22.出港?
大群衆が港を取り巻いていた。
俺たちは護衛の人たちやフクロオオカミの圧力で何とか進み、ようやく「アレスト」が係留されている場所まで辿り着く。
やっぱ何か言わないと駄目?
「駄目でしょうね。
もちろんマコトさんは自由ですので」
判りましたよ。
俺は十数人に囲まれながら「アレスト」に乗り込み、舷側に立ってしばらく喋った。
最初から最後まで歓声で自分が言っていることすらよく聞こえなかったけど。
どっちみち魔素翻訳の有効範囲から外れているので、群衆の人たちには俺の言葉は理解不能だったはずだ。
でもいいのだ。
こういうのは礼儀だから。
最後に一礼して大きく手を振ると歓声が爆発して拍手が起こった。
手が疲れてきたけど拍手と歓声が止まない。
もういいよね?
「お疲れ様でした」
まったくだよ!
船室の俺の部屋に逃げ込んでへたっていると、しばらくして船が動き出した。
ちょっと揺れてからすーっと足元が流れるような感覚がある。
河なのでそんなに揺れない。
やれやれ。
ドアがノックされてハマオルさんの声がした。
「主殿。
出港いたしました。
何か御用がおありでしたら」
「特にないです」
「お心のままに」
ほっといてくれるようだ。
ハマオルさんにはもう気心が知られまくりだからな。
そっとして欲しい時はそうしてくれる。
まあ、馬車に美少女が増えると逃げてしまうんだけど。
またノックの音がした。
「よろしいでしょうか?」
ラウネ嬢か。
俺の随伴騎士だから当然ついて来てくれるんだよね。
ナレムさんもカールさんが帝国皇子にされてからかなり長い間随伴騎士をやっていたと聞いている。
ソラージュだけじゃなくて、一緒にローニタニアにまでついて行ったくらいだ。
つまりラウネ嬢は俺がどこに行っても同行するわけか。
「どうぞ」
「失礼致します」
ラウネ嬢が入って来た。
いつもの帝国騎士の制服姿だ。
ラウネ嬢は俺が依頼しない限りこの姿を崩さない。
仕事にプライドがあるんだろうな。
ちなみに随伴騎士がついていたらまずいような状況では頼めば貴族令嬢や町娘の姿にすらなってくれる。
そこら辺の技能は随伴騎士の標準なんだそうだ。
大したものだ。
「何か?」
「今のうちにご確認しておきたいのですが、ソラージュにおける私の処遇はいかが致しましょうか」
よく判らん。
ずっと俺についていてくれるのでは?
「基本的にはそうなのでございますが、例えばカル皇子殿下の随伴騎士であったナレム殿の例もございます。
殿下の命令があれば敢えて距離を置くことも随伴騎士の役目でございますので」
そうか。
カールさんの場合、帝国皇子にされた時には既にソラージュのギルド評議員だったわけだ。
そんな立場の人が一目で帝国騎士と判る人を連れ歩いていたらヤバいだろう。
だから遠ざけたと。
聞いてみた。
「ナレムさんはどうしたんでしょうか」
「カル皇子殿下より、近くにいてくれるのは構わないが服装と態度を改めるように命令されたとのことでございます。
ナレム殿はそれを受けて、カル様付きの『手の者』に扮したと聞きました」
それは無理があるよね。
ナレムさんほどの人を「手の者」みたいな小物と見間違える人はあまりいないだろう。
どう見ても「手の者」に扮した誰かとしか思われまい。
「その通りでございます。
違和感を指摘され、試行錯誤の結果『執事』という立場に落ち着いたと」
それでナレムさんはカールさんの執事になったわけか。
本来の任務から言えばむしろ護衛なんだよね。
でもナレムさんは楽々こなしているからいいんだろうな。
なるほど。
ラウネ嬢が俺についてくるとしたら確かに帝国騎士姿ではまずい。
俺が帝国に与したみたいに思われるかもしれないし。
それ以上に帝国騎士を連れ歩くソラージュの伯爵って何だよ。
無理。
「あー。
悪いけど帝国騎士姿はちょっと困る。
何か俺についていても不自然じゃない格好をして貰えますか」
「お心のままに」
ラウネ嬢は微笑んだ。
ほっとしている?
