14.分室?
ハスィー様に断って、アレナさんと一緒にギルドの部屋を出る。
アレナさんが、出がけに掲示板のような板に何か書き込んでいた。
うん、個人別の予定表だね。
うちの会社なんかでは、総合管理ツールでスケジュール管理していたけど、顧客の中小企業あたりだとまだ残っていたな。
少人数だと、こっちの方が便利なところもあるからね。必ずしも、遅れているというわけではない。
何と言っても、ランニングコストがかからないというのがいいと、顧客の社長が言っていたっけ。
こっちで使ってないのは、もちろんITやネットどころか電力すらないからなんだけど。
一緒にギルドを出て並んで歩いていると、アレンさんが言った。
「今日は分室に寄ってから、ハスィー様との打ち合わせになります。お昼をご一緒させて下さい、とのことです」
「はあ」
ビジネスランチか。
なるほど。
俺には経験ないけど、秘書がいる偉い人はこういう風に動くんだろうな。
自分のスケジュールを人から教えて貰って、その通りに行動するというか。
もちろん、ハスィー様あたりだと自分で決めているんだろうけど、俺みたいな中途半端な立場の奴は、誰かに指示されないとどうにもならない。
まあいいや。
こっちの方が楽だし。
何と言っても、もう冒険者装備で長距離遠征しなくていいらしいのがありがたい。
徒歩だからなあ。
インドア派には、応えるんだよあれ。
気がつくと、ギルドからずいぶん離れていた。
結構歩いているぞ。
ギルドの上級職でも、歩かされるんだな。
というより、ハスィー様もアレスト市内ならどこに行くにも歩いていたし。
やっぱ、産業革命以前の社会って基本は徒歩なんだろうか。
いや、俺が習った歴史だと、偉い人は馬車なり籠なりで移動していたはずなんだけどな。
こっちでは違うのだろうか。
考え込んでいたら、突然アレナさんが立ち止まって言った。
「こちらです」
空き地だった。
かなり郊外に出たようだ。
パラパラと家があるけど、ほとんどは畑だ。
そんな中に、草ぼうぼうの平らな土地と、しがみつくように粗末な小屋が建っていた。
いや違うか。
遠くにあるので見間違えたが、あれは小屋というよりは納屋、いや倉庫のたぐいだ。
扉なんか、人の背丈の倍はありそうだった。
「ここですか?」
「はい。ここがプロジェクト分室です」
分室ね。
むしろ前線基地というか、戦闘部隊の集結地みたいに見えるけど。
「倒産した商会の跡地だったそうです。ギルドの債権として塩漬けになっていたところを、この度プロジェクトで使うことになりました。
倉庫が残っていましたので、色々と便利だということで」
アレナさんに従って倉庫に向かうと、数人の人が働いているのが見えた。
あれはシルさんではないか。
パーティ『ハヤブサ』のメンバーはいないようだが。
その他は、知らない人たちだった。
「おう、マコトか」
相変わらず男前ですね、シルさん。
冒険者装備がメチャクチャ似合ってますよ。
「お久しぶりです、シルさん」
「昨日会ったばかりだぞ。そっちは気づいてなかったかもしれないが」
ああ、あの式典に出ていたんですね。
恥ずかしい姿をお見せしてすみませんでした。
「ここがシルさんの勤務地ですか」
「そうだな。『栄冠の空』組はとりあえずここを根拠地として動くことになりそうだ。
というより、多分だがマコトもこっちに来ることになるぞ」
そうなんですか。
アレナさんが挨拶を交わし、みんなで倉庫に入ると、そこは正しく倉庫だった。
明かりとりが小さすぎて、薄暗いというよりは真っ暗だ。
がらんとして何もないのは判るが、広すぎやしないか?
「ここは実験場だからな。フクロオオカミの使役について研究・実践する予定だが、何をするにしても狭かったらどうにもならない。
サーカスとやらも、広い場所が必要なんだろう?」
まだ諦めてなかったのか。
それはそうか。やれるかどうかを検証するのがここの目的だからね。
とりあえず、やってみないことには始まらないということか。
「そこでだ。マコトに聞きたいんだが、サーカスとやらでは何をするんだ?
