20.土産?
てっきり馬車で帰るのかと思っていたんだけど、ある日ユマさんに告げられた。
「ナーダム港に『アレスト』が入港しました。
点検と物資搬入を済ませればすぐに出港できます」
「アレスト」か!
ええと何と言ったかの船長さんが指揮するヤジマ商会の持ち船、というよりは俺の御用船だったっけ。
ララエからあれに乗ってソラージュに戻ったんだよね。
なるほど。
帝国の場合も帰りは船旅になると。
「それはいいね。
かなり早く帰れるんじゃない?」
「日程が3分の1程度に短縮される予定でございます。
我が主」
それは嬉しい。
ユマさんが去ると俺はポケットからかなりヨレた手紙を取り出した。
嫁からの最新版の手紙なんだけど、常に持ち歩いているために損耗が激しい。
もう暗記している内容を読み返す。
嫁のお腹はかなり大きくなっているそうで、もうほとんど屋敷から出ないらしい。
社交も断って悠々自適(違)な毎日だとか。
でも予定日まではまだかなりあるので、俺は子供が生まれる前にソラージュに戻れそうだ。
今度は是非とも出産に立ち会わせて貰う。
ララエでは古い風習とかで男は立ち入り禁止だったからな。
ソラージュにはそんな風習がないことは確認済みだ。
よし。
希望が出て来たぞ。
娘は既に立ったどころか二本足で走り回っているそうで、成長の早さにみんな驚いているとか。
でもすぐにコケるので常に犬猫の護衛が並走して支えているらしい。
過保護じゃない?
まあ、健康なのは何よりだ。
母子ともに元気すぎてあいかわらず抱き枕を抱き潰し続けているらしく、セルリユ興業舎は抱き枕の本格的な量産体制に入ったと書いてあった。
セルリユどころかソラージュ全土で抱き枕ブームが起きているらしい。
嫁の影響力って凄いね。
最後に寂しいけどお仕事頑張って下さいね、と書いてあった。
すぐに帰るからと返事を書こうとしたんだけど、よく考えたら手紙より俺の方が早く着きそうだ。
かといって不意打ちで戻るのもね。
「業務連絡でハスィーに伝わるように手配しますので」
ロロニア嬢が言ってくれたので、俺はよろしくとお願いした。
さて。
忘れていたけど、嫁と娘に何かお土産がいるんじゃないのか。
嫁なら俺が無事で戻っただけで充分と言ってくれそうだけど、甘えてはイカン。
でも土産って何を贈ればいいのか。
帝国の土産なんだから特産品がいいんだろうけど。
こういう些事を忙しいユマさんやロロニア嬢に相談するのは気が引ける。
ハマオルさんやラウネ嬢は帝国出身だけど武闘派だから止めた方がいいだろうな。
紋章院長やシルさんは論外。
カールさんも違う。
ということで間違いなく帝国に詳しいはずの元帝国軍情報局長に相談する。
「お土産でございますか」
「出来れば帝国名産のものとかが良いので」
「奥方様はご懐妊中でございますね?
お嬢様はまだ幼いと」
レイリさんは唸った。
無理か。
確かに妊婦や幼児にめったなものは渡せないからな。
食い物や飲み物は避けた方がいいだろうし。
かといってそれ以外に何か適当なものがあるかどうか。
少なくとも俺には思いつけん。
「……ところで、奥方様は装飾品などは好まれますか?」
レイリさんが聞いてきた。
いや?
嫁は指輪やネックレスのたぐいは身につけなかったような。
理由は簡単で、何を纏っても本人の輝きに打ち消されてしまうからだ。
正直、嫁に目の前に立たれると嫁自身以外への関心が失せてしまう。
服を着ていることくらいは判るけど、どんな服なのかすら後になっても思い出せない。
何も着てない姿も俺は見ているんだけど、正直あまり違いが判らないくらいだ。
いや別に人間に見えないというわけじゃないんだけどね。
でもそれは俺だけらしくて、他の人に言わせるとどう考えても女神としか思えないそうだ。
あまりにも畏れ多くて話しかけることすら不敬なようにしか感じられないとか。
例外はユマさんやラナエ嬢のような本人自身も化物じみている人たちだけで、そういう人たち相手に着飾ってもしょうがないからね。
そう伝えるとレイリさんは頷いた。
「ということは装飾品はあまりお持ちではないということでございますね?
