1.マニア?
ヤジマ海上警備「アレスト」護送任務部隊の指揮官は中年の男性だった。
何とかと名乗ったけど忘れた。
イケメンだったし。
別にいいんだけど。
指揮官の人はハマオルさんや「アレスト」の船長さんといくつか打ち合わせた後、見事な敬礼をしてから去って行った。
ご苦労様です。
「これで一安心です」
「アレスト」の船長さんが言った。
何て言ったっけ(汗)?
『ツワナ殿でございます』
いつもの通りハマオルさんの遠当ての声が耳元で囁く。
ありがとうございます!
「ツワナ船長はあの人とお知り合いで?」
親しげだったので聞いてみた。
「昔の同僚でございます。
同時期に海運会舎を解雇されてからは連絡が取れなくなっておりましたが、ヤジマ海上警備が護衛担当の船員を募集していることを知って推薦しました」
なるほど。
それは恩に着るよね。
「ツワナさんのお知り合いなら安心ですね」
「私の事はともかく、スラルトは優秀で誠実な男でございます。
鯨や海豚の方々ともすぐに打ち解けて上手くやっておるようで安心しました」
スラルトさんというのかあのイケメンは。
多分すぐに忘れるけどいいか。
「それでは」
ツワナさんが敬礼して去ると、それを見計らったように巨大な鯨が近づいてきた。
舷側に寄って迎える。
「おお!
マコトの兄貴!」
向こうは知っているらしいけど、俺には判らん。
鯨の人ってみんな同じように見えるし、そもそも長は大抵男だからな。
聞いても覚えられないんだよ。
「失礼ですが?」
「わしはヨアサじゃ!
この組の組長をやっておる!」
ヨアサさんですか。
「ご苦労様です!」
「何の。
仕事じゃけえの」
「ヨアサさんの組が私の護衛を?」
「そうじゃ!
といっても全体の4分の1くらいじゃの。
女子供衆は訓練を兼ねて外洋を回っとるし、残りの男衆は鯨公演の順番待ちしとる」
さいですか。
色々やっているらしい。
海上警備だけじゃないんだね。
ていうかむしろ歌う方に重点を置いているのでは。
「鯨公演もやっていらっしゃると?」
「おお。
じゃがあれは出演料が安いでの。
あればかりやっとったら金が貯まらん」
何と。
鯨さんたちがお金を貯めてどうしようと?
「そりゃ使い道はいくらでもあるわな。
美味いモンを食いたいし、子供らにいい教育を受けさせてやりたいしの。
何よりわしらの組の実力を底上げせんとならん。
他の組れもがんばっちょるけん、油断はできんと」
組織抗争のためですか!
「もっともそんなことは後回しじゃ。
わしら共通の目標があるでな」
「というと?」
「新しい劇場を作るでの。
鯨公演専用の海洋劇場を主要な港町に配置して、わしらの組の共同本拠地にする計画じゃ。
おかげで人が多い地方の海岸の土地が値上がりして大変じゃて」
何てこった。
いつの間にか鯨も貨幣経済に取り込まれている!
ジェイルくんたちが焚きつけたのかもしれない。
世の中は金ですよと。
そうやって鯨や海豚の皆さんを取り込んでいったのだろう。
ヤジマ商会恐るべし。
「それじゃの。
マコトの兄貴は組が守るで安心してつかぁさい」
何と言ったっけ鯨の長さんは去って行った。
脱力して立ち尽くす俺。
どうしよう。
もはや取り返しがつかない所まで来てしまっているのでは。
「……素晴らしい!
ヤジマ皇子殿下!
私は御身を崇拝、いえ帰依致します!」
俺の傍らでは片膝を突いたエスタ少佐が叫んでいた。
こっちはこっちで手遅れという気もする。
「『野生動物の王』!
この目で拝見させて頂くまでは半信半疑でしたが、噂は真実でございました!
御身こそ世界を統べる方!
妾はどこまでも御身に従って参りとうございます!」
やっぱ駄目だ。
イッてしまっている。
俺はしどろもどろで言い訳してその場を逃れた。
後でユマさんに何とかして貰おう。
船室に逃げ込んで塞いでいるとユマさんが来て報告してくれた。
「エスタ少佐のご希望はすぐにでもヤジマ海上警備に就職したいと。
見習いで良いそうです」
「帝国海軍の士官が勝手にそんなことしたら駄目なんじゃ?」
「そうですね。
待遇については別途交渉するということで、とりあえず現在の任務を完了するまでは退役を思いとどまって頂きました」
良かった。
現役の士官が任務放棄ってヤバすぎる。
俺が何かしたみたいじゃないか。
「じゃあ少なくともこの航海が終わるまでは大丈夫か」
「それは確約して貰いました。
違反したらヤジマ海上警備の採用はなしだと言い含めておきましたので」
良かった。
オウルさんといい、どうも帝国の軍人さんたちって過激過ぎる人が多いのでは。
それにしてもエスタ少佐が海洋生物ヲタクだったとは。
人は見かけによらないもんだね。
出来るだけ近寄らないようにしよう。
俺はそれからなるべく船室に閉じこもって過ごした。
だけどやることがないからすぐに飽きるんだよね。
朝練を忘れていたことを思い出して腕立て伏せとか腹筋やってみたけどすぐに終わってしまった。
ランチも鯨公演付きだったけどエスタ少佐は何とか耐えた。
むしろ恍惚としていたけど。
夕方になってエスタ少佐がいないことを確かめてから甲板に出てみた。
通りがかった船員さんに聞くと、エスタ少佐は海軍の護衛船に行っているそうだ。
航行している最中に船を移れるの?
「危険なので普通はお断りしておりますが、帝国海軍では緊急事態用にそういった訓練を行っているとのことで。
速度を落とした状態でボートを降ろしました」
エスタ少佐も無茶するなあ。
それほどの緊急事態だったのか。
心配になってユマさんを呼んで貰ったら肩を竦められた。
「あれはエスタ少佐殿の我が儘というか職権乱用です。
万一の場合、救助のためにヤジマ海上警備の海豚が人を乗せたボートを曳航することになっているのですが。
それを聞きつけたエスタ少佐殿がどうしても体験してみたいと。
帝国海軍の任務に必要だと主張されたら逆らえず」
何だよそれ。
自分の趣味丸出しなのでは。
「帝国海軍とは今後も協力していく必要がありますので許可しましたが」
「が?」
「同行した船員の話では鼻血を出して驚喜していたそうです。
海に飛び込みかけたのをやっとの事で止めたとか」
ユマさんは苦笑していたが、俺はぞっとした。
万一それでエスタ少佐が死んだりしたらヤバいのでは。
事故死だと言い張っても帝国海軍との間に痼りが残りそうだ。
「あらかじめ念書を頂いていますので」
あれか。
死んでも文句は言いませんという奴か。
ユマさんが冗談のつもりで言ったらエスタ少佐は何の躊躇いもなく頷いたらしい。
自分の趣味に命賭けているな。
もう駄目だ。
あの人を採用するしかなさそうだ。
「お心のままに」
まあ、確かに有能なのは間違いなさそうだからいいか。
俺としても海豚や海洋生物側に立って動いてくれる人は少しでも確保しておきたいしね。
さっきの鯨さんの話だと、もはや海洋生物の人間社会進出は避けられないみたいだからな。
近いうちに自分たちの会舎を作って劇場を経営するようになるに違いない。
当然、ギルドに参加して評議員も出すことになるんだろうなあ。
俺、知らない振りをしていいよね?




