18.希望?
判って貰えていないようなので口を酸っぱくして説明した。
俺は別に宗教を始めるわけでも教祖になりたいわけでもないこと。
そもそも俺を拝むような人とはカカワリアイになりたくないこと。
そうじゃなくて、俺はヤジマ商会会長としてではなく動きたいということなど。
レイリさんは黙って聞いてくれたが、やっぱりよく判らないらしかった。
そもそもこっちの世界には宗教の概念がないとは言わないまでも薄いんだよね。
絶対神とか神話体系みたいな概念もあるらしいけど、子供向けの童話の題材くらいにしか思われていない。
勇者やドラゴンと似たような認識なんだよ。
そういうものに一番近いのが僧正たちの「大地の恵み教団」なんだけど、信仰の対象というよりは「頼りになる人」みたいなイメージだ。
何かあった時に相談する相手という。
しかも、それで解決するかどうかは判らない。
絶対帰依しているわけじゃないんだよね。
出来る事と出来ない事がはっきりしているそうだ。
これは魔素翻訳の力が大きい。
地球だと、例えば教会の神父さんが言ったから正しいという展開になったりするんだけど、こっちの世界では教団の偉い人が言ったからといって盲目的に信じるなんてことはしない。
偉い人がそう思い込んでいるだけかもしれないからだ。
大衆の扇動が難しい社会なんだよ。
その代わり、例えば共産主義のような革命的な理論ならあっという間に浸透する可能性がある。
それ自体に矛盾がない体系なら欺瞞の入り込む余地がないから。
もちろん現実とぶつかって負けることもあるんだけど、現実に不満があったり絶望していた時なんかの場合、そっちに逃げてしまう人もいるんだよね。
これは地球いや日本でも同じだ。
もっともそれは根本的な解決策ではないし、広がる過程で周囲と摩擦を生むのでいずれは壊滅する。
でも消えるまでに夥しい犠牲者が出るかもしれないんだよなあ。
「大地の恵み」教団が過激な方法をとらないのもそれを恐れているからだ。
宗教って権威だから、実を言えば絶対王制の王国や帝国なんかとは相性が悪い。
政権側が上手く利用しようとしても、宗教がしばしば力をつけすぎて国ごと乗っ取ったりするからな。
だから僧正様たちは政府と対立することを慎重に避けていて、世俗の権威どころか宗教的な影響力すら自ら削いでいるくらいだ。
前にハマオルさんに聞いたことがあるんだけど、教団の正式な信徒って驚くほど少ないそうだ。
ハマオルさんは正規の教団員なので色々と伝手があるけど、大抵の人は教団と関係がない。
信者じゃないんだよ。
でも礼拝というか相談は自由だ。
日本人が信者でもないのに近くの神社に初詣に行ったりお寺に賽銭を上げたりするようなものだ。
それだけ庶民の生活に溶け込んでいるとも言える。
貴族や王族はまた別で、実は裏で教団と色々関係があるらしいんだけど俺はよく知らない。
わざわざそんなことを知らなくても僧正様の方から押しかけてくるしね。
まあいいか。
結局レイリさんには判って貰えず、俺はナーダム興業舎に戻ってユマさんに相談した。
オウルさんの準備はまだ出来てないらしい。
それはともかく人払いして貰った上でとりあえずユマさんだけに俺の希望を伝える。
「ヤジマ商会と俺を切り離したいんです。
今のままではリスクが大きすぎます」
本音というよりは建前だけど、間違ってない。
俺がコケたら皆コケたというような状況が危なくないはずがないでしょう。
ユマさんは真面目な表情で頷いた。
「マコトさんのご懸念は理解できます。
ヤジマ商会は大きくなりすぎました。
マコトさんが自由に動かせる組織ではなくなってしまっていますから、確かに問題ですね」
いや、それは問題の本質ではないような気がしますが。
「判りました。
検討させて頂きます」
「よろしく。
あと、作りたい組織があるんだけど」
NPOについて持ち出すと、さすがのユマさんも首を傾げた。
「利益を出さない組織ですか。
それでいて事業を行うと。
大地の恵み教団のようなものですか?」
やっぱりそう思うよなあ。
でも違うのだ。
俺は裏から人類を支配するようなことはしたくない。
もっと自由にやりたいだけなんだよ。
「……なるほど。
理解できたと思います。
判りました。
素案を作ってお持ちしますので、しばらくお待ち下さい」
何かユマさん、いきなり張り切ってない?
