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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五章 俺はギルドの臨時職員?

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14.分室?

 ハスィー様に断って、アレナさんと一緒にギルドの部屋を出る。

 アレナさんが、出がけに掲示板のような板に何か書き込んでいた。

 うん、個人別の予定表だね。

 うちの会社なんかでは、総合管理ツールでスケジュール管理していたけど、顧客の中小企業あたりだとまだ残っていたな。

 少人数だと、こっちの方が便利なところもあるからね。必ずしも、遅れているというわけではない。

 何と言っても、ランニングコストがかからないというのがいいと、顧客の社長が言っていたっけ。

 こっちで使ってないのは、もちろんITやネットどころか電力すらないからなんだけど。

 一緒にギルドを出て並んで歩いていると、アレンさんが言った。

「今日は分室に寄ってから、ハスィー様との打ち合わせになります。お昼をご一緒させて下さい、とのことです」

「はあ」

 ビジネスランチか。

 なるほど。

 俺には経験ないけど、秘書がいる偉い人はこういう風に動くんだろうな。

 自分のスケジュールを人から教えて貰って、その通りに行動するというか。

 もちろん、ハスィー様あたりだと自分で決めているんだろうけど、俺みたいな中途半端な立場の奴は、誰かに指示されないとどうにもならない。

 まあいいや。

 こっちの方が楽だし。

 何と言っても、もう冒険者装備で長距離遠征しなくていいらしいのがありがたい。

 徒歩だからなあ。

 インドア派には、応えるんだよあれ。

 気がつくと、ギルドからずいぶん離れていた。

 結構歩いているぞ。

 ギルドの上級職でも、歩かされるんだな。

 というより、ハスィー様もアレスト市内ならどこに行くにも歩いていたし。

 やっぱ、産業革命以前の社会って基本は徒歩なんだろうか。

 いや、俺が習った歴史だと、偉い人は馬車なり籠なりで移動していたはずなんだけどな。

 こっちでは違うのだろうか。

 考え込んでいたら、突然アレナさんが立ち止まって言った。

「こちらです」

 空き地だった。

 かなり郊外に出たようだ。

 パラパラと家があるけど、ほとんどは畑だ。

 そんな中に、草ぼうぼうの平らな土地と、しがみつくように粗末な小屋が建っていた。

 いや違うか。

 遠くにあるので見間違えたが、あれは小屋というよりは納屋、いや倉庫のたぐいだ。

 扉なんか、人の背丈の倍はありそうだった。

「ここですか?」

「はい。ここがプロジェクト分室です」

 分室ね。

 むしろ前線基地というか、戦闘部隊の集結地みたいに見えるけど。

「倒産した商会の跡地だったそうです。ギルドの債権として塩漬けになっていたところを、この度プロジェクトで使うことになりました。

 倉庫が残っていましたので、色々と便利だということで」

 アレナさんに従って倉庫に向かうと、数人の人が働いているのが見えた。

 あれはシルさんではないか。

 パーティ『ハヤブサ』のメンバーはいないようだが。

 その他は、知らない人たちだった。

「おう、マコトか」

 相変わらず男前ですね、シルさん。

 冒険者装備がメチャクチャ似合ってますよ。

「お久しぶりです、シルさん」

「昨日会ったばかりだぞ。そっちは気づいてなかったかもしれないが」

 ああ、あの式典に出ていたんですね。

 恥ずかしい姿をお見せしてすみませんでした。

「ここがシルさんの勤務地ですか」

「そうだな。『栄冠の空』組はとりあえずここを根拠地として動くことになりそうだ。

 というより、多分だがマコトもこっちに来ることになるぞ」

 そうなんですか。

 アレナさんが挨拶を交わし、みんなで倉庫に入ると、そこは正しく倉庫だった。

 明かりとりが小さすぎて、薄暗いというよりは真っ暗だ。

 がらんとして何もないのは判るが、広すぎやしないか?

「ここは実験場だからな。フクロオオカミの使役について研究・実践する予定だが、何をするにしても狭かったらどうにもならない。

 サーカスとやらも、広い場所が必要なんだろう?」

 まだ諦めてなかったのか。

 それはそうか。やれるかどうかを検証するのがここの目的だからね。

 とりあえず、やってみないことには始まらないということか。

「そこでだ。マコトに聞きたいんだが、サーカスとやらでは何をするんだ?

