8.出世?
叙爵?
そういえば帝国から戻ったら伯爵から上げてやるみたいことを言われてたけど、それって「昇爵」だよね。
伯爵の上といったら侯爵か。
あまりにも恐れ多いけど、そんなことを言い出したら伯爵だって身に余る。
いや近衛騎士だって役者不足なんだよ。
でも断れない(泣)。
「ん?
何か疑問でもあるのか?」
聞かれてしまった。
直答を許すとは言われてないけどいいんだよね?
聞かれたんだから。
「身に余る光栄でございますが、理由が分かりません」
「理由か。
ミラスの帝国訪問に随行し、帝国とソラージュの友好に一役買ったということでは不足か?」
駄目でしょう!
その程度で爵位を乱発していたら貴族だらけになるよ!
「今のは一番弱い理由だ。
情報が入っているぞ。
汝は帝国皇族に叙され、帝国皇太子の登極に一役買った。
つまりは次期帝国皇帝の後ろ盾ということになる。
更に帝国内に交易ネットワークを構築し、帝国軍の好意を勝ち取り、帝国皇族からの支持も高い。
それどころか帝国皇帝より皇帝顧問官の立場を提供されたそうだな?」
周りの貴族の人たちがざわっと蠢いた。
知らなかったらしい。
いや、それはその通りですが全部俺のせいじゃなくてですね。
顧問官の件は冗談だと思いますし。
「私はアリヤト陛下をよく知っているが、あの方はそういった冗談を言う性格ではない。
帝国皇帝は真に汝を欲したのであろうよ。
だが御身は即座に断った。
そうだな?」
そうですそうです。
私はソラージュ人ですので。
万が一にも帝国に寝返ったりはしませんから!
だから処刑は勘弁して頂けないかと。
スパイ疑惑も。
「何を言っておる。
汝のその忠誠と献身については賞賛しこそすれ、非難すべき点などないぞ。
汝は他国に奪われるには余りにも惜しい人材、いや我が国の至宝である。
よって今回の叙爵を執り行う。
用意を!」
ルディン陛下の声に、お付きらしい人たちが一斉に動き出した。
ルディン陛下が立ち上がり、箱を捧げ持った侍従だか執事だかの人が進み出る。
俺の後ろからハマオルさんたちの気配が消えた。
見捨てられた?
ていうかみんな何で知ってたの?
俺だけ何も知らないんですけど。
呆然と突っ立っているとルディン陛下が玉座を降りて俺の前に立った。
長身なので見下ろされる。
威厳とカリスマとイケメンが混じり合って凄いんですが。
「何の。
マコトもなかなかのものだ。
成長したな」
ルディン陛下が俺にだけ聞こえる程度の声で囁いた。
いやしてません!
俺はサラリーマンですから。
ルディン陛下は構わずに言った。
「跪け」
はい。
その場で片膝を突いて頭を下げる。
もう何度目かなあ。
こうする度に厄介事に巻き込まれてきたんだよね。
これが俺の運命か。
ルディン陛下が何か言っているけど俺は現実を忘れて宙を漂った。
北聖システムっていい会社だったよな。
福祉厚生もしっかりしていたし、厚生年金や退職金もばっちりだった。
俺はあそこで頑張って定年前には何とか課長くらいにはなり、定年退職後は悠々自適の生活を送るはずだったのに。
恋人なんかとても出来ないだろうから見合いとかでそこそこの嫁さん貰って。
子供は二人で。
一軒家は無理としても郊外のマンションとかなら買えるだろうし。
子供たちは出来れば大学まで行かせてやりたいけど、まあ本人の好きにさせるさ。
いや。
俺の嫁は絶世の美女というか女神だし、娘は超絶可愛い北方種じゃないか!
都心の馬鹿でかい屋敷が俺の家で、その他にも数え切れないくらい不動産があるし、借金も天文学的な額で。
はっと気づくとちょうどルディン陛下の口上が終わるところだった。
「……その献身と忠誠を称え、ここにソラージュ王国国王ルディン・ソラージュが汝に『無地大公』の爵位を授ける。
今後もその知恵と力を、ソラージュおよびすべての国に生きる人々のために使うことを命ずる!」
何ですかソレ?
無地大公?
大公はアレですよね。
確か貴族の称号としての「大公」だったはずだ。
ララエでも名誉大公にされたから理解できますが。
でも無地って?