俺の説明に何かそういうような部分ってあっただろうか。
誤解している臭いんだけど、何をどう誤解しているのか判らない。
まあいいか。
計画案を持ってきてくれるまで待とう。
俺は油断していた。
魔素翻訳では必ずしも口に出して言った言葉だけで説明を解釈されるとは限らない。
むしろ感情や思考の方向性が伝わるんだよ。
そしてユマさんは俺の心の深淵を覗き込むことを躊躇わない。
つまり、俺がNPOを作りたいとか言っている言葉尻ではなくて、俺が心で描いている希望をそのまま受け取ることが出来てしまうのだ。
だからユマさんが突然「ヤジマ商会の今後の方針」というテーマで説明会を開きたいと言ってきても、別に不思議に思わず許可してしまった。
素案じゃなかったの? と聞いたらそこまでも行かず、むしろ漠然とした方向性みたいなものだと返されたんだけど。
「マコトさんのお望みを実現するための方法論のようなものです」
「みんなに説明する必要はあるの?」
「私が解釈したマコトさんのご希望を皆さんに検討して欲しいのです。
あまりにも革命的な概念ですので」
この時点で怪しいと気づくべきだった。
「革命的」だよ?
ユマさんがそう言うからには世界を革命するようなものなのだとなぜ気づかなかったのか。
とにかく許可してしまったからにはしょうがない。
みんなの予定が変更されて、全員が集まれる日にナーダム興業舎で会議が行われた。
参加者は現時点で帝国にいるヤジマ商会関係の幹部全員だ。
俺やユマさん、ロロニア嬢とシルさんやカールさんは当然出席する。
忙しいオウルさんとフレスカ大尉も来てくれた。
ていうかオウルさんに予定を打診したら全部ひっくり返して時間を作ってくれたんだけど。
ハマオルさんやラウネ嬢、シイルも参加している。
幹部じゃないけど俺に近い人だからだそうだ。
あとは新参の幹部としてレイリさん。
この人も何気に凄いよね。
お茶が配膳され、ドアが閉められて人払いされるとユマさんが言った。
「皆さんお忙しいところを集まって頂き、ありがとうございます。
それぞれ重要な案件を抱えておられる所を恐縮ですが、これからお話する事はヤジマ商会およびマコトさんの将来に大きく関係する事ですので」
誰も何も言わない。
「現時点ではまだ輪郭だけです。
ですがこれは最高機密とお考え下さい。
言うまでもございませんが、ここで話された事は口に出すのはもちろん考えることすら避けて頂きたく」
それは難しいのでは。
でもみんなは真剣に頷いていた。
オウルさんなんか目をキラキラさせていたりして。
好きそうだもんな、こういうの。
「……よろしいですね?
実は先日、マコトさんよりご希望がありました。
ヤジマ商会と距離を置いて、新しい組織を率いたいとのことでございました」
いや、俺はそんなこと言ってないような気がする。
「それは、マコトがヤジマ商会を辞めるということか?」
シルさんが言った。
落ち着いているな。
「そう言っても良いかと。
確かにマコトさんがヤジマ商会の会長職におられるメリットはさほどありません。
現在ではむしろデメリットが大きくなっています」
「それはそうだ。
ヤジマ商会は既にマコトの経営を離れているのは本当だからな」
いや、そもそも俺がヤジマ商会を経営したことって一度もなかった気がする。
案山子として突っ立っていた覚えはあるけど。
あるいは客寄せパンダとして踊っていた記憶が。
「ですがヤジマ商会はマコトさんの会舎です。
というよりは、マコトさんの力で持っている企業と言っても過言ではないかと。
マコトさんがヤジマ商会を離れれば崩壊が始まりかねません」
意外にもロロニア嬢が言った。
でもこれ、ヤラセ臭いな。
議事進行のため?
「必ずしもそうとは限りません。
要はマコトさんがヤジマ商会を配下においたまま、自由になれば良いわけです。
そしてその方法はあります」
「なるほど。
判りましたぞ!」
オウルさんが高ぶった声で叫んだ。
「ついにマコトさんの世界制覇が始まるのですね?」
違うよ!




