17.宗教?
着くまでに3日かかった。
これでも帝都に一番近い跡地なのだそうだ。
何とか領のど田舎ということで、町が山裾に広がっている。
というよりは「いた」。
「現在は放棄されておりまして、誰も住んでおりません。
住民は別の土地に移住致しました」
レイリさんが説明してくれた。
一見したところ緩やかな土手が続いているだけみたいだったが、この辺りは川沿いの住宅地だったのだそうだ。
もちろん現代日本と違って住宅地と言っても建売住宅が並んでいるわけではなく、大半が粗末な石造りの平屋だったそうだけど、完全に埋まってしまっている。
「どんな状況だったんですか?」
「魔王は山の中腹に顕現し、突然大量の土砂が押し寄せてきたそうです。
住民は避難する間もなく飲み込まれました」
土石流という奴か。
「顕現したのは明け方だったそうで、押しつぶされた家に住んでいたほとんどの人が犠牲になったと」
「いきなり発生したと?
予兆とかはなかったんですか?」
レイリさんは頭を振った。
「かすかな気配はあったとのことでございますが、何十年も続いてきたことなので気にする者はいなかったようでございます」
なるほど。
多分、ギリギリの所でバランスを保っていた所に小さな地震でもあったんだろうな。
あとは大雨でも降ったか。
「よくご存じでございますね」
レイリさんが目を見張った。
「おっしゃる通り、長雨が続いてようやく明けた直後の出来事であったそうでございます」
条件が揃ってしまったと。
危ないことは予測できたはずだから回避は出来たと思うんだけどね。
でも難しい。
人間って「危ないかもしれない」だけではなかなか動けないんだよ。
日本でもよくあるけど、例えば台風とかが近づいてきたので避難警報が出たとする。
それでも大抵の人は動かない。
動き出すのはマジで危なくなったり、あるいは手遅れになってからなんだよ。
人間は最悪の事態になるまで脅威を認めたがらないからね。
もっとも俺に言わせればナンセンスだ。
そもそも避難警報が出るような土地に住んでいる事自体が危ない。
だって何かあったら家が無くなるんだよ?
命は助かっても財産が失われる。
たかが台風が来たくらいでだ。
そんな場所からは引っ越すべきだと思うんだけど、そうもいかないんだろうなあ。
お金の問題もあるし仕事もある。
それ以上に「自分は大丈夫だ」という根拠のない自信が移動を妨げるみたいなんだよね。
まあ、現実問題として必要も無い(ように思える)のに新しい土地に引っ越すってなかなか出来ないもんだよ。
だけどそのために財産どころか命すら失ってしまったら何にもならないじゃないか。
レイリさんは何も言わなかった。
「それは強者の論理だ」とか反論されても仕方がないと思ったんだけど。
実際にもそうなのだ。
自由に動ける人の方が実は少ない。
大抵の人は、できる限りの努力をしてやっとその場所に留まっているんだよ。
不思議の国のアリスじゃないけど「その場に留まるためには全力で走り続けなければならない」という。
「私ごときが何か言う必要はございませんね。
マコトさんはすべてお判りでございます」
レイリさんが静かに言った。
全部は判ってないけどね。
判っている事だけは判っていると思う。
うん。
何とか出来ないまでも、しようとしないわけにはいかないか。
「ありがとう。
レイリさん」
「もったいないお言葉でございます。
マコトさんは私などが横やりを入れなくてもすべて理解しておられたはずですよ」
哲学的な話は駄目なので打ち切る。
魔王ね。
異世界物らしくなってきたじゃないか。
テンプレ過ぎるけど。
問題はこの世界の魔王はとても倒せるような存在じゃないことと、勇者にチートが全然ないことだな。
まあ、例えチートがあったってどうにもならないだろうけど。
軽小説の魔王って最近はおちゃらけていたり幼女だったり実は勇者だったりするけど、本来は超自然的な存在で人間などにはどうにも出来ないものだったんだよ。
魔物とか魔人じゃなくて神様に近いものだったんだ。
だから倒すというよりは封印するとか眠りについて貰うとかいう対応がメインだったはずだ。
実際の所はそれすら無理だろうけど。
地震を封印するってどうやるんだよ?