領地って封建制度における王様から与えられた土地のはずだけど。
「つまり『領地はない』ということだ」
ルディン陛下が不謹慎にもニヤニヤ笑いながら応えた。
「汝を封ずる領地は存在しない。
いや『無地』という領地を与えるというべきかな。
アレスト伯爵からは是非うちの土地を、という申し出があったがかえって害になると判断した。
よって汝は無領地貴族ということになる。
その代わりソラージュ国内のあらゆる領地における自由通行権および使用権を認める。
商売でも交易でも自由だ」
何か凄い立場にされたな。
でも実質的には今までと変わらない……じゃなくて「自由権付き」かよ!
つまり俺はソラージュ国内では領地貴族や王政府の制限を受けないわけか。
これって。
無地って聞いたことがあると思ったら「タイタ○ア」か!
あれは「無地藩王」だったけど、形式的には国王配下の一貴族ながら実質的には「王」だという都合の良い立場だ。
無地大公ってのも似たようなものか。
いやソラージュの大公だから国王陛下の配下ではあるんだろうけど。
呆然としているとルディン陛下が俺の首に肩章を掛けてくれた。
何か凄いでかくて重いメダルだ。
新品みたいでピカピカ光ってますけど?
「喜べ。
汝のために新たに制定・鋳造した肩章だ。
そもそも無地大公などという爵位も今回新設したものだからな。
少なくともソラージュ王国においては空前のものだぞ」
さいですか。
別にそんな手間をかけて頂かなくても俺は全然構わなかったんですが。
「立て」
短い命令に俺は慌てて立ち上がった。
思いついてルディン陛下に対して礼をとる。
「謹んでお受致します」
ルディン陛下が頷いて大きく手を振った。
「皆の者!
ソラージュに誕生した新しき大公に祝福を!」
たちまち沸き起こる拍手。
いいのかなあ。
王様がやれって言っているんだからしょうがないけど。
俺は前後左右に向き直って無言で頭を下げた。
嫌われたくないからね。
ソラージュの貴族制度ではどうなっているのかイマイチ判らないけど大公って事は少なくとも公爵級だ。
俺の脳がそう認識しているということはもっと上かもしれない。
そもそも「大公」ってララエ公国だと最高位の称号だからな。
もともとは王国の王様と同じで公国の大公の意味なんだよ。
でも王国の王様が配下の貴族にその称号を与えるということは違った意味になる。
王様の次に身分が高い、ということだ。
王太子より上かもしれない。
何てことだ。
これ、周りにいる公侯爵の人たちは了解しているのか?
いきなり自分たちの上位身分の貴族が出来てしまったんだぞ?
「気にすることはない」
横から話しかけられて俺は飛び上がった。
何ですか!
「いきなりだったから驚くのも無理はないが。
御身の扱いについては以前から貴族院で検討を重ねてきた。
その結果だ」
ララネル公爵のライトールさんだった。
見るとルディン陛下はもう玉座に戻っている。
そして俺の周りにはそこにいた人たちがわらわらと集まりつつあった。
「ヤジマ大公!」
「おめでとう。
ようやくだな」
「これで安心して挨拶出来る。
何と呼べば良いのか困っておったのじゃぞ?」
「我が領地の利用は自由だ!
早速だが近いうちに会談、いやむしろ訪問して欲しいんだが」
一度に話しかけられても困るんですが!
しかも全員が公侯爵なんだよ!
俺、礼儀的に失礼になってないよね?
「御身は大公なのだぞ。
むしろ我々の方が気を遣う必要がある」
「そうだ。
ヤジマ大公には我等の無礼を大目に見て貰いたい」
どっと笑い声。
どうするんだよ!
ハマオルさんやラウネ嬢を探したけど見つからない。
無理か。
いくら近衛騎士や帝国騎士だって高位貴族の群れに割って入ることなんか出来っこない。
「ちょっと待て。
これではヤジマ大公が破裂するぞ」
「そうだな。
ではここまでということで」
「心配せんでも我等ソラージュ貴族は皆、御身の味方じゃよ。
ソラージュ経済をここまで発展させてくれた英雄を誰が嫌うものか」
「そうだ。
御身は我が国自体を味方につけたものと心得よ」
「救世主ヤジマ大公!
これからもよろしくな」
知りませんよ!