離れろとか言われかねないと思っていたのかも。
そんなことはしませんよ。
美少女はいくらいても邪魔にはなりませんので。
ちなみに愛人だとかその他の誤解はまずないと思う。
だって俺ってこれまでにも山のように美少女を連れ歩いていたからね。
中には愛人疑惑が濃い人たちもいたけど、俺は嫁に判って貰えればそれでいいのだ。
むしろそう思わせておいた方が便利な場合もあるし。
「失礼致します」
ラウネ嬢が片膝を突こうとしたので俺は言った。
「ここはソラージュなので俺を伯爵として扱って下さい。
少なくとも態度は」
領土的には帝国だけど、ソラージュの船なので礼儀はソラージュ風でお願いします。
俺もその方が楽だし。
「承知致しました」
ラウネ嬢はすぐに起礼に切り替えて頭を下げてから出て行った。
この切り替えの速さ。
しかも臨機応変。
この美少女いや帝国騎士もただ者じゃ無いよなあ。
まあ、俺についてくれる人ってただ者であった試しがないんだけど。
しばらくぼーっとしていたら落ち着いてきたので甲板に出てみた。
ナーダム中心部を貫く河は結構幅が広い。
といっても両岸が見えないほどではなく、俺が何とか泳いでいける程度の距離だ。
交通量もかなり多く貨物船らしい船が行き交っている。
でもみんな引き船に引かれているような。
やっぱこの程度の川幅で帆走はきついのかもなあ。
操船を誤ったらすぐに岸や他の船とかに衝突しそうだし。
それ以上にこんな所で風まかせというのは怖すぎる。
「ナーダム近郊では引き船が義務付けられております」
隣からいきなり声がかかった。
驚いて見ると、いかにも上流階級風のご令嬢が立っていた。
ふんわりとしたドレス姿で幅広の帽子を被っているために顔がよく見えない。
近世ヨーロッパの貴族令嬢を描いた絵画に出て来そうな出で立ちだ。
まさか。
「ラウネさん?」
「はい。
いきなりお声がけしてしまって申し訳ございません」
ラウネ嬢は帽子のつばを持ち上げて微笑んでくれた。
「驚いたよ。
それが変装ですか?」
「というよりは私の本来の装いでございます。
いえ帝国騎士に就任しなかったらそうなっていたであろう姿でございますが」
やっぱ出自は貴族階級だったのか。
いや、むしろ裕福な商人一族の出か?
「ハルロナ家の身分は平民ですが、帝都に店を構える交易商の一族でございます。
私は現当主の孫娘に当たります」
「そうなんですか。
大商人なんでしょうね」
「それほどでもございませんが、例えば当主の代理の者がナーダム興業舎のヤジマ帝国皇子殿下をお訪ね出来る程度には大きな商売でございますね」
すると俺が挨拶した人の中にラウネ嬢の親戚がいたのか。
全然覚えがないけど。
「ラウネさん、そんな様子は全然見せなかったけど」
「帝国騎士である私とは関係がないことでございますので。
家の者も任務中の帝国騎士を頼るほど無粋ではございません」
うーん。
まあ、そうなんだろうけど。
日本とかとは違うのか。
役所に務めている親戚のコネで動いたりはしないらしい。
バレたら何かの法律に触れそうだしね。
「ところで何かお知りになりたいことが?」
ラウネ嬢が言った。
やっぱ判るか。
交易商の一族なら知っているかも。
聞いてみた。
「この河を航行する船って自走しちゃ駄目なんでしょうか」
ラウネ嬢はちらっと河を見て頷く。
「はい。
大型船は自走を禁止されております。
風向きによっては帆船の操艦が難しい事もございますので。
引き船事業はこの河の主要な産業でございますね」
確かに「アレスト」も数隻の大型ボートに引かれていた。
ボートにはぎっしり人が乗っていて、一定のリズムでオールを漕いでいる。
動力機械がないからこういうのはみんな人力なんだよね。
大変だな。
地球だとガレー船の漕ぎ手って奴隷だったんじゃなかったっけ。
いや軍船だと戦闘要員を兼ねるから自由民になっていったはずだけど。
こっちでは犯罪者とか?
「それもありますが、お給金がとても良いので志願者が大勢いるそうでございます。
数時間も漕げば一日分の給金が出るとか」
ラウネ嬢もあまりよく知らないらしい。
交易商一族の出とは言ってもまったく違う仕事をしているからね。
まあいいけど。
「でも本船は特別でございますね」
ラウネ嬢が気になる事を言った。
「何が?」
「あの引き船、すべて帝国軍のものでございます。
漕ぎ手は全員軍人と思われます」
そこまでかよ!




