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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五部 第二章 俺が無地大公?

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3.ヤジマ航空警備?

 歓喜というか感動の余り呆然自失状態のエスタ少佐(さん)が船室に運ばれた後、俺とユマさんは鯨公演を堪能しながら会食を再開した。

「エスタ殿には悪い事をしました」

 ユマさんが珍しく後悔するような事を言った。

「ああなることは充分予測出来たはずですのに。

 せめて事前にお知らせしておくべきでした」

「それじゃサプライズにならないから仕方がないよ。

 まあ、鯨合唱(これ)は判っていたとしても感動ものだけど」

 実際、こうやって聞いていても凄いものだ。

 食事の味も判らなくなりそうなんだよ。

 それどころか目を開けているのに油断すると連れていかれそうになる。

 今、(くみいん)さんたちは南の海を遊泳中だ。

 どピーカンな青空に真っ白な雲が。

 塩気を含んだ少し湿った風がなぜか心地いい。

「マコトさん」

「いや大丈夫だから」

 聴覚だけではここまでいかないと思うから、多分魔素翻訳的に圧倒されているんだろうな。

 そもそも魔素翻訳は脳に届いた情報を頭の中で再現するものだ。

 圧倒的な鯨の(おと)が視覚や感覚情報まで塗り替えてしまっているらしい。

「報告によれば、セルリユではディナーだけではなく日中でも湾内の鯨合唱付き遊覧航海(クルーズ)が増えているそうです」

 ユマさんが上品に食べながら言った。

「というと?」

「適当な船に乗客を詰め込んで沖に出て鯨の歌を聴かせるとのことです。

 お昼時なら簡単な食事や飲み物が出ます。

 庶民にも手が出せる程度の料金に抑えた所、何ヶ月も予約待ちの状態とのことで」

「それはそうだろうなあ」

 食事付きディナーショーじゃなくてミニシアターでの演劇鑑賞(ドリンク付き)というところか。

 鯨の人もあまりたくさんは動員しないで済むだろうし。

 (くじらのむれ)は大儲けか?

「それがそうでもありません」

 ユマさんが少し悪い笑顔を見せた。

「鯨の方々の大半はそれなりに歌えますからね。

 しかも皆さん歌いたがっておられる。

 歌手の供給過多で出演料が暴落しているそうで」

 そういえば(くみちょう)の人も出演料が安いとか言っていたからな。

 アニソン歌手が多すぎて稼げないようなものか。

 そもそも無料でも歌いたい(ひと)が多いらしいのだ。

 でも買いたたいているのはヤジマ芸能なんじゃ。

 なるほど。

 だから鯨の皆さんは自営の劇場を作りたがっているんだろうね。

 出演料はともかく、歌いたい鯨が多すぎてなかなか出番が回ってこないんだろう。

 それを解決するには指名で呼ばれるくらい歌が上手くなるか、あるいは出演場所を増やすしかない。

 それで若手の鯨は歌を練習していると。

 もっとも人間に鯨の歌の善し悪しなんかまだ判らないだろうし、この世界はプロとアマチュアの差がほとんどないから、金を貯めて自前の劇場を作るという方向に向かっているのか。

 やっぱ仕掛け人がいるような気がする。

「私ではありませんよ」

 ユマさんが慌てて手を振った。

「私はこのところマコトさんの懐刀として忙しかったので。

 そもそも私はヤジマ商会の個々の事業には関わっておりません」

「判っています。

 ありがとうございます」

 ユマさんの弟子だか後継者モドキだかの人たちが(うごめ)いているのかもしれない。

 物凄いことになっているのは判っていたけど、実際に体験してみると声も出ないよね。

 一介のサラリーマンとしては圧倒されるばかりだ。

「マコトさんはそのすべての所有者(オーナー)なのですが」

 ユマさんがブツブツ言っているけど無視。

 とにかく俺には関係ない話ですから。

 鯨の歌は、俺たちが食い終わって食後のお茶を飲んでいる頃に終わった。

 俺とユマさんは立ち上がって舷側に寄って拍手した。

 俺たちだけじゃなくて「アレスト」全体や周りにいる護衛船からも拍手が起こったからみんな聴いていたんだろうな。

 船の操舵は大丈夫なのか?

「そこは船員(プロ)ですので」

 俺が悩むことはないか。

 何とかいう鯨の(むれ)(おやぶん)らしい巨大な身体が寄ってきたので賞賛の言葉を伝える。

 実際凄かったし。

 ララエ公国で聴いて以来だけど、今回は個人公演(プライベートショー)だからな。

 感動もひとしおだ。

 いい機会なので聞いてみる。

「楽しませて貰いました。

 あの歌って(くじら)さんの体験ですか?」

 何とかいう親分(くみちょう)さんはブオッと潮を吹いてから答えた。

「わしらの歌はほとんどが自分の体験じゃからの。

 それを組み合わせることもあるんじゃが、基本的には実際に経験した事じゃ」

 なるほど。

「南の海ってああいう風なのですか」

「ま、海は色々な顔を持っちょるからのう。

 いい顔を見せる事もあれば(わしら)でも辟易するほど荒れることもある。

 そういう時は潜ってやり過ごすからあまりよく知らんが」

 そうらしいね。

 鯨って種類によっては千メートルくらい潜れるそうだ。

 そこまで行ったらもう海上がどんなに荒れていようが関係ないだろう。

「だから(わしら)は色々な所を回遊して経験値を上げるんじゃ。

 体験が増えれば増えるほど歌にバリエーションが出るからの」

 鯨の回遊にそんな意味が?

