6.側近?
大歓迎された。
俺がユマさんに言われて船室で儀礼服に着替えている間に入港したらしい。
「アレスト」が桟橋に着くと、ずらっと並んだ儀仗兵の人たちが一斉に抜剣して構える。
ああ、光がキラキラして綺麗だな。
一瞬意識が飛んだけどすぐに持ち直す。
楽隊がブカブカドンドンと国家の演奏を始めたからね。
困るけどしょうがない。
渡り階段が備え付けられ、まずハマオルさん以下の護衛隊が素早く降りて警戒態勢をとった後、俺はユマさんを従えて船を下りた。
「捧げーーっ!
筒!」
先頭の儀仗兵の人が怒鳴り、剣が一斉に振り上げられた。
剣なのに筒か。
でもそう聞こえるんだから仕方がない。
儀礼ってこれで良かったっけ?
まあどうでもいいけど。
俺が地上に降り立つと同時に並んでいる文官らしい人の中から一人の男が進み出た。
グレンさんじゃないか!
ミラス殿下の近習であるグレンさんがどうしてここに?
「ヤジマ伯爵閣下。
ご帰還おめでとうございます」
「「「ご帰還おめでとうございます!!!」」」
めでたいんですか?
「ありがとう」
俺は伯爵でグレンさんは王太子殿下の近習とは言え無爵のはずだからこれでいいはずだ。
グレンさんはニヤッと笑うと礼をとった。
その途端、後ろの方から大歓声が沸き起こった。
何なの?
「ヤジマ商会関連団体の舎員たちでございます」
俺のそばについてくれているユマさんが教えてくれた。
もちろんその他にもラウネ嬢とハマオルさんがいる。
この二人が近接護衛だ。
まあ、これだけ儀仗兵やら近衛兵やらが溢れている中で襲撃もないだろうけど。
「こちらへ」
グレンさんに従って歩く。
「お久しぶりですね」
「は。
ご活躍は毎日のようにお聞きしておりましたが」
グレンさんもよそ行きの口調だな。
こんな衆人環視の中ではしょうがないか。
それにしてもあいかわらずワイルドなイケメンだ。
あれ?
胸ポケットから覗いているのはひょっとして赤いハンカチ?
「近衛騎士になったんですか!」
「ミラスの奴……王太子殿下が無爵では不自由だろうと。
モレルも授爵しました」
それは良かった。
そうだよな。
グレンさんは時としてミラス殿下の名代を務めることもあるくらいの側近中の側近だ。
今まで無爵だった方が変なんだよ。
それ以上は口を利くことなく、俺たちは馬車に辿り着いた。
巨大なので俺の馬車かと思ったら違った。
ソラージュ王政府がヤジマ馬車製造から購入した馬車のうちの一台だという事だった。
もう使われているのか。
確かに乗り心地に加えて安全面でも普通の馬車と全然違うからな。
「どうぞ」
ユマさんとラウネ嬢を伴って乗り込む。
ハマオルさんは御者席らしい。
最後にグレンさんが乗り込んできてドアが閉まった。
その間にも楽隊がブカブカドンドンと演奏し続けていたけど。
儀仗兵の指揮官が「戻せーーっ! 筒」と叫ぶのが聞こえた。
やっぱ「筒」に聞こえる。
今まで捧げ続けていたのか。
大変だな。
窓から外を見ていると、まず遙か遠くの護衛馬車が動き出した。
野生動物らしい姿もちらほら見える。
既に護衛隊に組み込まれているらしい。
続いて馬車の周囲を護衛要員らしい人たちが囲み、その外側に狼騎士隊が配置された。
これから戦争でもするのかと思えるような警護体制で、俺って何様?
「マコトさんはソラージュでこそ伯爵ですが、ララエでは名誉大公ですし、帝国では皇太子の後ろ盾にして帝国皇子です。
ソラージュとしてはそれなりの待遇を持って迎える必要があるわけです」
グレンさんが簡単に説明してくれたけど変じゃないの?
俺が出かける時は単なるミラス殿下の随員というだけだったし。
でもあの時だってララエの名誉大公ではあったからね。
そんな待遇、全然なかったんだけど。
「帝国との関係です。
ララエの名誉大公位は単なる名誉爵位であって、身分的にはともかく政治的にはそれほど重要な要素ではありませんでしたからね。
マコトさんはあくまでソラージュの伯爵であって、それ以外の実質的な身分はなかったと言っていいでしょう。
でも帝国皇族は違います。
実際に帝国においてだけでなく、ソラージュの宮廷でも通用する最高位のご身分なんですよ。
ある意味、国王陛下はともかくミラスと同等もしくはそれ以上の身分ということになります。
王太子はむしろ役職ですので」
そうなんですか。
知らなかった。
思わずユマさんを見たけど澄まして微笑むだけだ。
人が悪いな。
「するとこれは」
「外国から帰国した伯爵ではなく、外国の最高位身分を方をお迎えする礼儀ですね。
もっともマコトさんは今回正式な招待というわけではありませんので簡略化はされていますが」
グレンさんがてきぱきと説明してくれた。
どうもこの人、その説明役としてここにいるらしい。
ていうか気になる事を言いましたね?
