24.無敵艦隊?
帝国海軍の水兵さんたちが張り切ってオールを漕ぐせいか、旅は順調に進んだ。
海軍軍人の皆さんは「アレスト」に随行している輸送船に乗り組んでいて、一定期間ごとに交代しているらしかった。
それはそうだよ。
オール漕ぎなんかそんなに長く続けられるもんじゃない。
奴隷じゃないんだし、お礼の意味を込めて随行している船団の食事はヤジマ商会が引き受けることにした。
ていうかユマさんがそう手配していたんだけど。
その経費はヤジマ商会が持つと言われたので、俺は個人的にボートでオールを漕いだ人たちに対してちょっと高級なデザートをつけるように手配した。
俺の個人経費で。
反応は劇的だった。
ボート要員が交代して輸送船に戻った途端、こっちまで聞こえるほどの歓声が聞こえてきたからね。
すぐに「万歳!」とか「ヤジマ皇子殿下!」とかの声が混じり、すぐにそれ一色になったので頼んで止めて貰った。
いかに河上とはいえ迷惑でしょう!
「あの者どもの心からの叫びでございます。
お気になさらず」
エスタ少佐が言ってくれたけど、やっぱ限度があるよ。
俺、なんか人気取りのために賄賂をばらまいているみたいで。
「良いではございませんか。
他の者どもはそういった発想すらございません。
帝国軍は帝国の根幹を支える組織でございます。
その者どもが蔑ろにされている現状には私も常から不満を抱いております」
エスタ少佐。
現役の海軍士官がそれを言っては駄目でしょう。
反逆を企んでいると思われても仕方がないぞ。
「結構でございます。
そうになれば退役して私もヤジマ警備に……いえ、何でもございません」
何かヤバいこと企んでいるような。
俺は何も聞こえませんでしたので。
ユマさんが苦笑していたけど何も言わなかった。
夜の航行は危険ということで禁止されているため、日が落ちる前に俺たちは大型船の停泊用に用意された係留場に船を繋いで上陸した。
食事は野外で摂るらしく、松明が燃えさかるキャンプ場みたいな広場に案内される。
ヤジマ食堂のスタッフが先回りしていたようで既に宴会が始まっていた。
バーベキューだった。
あいかわらず水兵さんたちの「万歳!」が響く中、俺はそそくさと食事を済ませて「アレスト」に逃げ帰った。
何か押し寄せて来そうな予感がしたもので。
皆さん楽しんで下さい。
翌日は早朝から係留場を離れて河を下る。
朝食は昨夜の残り物だったけど文句を言う人はいなかった。
水兵さんたちにとっては残り物でも物凄い贅沢なんだそうだ。
ボートの中や輸送船から時々思い出したように「万歳!」が響くところを見ると本当なんだろう。
まあいいけど。
そういうわけで旅は順調に捗り、3日後の夕方には河口に着いた。
大部分の水兵さんたちはここでお役御免ということで、離れていても判るくらいの嘆きの雰囲気が感じられた。
というのは帝国海軍の護衛船がこのまま「アレスト」に随行してソラージュに向かうからだ。
その間の食事は特別にヤジマ食堂のスタッフが指導することになっているとか。
ここでボート漕ぎの水兵さん達と護衛の任に就く船の乗組員との間で不和が生じた。
妬みや嫉みの感情が俺にも判るくらい渦巻いていてぞっとする。
俺以外の人は魔素翻訳で観ているはずで、どんな風に見えているんだろう。
「暴動寸前でございますね」
エスタ少佐、怖いこと言わないで下さい!
