはいつの間にかラトーム城を出ていたらしい。
渡り廊下みたいな場所を過ぎるといきなり廊下の内装がお屋敷風になったんだよ。
「ここは?」
「ソラージュ王家つまりルディン陛下のお屋敷だ。
ラトーム城の敷地内に建ってはいるが外部からは隔離されている」
なるほど。
セキュリティも凄いんだろうね。
さっきから何かうなじがムズムズするような気配を感じているんだけど。
凄腕の護衛が隠れて守っているのかも。
人気がないなと思っていたんだが、王様が住んでいる屋敷だからなあ。
無粋な衛兵なんか配置できないんだろう。
ここまでノーチェックで来たように見えたのは、逆に凄いチェックが入っていたということね。
ララネル公爵と俺だけが通過を許されたわけか。
ハマオルさんやラウネ嬢は止められるんだろうな。
ていうかライトールさんって顔パスなんですか?
「まあ、色々とな」
怖っ!
そういえばこの人、ユマさんの父親じゃないか!
ただ者であるはずがない。
ララネル公爵殿下は咳払いした。
「誤解しないで欲しいのだが娘とわしは職務上無関係だ。
わしは陛下の、まあ隠れた側近という所か。
皆には秘密だが」
それでか!
ライトールさんってララネル公爵領にはほとんど戻らず王都で活動しているという話だったけど、つまりはルディン陛下の影の腹心的な人なんだろう。
ひょっとしたら諜報関係かもしれない。
少なくとも私的な生活エリアに顔パスで入れるくらいには信頼されていると。
考えてみれば「学校」を卒業していくらもたっていないユマさんがアレスト市に司法官という政府高官として赴任していたのも怪しい。
もちろんユマさんが異常なほど優秀だからこそ実現した話なわけだけど、当時のソラージュ政府は帝国の動乱の予兆を嗅ぎ取って対策に追われていたはずだ。
そんな最前線に配置する役人は優秀だけじゃ駄目だ。
何より信頼がものを言う。
つまり、ララネル公爵家ってそもそもそういう役目を背負っているんじゃないのか。
「マコト殿。
ここまで来てなお、わしはまだ目が曇っていたようだ」
ライトールさんがいきなり立ち止まって言った。
「何でしょうか」
「ユマは御身を『静謐なる深淵』と評したが、その本当の意味を判っていなかった。
なるほど。
略術の戦将を御するだけのことはある。
このライトール、畏れ入った」
あの。
何の話なんでしょうか。
いや俺の戯れ言というか、頭の中で適当に作った話は無意味ですから。
ていうか誰にも言うつもりはないですし、今すぐ忘れます。
ということでその。
俺が慌てているとララネル公爵殿下はかすかに笑って言った。
「判っておる。
何より我が娘が主と呼ぶほどの男だからな。
マコト殿。
ユマを、ソラージュを、いや世界をよろしく頼む。
この通りだ」
頭なんか下げないで下さい!