「お迎え」って何?
グレンさんはちょっと気まずそうに視線を逸らせた。
「これから真っ直ぐ宮廷に向かいます。
国王陛下に謁見した後、夕食会が予定されています」
何だってーっ!
俺は少しでも早く屋敷に帰りたいんですが?
嫁と娘も待っているだろうし。
「ハスィーは了解済みです」
ユマさんが無情に口を挟んだ。
「国家の一大事ということで了承して貰いました」
何が「国家の一大事」だよ!
俺は嫁に会う権利もないのか!
と思ったけど黙った。
俺も大概染まってきたなあ。
伯爵である以上、国王陛下の命令は絶対だ。
俺はソラージュ株式会社の社員だからな。
社長であるルディン陛下が、出張から戻ったらすぐに報告に来いと言うのなら従うしかない。
ついでに夕食も食っていけというのは職権乱用臭いけど、それにも逆らえない。
いいですよ。
でも飯食ったらすぐにヤジマ屋敷に帰りますからね?
「もちろんです。
そこら辺は陛下も理解していらっしゃいます。
傾国姫の怒りには触れたくないのは皆同じですので」
グレンさんもちょっと身震いした。
相変わらず畏れられているなハスィー。
スウォークと同じくらい神聖不可侵な印象があるらしい。
違いと言えば、僧正様が崇敬されているのに対して嫁は畏怖されているということだ。
いや、俺も変だとは思うけどマジで嫁って怖いようなんだよ。
オバケとかの怖さじゃなくて、グランドキャニオンとかナイアガラの滝の前に立った時みたいな気持ちになるらしい。
俺にはちょっと女神的な絶世の美女にしか見えないんだけどね。
「それがマコトさんです」
ユマさんが嬉しそうに言った。
「ハスィーと対等に向き合えるどころかむしろ従わせることが出来るマコトさんは、やはり違います。
我が主」
またそれか。
「確かに。
あの傾国姫を下に置くことが出来る人間がいるとは信じられませんでした」
グレンさんが小さく身震いした。
グレンさんほどの人でもそうなのか。
でもユマさんやラナエ嬢は普通に付き合っていたような?
「ラナエは判りませんが、私は心を隠しているだけですね」
そうだった。
ユマさんも異能だった。
するとラナエ嬢は何なんだろう。
まあいいか。
俺は気を取り直して言った。
「これからの予定は謁見の後夕食ですか?
陛下とだけで?」
「いえ。
ミラスなども参加するはずです」
グレンさんの口調が歯切れ悪い。
何かあるのか。
「私が聞いた所ではごく内輪の私的な集まりということです。
帝国のお話を直接お聞きされたいのではないかと」
その「ごく内輪」ってソラージュ王家のこと?
やだなあ。
ユマさんサポートしてくれますよね?
「残念ながら無理です。
私やモレルどころか陛下の側近も不参加だと聞いています」
グレンさんが切った。
くそっ。
礼儀は大丈夫なのか。
身分的に言って俺より下どころか同等の人もいそうにないからな。
つまり一番下っ端が伯爵だ。
どーするんだよ!
「大丈夫です。
マコトさんはマコトさんです」
「そうですね。
ある意味最強のご身分かと」
ユマさんもグレンさんも無責任な!
「ヤジマ皇子殿下が臆する方などおられません。
初代皇帝陛下の再来であらせられるのでございますから」
ずっと黙っていたラウネ嬢がいきなり参戦した。
いやそれ、関係ないから。
ここはソラージュだから。
「失礼いたしました。
随伴騎士にあるまじき口出しを」
私的な場なので別にいいんですが。
「そういえばずっと気になっていたんですが、この方はマコトさんの?」
グレンさんが真顔で聞いてきた。
そういえば紹介してなかったっけ。
いや違うから。
愛人とかじゃないから。
「こちらは帝国騎士で俺の随伴騎士を務めてくれているラウネ・ハルロナ殿。
こちらはミラス王太子殿下の側近のグレン・ルワード近衛騎士だ」
「グレンです」
「ラウネでございます。
ヤジマ皇子殿下にお仕えさせて頂いております」
これで何とか。
でもグレンさん。
その目つきは何?