 これって俺の地球(ふるさと)でも一緒なのか?

 まあいいか。

「すると若手の(くじら)が沖に出ているというのも」

「理由は色々あるんじゃが、その一つは歌じゃな」

 若手の声優が色々な映画やアニメを見て経験値を蓄積するようなものか。

 そこまで歌に入れ込んでいるのか鯨の人たち。

 しかも鯨類は今や人間に歌を聞かせるという娯楽を知ってしまった。

 これって一人とか仲間内でカラオケやっていたら大量の知らない人たちから是非俺たちに聞かせてくれと言われたようなもんじゃない?

 しかも出演料までくれるという。

 それどころか専用のカラオケボックス、いやステージまで用意してくれると。

 ハマッたな鯨の人たち。

 その舞台で歌いたいがために警備(バイト)に励む組員(くじら)って何と言うか。

 演劇人の末路は種族を選ばないな。

 忘れよう。

 とにかく俺は鯨の人たちを賞賛し倒して食事を終えた。

 ユマさんと一緒に船室に戻る途中、船員の皆さんから何度もお礼を言われた。

 鯨公演は海運業者にも大人気だそうだ。

 でもしょっちゅう海に出ていてあまり港にいない船員さんたちはなかなか鯨公演を聴けない。

 しかも航海中や仕事中に鯨公演を聴くとつい我を忘れてしまう傾向があり、基本的には聴取を禁止されているという。

「今回、ヤジマ伯爵閣下がお乗りになるということで食事ごとの鯨公演が予定されております!」

「我々も航行に必要な者をローテーションで決めて聴衆に加わることが出来ますので」

「ヤジマ伯爵閣下、ありがとうございます!」

 さいですか。

 良かったですね。

 とにかく人間社会で鯨公演がトレンド化しているのは確かなようだ。

 そういえばミラス殿下やフレアさんも俺と同じようにして帰国したはずだよね。

 やっぱ食事ごとに鯨の歌を聴いていたのか。

 フレアさんの胎教に影響したかも。

 もっとも鯨の皆さんは歌手としてではなく護衛艦隊として同行しているわけで、歌はあくまで余技だ。

 護衛として雇った傭兵が揃って劇場で歌えるクラスの歌手だったみたいなものか。

 でもヤジマ海上警備の護衛艦隊を雇うには金がかかるから、普通の交易船には同行しないんだろうな。

 大型の客船はサービスとして鯨を呼べるかも。

 ずっとついてくるんじゃなくて、港ごとにサービス要員を揃えたりして。

「それは面白いアイデアでございます。

 私からヤジマ芸能に通しておきますので」

 ハマオルさんが言ってくれた。

 俺は知らないのでよろしく。

 翌朝、俺が朝練の真似事の為に甲板に出るとちょうどヤジマ警備の人たちが朝礼している最中だった。

 護衛艦隊の本隊はヤジマ海上警備の護衛船だけど「アレスト」にも分隊が乗っているらしい。

 海兵隊みたいなものか。

 整列している中に数羽の巨大な鳥がいて、それぞれ携帯用の止まり木の上で朝礼に参加していた。

「注意点は以上だ!

 解散!」

 隊長らしい人が怒鳴り、隊員たちが散る。

 隊長さんは鳥の人たちと何か話していたが、俺が見ているのに気づくと敬礼した。

「ヤジマ伯爵閣下!

 お早うございます」

「すみません。

 お邪魔でしたか?」

「いえ!

 待機中です」

 俺の後ろに控えていたハマオルさんがちょっと前に出て紹介してくれた。

「こちらはヤジマ海上警備『アレスト』臨時分隊のシリマでございます。

 本船上の警備を担当しております」

 紹介されたシリマさんが気をつけの姿勢でまた敬礼した。

 なるほど。

 間接的にだけどハマオルさんの部下なんだよね。

 直属ではないにしてもシリマさんにとってハマオルさんは雲の上の人か。

 そしてハマオルさんは鳥の人たちを手で指して言った。

「そしてこちらが『ヤジマ航空警備(エアガード)』から出向しているリアヤ殿とロナ殿でございます。

 今回は上空哨戒と緊急時の通信使として参加して貰っております」

 何と。

 正規舎員の(トリ)なのか!

 「ヤジマ航空警備(エアガード)」って初耳だけどその目的は明らかだ。

 むしろ准軍事組織臭いな。

 警備というよりは部隊?

 鳥の人たちが鳴いた。

「ロナです」

「リアヤでございます!

 『野生動物の王』にお目にかかれて光栄でございます!」

 鳥なのに?

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