好都合でございます」
レイリさんが言うには宝飾品は着飾るためだけのものではないと。
例えば結婚指輪だけど、これは夫婦が同じ物を身につける事でお互いの絆の確認になる。
お揃いの宝飾品は持っているだけで結びつきを強化してくれるそうだ。
帝国には高品質な宝石を産出する鉱山があるし、それらを加工装飾する産業も発達しているので名産品と言ってもいいらしい。
「お嬢様もご両親とお揃いの宝飾品を貰えればお慶びになられると愚考致します」
「それはそうですね。
判りました。
ありがとうございます」
それで話を打ち切ったつもりだったんだけどレイリさんは言葉を重ねてきた。
「失礼でございますが出港まであまり余裕がないのでは」
「そうですね。
急いで探さないと」
ナーダムにも高級宝石店街みたいな場所はあるだろう。
すぐに探しに行くか。
「いけません。
こういった物は特注でなければ。
しかも御身は帝国皇子殿下。
贈るお相手は皇子妃殿下と嫡子殿ではございませんか」
「それはそうかもしれませんが、今からでは特注している暇はないでしょう」
「ご安心下さい」
レイリさんが笑った。
「情報局、いえ帝国政府の総力を挙げて逸品の製作を手配させて頂きます」
もちろんマコトさんのご意見を全面的に採用致しますよ、と言われて俺は缶詰にされた。
俺だけじゃなくて嫁や娘を知っている人たちが狩り集められ、帝国情報局仕込みの尋問で情報を吸い出される。
曰く嫁はどういったものを好むのか。
娘は。
本人たちの背格好から髪や瞳の色、姿勢に至るまで根掘り葉掘り聞き出された。
帝国軍情報局って怖い。
捕まったら秘密なんか守れそうにないな。
その後は俺だけ残されて希望を確認された。
土産は宝飾品に決まったものの、どんなものにするかは俺が決めないといけないそうだ。
「実際に見て選んじゃ駄目なんでしょうか」
「ヤジマ皇子殿下の注文でございますよ?
出来合の物品では失礼に当たります。
もちろん新しく製作しなければなりません」
そうか。
そうだった。
こっちの世界では量産品がない事もあって、ちょっと高級品になると全部特注になってしまうんだよね。
そこまでいかなくても、例えば俺がアレスト市のギルド臨時職員として雇われた時もオーダーメイドのギルド制服を渡された。
ある程度以上の身分の者は間違っても中古品を購入したりしてはいけないのだ。
もっとも骨董品なんかはいいらしいけど。
「でも今から作っていたら間に合わないんじゃありませんか?」
そう、俺はもうすぐ帝国を離れるのだ。
今から図面引いて宝飾品を作っている暇なんかないような。
「ご安心下さい。
マコトさんが出った後、ヤジマ航空便でお届けします」
ロロニア嬢がそっけなく言った。
そういう手があったか!
ていうか手回しいいね?
俺が心配する必要はないか。
「では手配いたしますが、お任せ頂けますか?」
「よろしくお願いします」
丸投げした。
だって俺には宝飾品の良し悪しなんか判らないし。
素人があれこれ口出ししたら職人さんもやりにくかろう。
「費用は俺の個人口座から出しといて下さい」
「お心のままに」
これ言っておかないと誰かにプレゼントされそうだからね。
俺はまだヤジマ商会の会長だから、取り入ろうとする人が押し込んでくる可能性がある。
まあ、レイリさんが許さないだろうけど。
ではよろしく、と終わらせかけて気がついた。
嫁と娘だけでいいのか?
ジェイルくんやラナエ嬢、そして俺の留守中に本国で頑張ってくれていた人たちに何かお礼をするべきかも。
ロロニア嬢に相談すると、忙しいはずのナーダム興業舎支配人は頷いてくれた。
「クルト男爵やラナエなどの主要な幹部には個別に土産を贈るべきかと。
それ以外の者たちには部署ごとに帝国の産物などを配れば良いでしょう」
「判った。
任せていい?」
「お心のままに」
貴族って簡単でいいよね。
帝国だと皇族なんだけど。
でもヤジマ商会はソラージュの会舎なので、仲間内だと俺の身分は伯爵なんだよ。
なぜかというと皇族身分なら儀礼上、俺と面と向かう時には片膝を突かなければならないからだ。
いちいちそんなことやってられないだろう。
貴族なら伯爵と言えども礼をとるだけでいいからな。
いや、それだって本来の俺からすると異様に高い身分なんだが。
「そんなことはございません!
マコトさんこそ至高の存在!」
オウルさん、悪いけど暑苦しいから!