俺のせいで帝国海軍の歴史に汚点を残してはまずい。
俺は急遽、これまで「アレスト」を曳航してくれた水兵さん達全員を招待して大宴会を開くことにした。
具体的には港町の酒場だか飯屋だかを何軒か借り切って飲み食い放題をやったんだよ。
経費は俺持ちで。
酒も大量に用意した。
下士官以上の人たちにはもっと高級なレストランを予約してディナーを奢った後、ちょっとしたお土産を持たせた。
そうやって皆さんが騒いでいるうちに「アレスト」や帝国海軍の護衛艦の出港準備を整えたわけだ。
水兵さん達が酔いつぶれて寝ているうちに逃げる必要があった。
エスタ少佐の話では、水兵さん達も俺が目の前からいなくなってしまえば落ち着きを取り戻すだろうということだった。
おっかないなあ。
もちろん俺が全部計画したわけじゃなくて、希望を言ったらユマさんがやってくれたんだけど。
とにかく大事に至らないで良かった。
帝国海軍の騒ぎとは別に、俺が来ているのを知った港町の領主というか市長さんというか立場の人が何か歓迎会みたいなことをやりたいと言ってきたので丁寧に断る。
ユマさんが会って話したら一発で了解して貰えた。
「何を言ったの?」
「今後展開予定のヤジマ交易のネットワーク拠点の設営についてでございます」
なるほど。
そりゃ黙るよね。
俺の存在が商人や領民に知れたら大事になりかねないので、「アレスト」は早朝に出港した。
俺は朝練なしで船室に閉じこもっていたけど、朝食だと言われて甲板に出てみたら既にお迎えが来ていた。
前方の海面を遊弋する黒い巨大な生物の群れ。
中型の帆船も数隻見える。
「あれが?」
「ヤジマ海上警備の護衛艦隊です。
私も詳しいことはよく知らないのでございますが、一個戦隊ごとに鯨および海豚の群れとそれをサポートする輸送船、および空中警戒担当の航空部隊で構成されていると聞いています」
何と。
自衛隊で言ったらヘリ空母にイージス護衛艦がついているようなものか。
それだけで凄い戦力という気がする。
「当然でございます。
現時点では世界最強の任務部隊と言えます」
いつの間にか隣に立っていたエスタ少佐が言った。
興奮しているみたいで頬が紅潮している。
「そうなんですか?」
「実際に戦ったことはございませんが、鯨を敵に回したらどんな船にも勝ち目はないかと。
船底に体当たりされただけでも沈没する恐れがございます。
槍が命中する確率はほとんどゼロでしょうし、弓矢や銛なども効くようには思えませんので」
海軍士官がそういうんならそうなんだろうけど。
なるほど。
また忘れていたけど、こっちの世界は江戸時代だったっけ。
実用的な大砲や鉄砲の類いはまだない。
石弩か、せいぜいカタパルトを使った大型の銛くらいか。
動力装置がない上に船の船体は木造だ。
しかもあまり大きくない。
構造上、巨大化には限度があるんだよ。
帆走性能はお話にならないし、地球でやっている鯨漁なんか出来るはずがない。
いや、地球ではそんな時代でも捕鯨船があったはずなんだけどね。
帆船で出かけて鯨を見つけると手こぎボートで肉薄して銛を打ち込むという。
でもそれは地球での話だ。
こっちの世界だと鯨にも人間並の知性があるんだよ。
手こぎボートに追い回されるような情けない鯨は多分存在しない。
鯨の人たちはどいつもこいつも白鯨だと思って間違いないだろう。
しかも高度に組織化されているからね。
鯨の群れって暴力団というよりは戦車に乗った暴走族みたいなものだから、怒らせたら多分船ごと沈められる。
野生の鯨でもそうなんだから、ヤジマ海上警備と戦りあったら大変だ。
人間のサポートもあるし、空中警戒で早期に発見されるから、例えば夜中に海中から忍び寄られて突然体当たりされでもしたら全滅だろう。
「その通りでございます。
ヤジマ海上警備の戦力は想定通りでございました」
エスタ少佐、何かマジで興奮してない?
「失礼致しました。
あまりにも自分が予想した通り、いえそれ以上でしたもので」
「予想通り?」
「帝国軍情報局からの依頼で失礼ながらヤジマ商会の海上戦力分析を担当させて頂きました。
私は任務でセルリユに出張してヤジマ芸能の鯨公演を拝見させて頂く機会がございましたもので」
そうなのか。
エスタ少佐って参謀将校なのか。
総監部所属と言っていたからそうなのかも。
なるほどなあ。
鯨たちの公演を見ていれば予想はつくよね。
あれほどの芸術を作り出せる種族が愚かなはずがない。
それが艦隊を組んだとなれば無敵だろう。
少なくとも人間が動力機関と鋼鉄の船を作り出すまでは海は鯨のものだ。
「いえ。
そういうことではなくてですね」
エスタ少佐の口調があやふやになった。
「違うんですか?」
「その。
私はセルリユで特別に海洋施設を訪問する機会を頂きまして。
海豚公演の後、ケトリ殿と名乗られた海豚と親しくお話する栄誉を得る事が出来ました」
ああ、オランダリ通商のサラサさんとつるんでいた海豚の人か。
あの海豚たちが中心になって海豚施設だったか何だったかを立ち上げたんだよね。
まだいたのか。
「素晴らしい機会でございました!
私は子供の頃から海豚を始めとした海洋生物の方々に憧れておりまして、それが講じて海軍に入隊したようなものでございます」
そうなんですか。
意外。
ガチガチの出世主義者に見えたけど。
「その海豚の方々が組織した艦隊でございます!
人間の船など相手になるものではございません!」
海洋生物ヲタクかよ!