ホトウや上の方からは、漠然としたイメージしか伝わってこないんだよ。連中もよく判ってないんだろうが」
それはそうでしょうね。
俺だって、よく判ってないんだから。
「ということは、シルさんがサーカスの件を?」
「そう言われた。ホトウと『ハヤブサ』は実働部隊だからな。渉外をやっていた私が適任だそうだ。
ああ、キディも私の下について、サーカス担当になるはずだぞ」
見知った顔がいるのは心強いけど、そんなに精鋭を出してしまって、『栄冠の空』は大丈夫なんだろうか。
「心配するな。これはギルドとの独占契約なんだ。ただそれだけで、計り知れない価値がある」
渉外の言うことなんだから、そうなんでしょうけど。
「何か、補充が必要な物資はありますか? こちらも混乱していて、チェックが進んでいないんです。
抜けがあったのではないかと心配なのですが」
アレナさんの質問に、シルさんは肩を竦めて言った。
「何が足りないのかすら、よく判ってない状態でね。それでも、とりあえずフクロオオカミ用の備品は最優先で頼む。それ以外はこっちで何とかする」
「判りました。請求書はこちらに回して下さい」
専門的な話になっているようだ。
ん?
フクロオオカミって言った?
「ああ、近日中に第一陣が到着予定だ。今、ホトウが迎えに行っている」
「ツォルたちが来るんですか!」
「雇用希望の若いのが数人と、お目付役として長老の一人が来るそうだ。
だからマコト、来てくれるよな?」
何てことだ。
もう、そこまで話が進んでいたのか。
どうするんだよ、こんなに泥縄式に進めてしまって。
サーカスをやるって?
無理だろう、どう考えても。
「何、最初からマコトが知っている完璧なものをやらなくてもいいんだ。実験部隊だからな。その辺りは、フクロオオカミたちも判っている。
だが、早急にある程度の結果を出せとは言われていてな。
頼りにしてるぞ次席」
シルさんは、手を振って離れていった。
どうしよう。
ドリトル先生の話がここまででかくなるとは、思ってもみなかったからなあ。
全部ハッタリです、とか法螺でした、とかもう言えないだろうな。
いや待てよ。
実験部隊ということは、何やったっていいわけだ。
その結果が成功だろうが失敗だろうが、どっちでもいい。
結果が出ればいいんだからな。
ちょっと気が楽になってきたな。
俺の知っているサーカスの話をして、適当にお茶を濁してけばいいか。
ハスィー様も言っていたじゃないか。俺は相談役で、プロジェクトの責任はないと。
違ったっけ?
「マコトさん! 来てくれたんですね」
ネコミミ髪のキディちゃんが駆け寄ってきた。
「どうも。俺も近いうちに、ここの勤務になりそうだって」
「そうですよ。ギルドの部屋にいても、書類仕事ばかりで面白くないです。
冒険者は、やっぱりフィールドワークしてナンボですよ!」
ナンボって、こっちにもあるのか。
いやそうじゃなくて、俺はもう冒険者じゃないから。
ギルドの特別職員だから。
それは口には出さずに、キディちゃんについていく。
倉庫の片隅に仕切られた場所があって、机が並んでいた。
そこだけは窓が大きくとってあって、事務ができるようになっている。
それはそうだよな。
書類仕事が出来ないギルド分室なんか、あるはずがない。
プロジェクトの仕事なら、尚更だろう。
「ここ、場所的には広く取ってあっていいんですけれど、古くて隙間風が吹くんですよね。今はいいけど、夏とか冬とかは大変そうです。
何とかならないでしょうか」
サラリーマンはね、与えられた仕事場で仕事するしかないんだよ。
そういうのは管理職に言いなさい。
あ、俺がそうか。
どうするかなあ。
稟議書書いて、ハスィー様に上げるか。
なんか、俺もこっちに来るっぽいし。
俺は、ふと思い出してシイルへの伝言を『栄冠の空』で伝わるようにキディちゃんに頼んでから、そこを離れた。
ここにも俺の席、あるんだろうな。