 ホトウや上の方からは、漠然としたイメージしか伝わってこないんだよ。連中もよく判ってないんだろうが」

 それはそうでしょうね。

 俺だって、よく判ってないんだから。

「ということは、シルさんがサーカスの件を?」

「そう言われた。ホトウと『ハヤブサ』は実働部隊だからな。渉外をやっていた私が適任だそうだ。

 ああ、キディも私の下について、サーカス担当になるはずだぞ」

 見知った顔がいるのは心強いけど、そんなに精鋭を出してしまって、『栄冠の空』は大丈夫なんだろうか。

「心配するな。これはギルドとの独占契約なんだ。ただそれだけで、計り知れない価値がある」

 渉外の言うことなんだから、そうなんでしょうけど。

「何か、補充が必要な物資はありますか? こちらも混乱していて、チェックが進んでいないんです。

 抜けがあったのではないかと心配なのですが」

 アレナさんの質問に、シルさんは肩を竦めて言った。

「何が足りないのかすら、よく判ってない状態でね。それでも、とりあえずフクロオオカミ用の備品は最優先で頼む。それ以外はこっちで何とかする」

「判りました。請求書はこちらに回して下さい」

 専門的な話になっているようだ。

 ん?

 フクロオオカミって言った?

「ああ、近日中に第一陣が到着予定だ。今、ホトウが迎えに行っている」

「ツォルたちが来るんですか!」

「雇用希望の若いのが数人と、お目付役として長老の一人が来るそうだ。

 だからマコト、来てくれるよな?」

 何てことだ。

 もう、そこまで話が進んでいたのか。

 どうするんだよ、こんなに泥縄式に進めてしまって。

 サーカスをやるって?

 無理だろう、どう考えても。

「何、最初からマコトが知っている完璧なものをやらなくてもいいんだ。実験部隊だからな。その辺りは、フクロオオカミたちも判っている。

 だが、早急にある程度の結果を出せとは言われていてな。

 頼りにしてるぞ次席」

 シルさんは、手を振って離れていった。

 どうしよう。

 ドリトル先生の話がここまででかくなるとは、思ってもみなかったからなあ。

 全部ハッタリです、とか法螺でした、とかもう言えないだろうな。

 いや待てよ。

 実験部隊ということは、何やったっていいわけだ。

 その結果が成功だろうが失敗だろうが、どっちでもいい。

 結果が出ればいいんだからな。

 ちょっと気が楽になってきたな。

 俺の知っているサーカスの話をして、適当にお茶を濁してけばいいか。

 ハスィー様も言っていたじゃないか。俺は相談役で、プロジェクトの責任はないと。

 違ったっけ?

「マコトさん! 来てくれたんですね」

 ネコミミ髪のキディちゃんが駆け寄ってきた。

「どうも。俺も近いうちに、ここの勤務になりそうだって」

「そうですよ。ギルドの部屋にいても、書類仕事ばかりで面白くないです。

 冒険者は、やっぱりフィールドワークしてナンボですよ!」

 ナンボって、こっちにもあるのか。

 いやそうじゃなくて、俺はもう冒険者じゃないから。

 ギルドの特別職員だから。

 それは口には出さずに、キディちゃんについていく。

 倉庫の片隅に仕切られた場所があって、机が並んでいた。

 そこだけは窓が大きくとってあって、事務ができるようになっている。

 それはそうだよな。

 書類仕事が出来ないギルド分室なんか、あるはずがない。

 プロジェクトの仕事なら、尚更だろう。

「ここ、場所的には広く取ってあっていいんですけれど、古くて隙間風が吹くんですよね。今はいいけど、夏とか冬とかは大変そうです。

 何とかならないでしょうか」

 サラリーマンはね、与えられた仕事場で仕事するしかないんだよ。

 そういうのは管理職に言いなさい。

 あ、俺がそうか。

 どうするかなあ。

 稟議書書いて、ハスィー様に上げるか。

 なんか、俺もこっちに来るっぽいし。

 俺は、ふと思い出してシイルへの伝言を『栄冠の空』で伝わるようにキディちゃんに頼んでから、そこを離れた。

 ここにも俺の席、あるんだろうな。

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