無理だ。
いや、発想を変えれば?
馬車に戻っても俺は考え続けた。
そして諦めた。
俺なんかに判るわけがないのだ。
こういう時のために、俺には超優秀な相談役がついているじゃないか。
それも大量に。
「帰りましょう」
「お心のままに」
こういう時、俺はいつも誰かに投げてきたんだよ。
それで上手くいってしまうんだから、悩むことはないのだ。
サラリーマンが自分の手に負えない仕事を押しつけられた時の心得だ。
出来る奴に回せばいいのだ。
それでもやれとかいう上司は駄目だから、そんな会社は辞めてしまえばいい。
いや、俺は辞められないけど。
自分がオーナーだから(泣)。
まあ、オーナーを辞めようと思ったら出来ないことはないかもしれない。
ヤジマ商会を誰かに買って貰えばいいのだ。
問題はそんなことができる人って多分いない事だ。
しかも、もしいたとしても駄目だろうな。
ヤジマ商会は俺がオーナーだからもっているとジェイルくんたちに言われているから。
万一俺が辞めたり死んだりしたら、ただそれだけでヤジマ商会は潰れるそうだ。
何でそんなことになるのかよく判らないけど、ユマさんもそう言っていたからそうなんだろうな。
てことは、今のままでは俺は動けない。
つまり詰んでいる。
だから、何かしようとするのならまずヤジママコトとヤジマ商会を切り離すことから始めた方がいいんじゃないのか。
魔王とかそういうのはその後だ。
うん。
何となく方向性が見えてきた気がする。
実際問題として、俺がヤジマ商会の会長である必要ってもう全然ないよね。
決裁権を含めたすべての経営権限はジェイルくんに投げてあるし、俺がいなくてもヤジマ商会の経営には何の問題もない。
こういう時はアメリカの富豪経営者に習えばいいんじゃないだろうか。
マイク○ソフトの創始者とかフェイ○ブックのオーナーとか。
新聞に載っていたけど、○イツ氏はMS社の社長を降りると自分の財産を財団に寄付してその財団の理事長か何かに納まったそうだ。
そうすることで財産の管理みたいな面倒くさい仕事から解放される上、実質的に自分の財産を自由に動かせるようになるわけで。
税金なんかについても色々優遇措置が受けられると聞いたことがある。
いや、それは地球の話だけど。
でもこっちの世界もあまり違いがないと思う。
非営利団体という概念が存在するかどうか怪しいものだけど、似たような発想は必ずあるはずだ。
ないと困る。
帰りの馬車の中でレイリさんに聞いてみたけどよく知らないらしかった。
「『非営利団体』でございますか。
どのような活動を行うのでしょうか」
「市民活動というか社会活動というか」
言ってる最中に気がついた。
こっちの世界ってまだ「市民」という概念がないのでは?
「『市民』……は存在しませんね。
主権を有する庶民、でございますか。
言葉自体が自己矛盾しているような」
魔素翻訳で理解しようとするとそうなるか。
江戸時代なんだよなあ。
民主主義なんかカケラもない。
ていうか「迷い人」のせいで共産主義だけは早期導入されてしまっているけど、あの方法論だと主権を持つのは市民じゃないからな。
「党員」だ。
まあいい。
「何というか、会舎みたいな組織で営利を求めない団体のことなんだけど」
「営利を求めない。
役所でございますか」
駄目か。
ボランティアの概念も怪しいからな。
いや。
こっちの世界にも似たようなものがあるじゃないか。
「大地の恵み」教団。
あれって非営利で活動しているはずだよね?
お布施はとっているらしいし、裏では高級レストランを経営したりしているようだけど。
「なるほど。
教団でございますか。
つまりヤジマ皇子殿下は自らを教祖とする新しい宗教をお始めになると」
素晴らしいことでございます、とラウネ嬢が割り込んできた。
「今現在でも既に多数の信奉者がおられます。
殿下の絵姿を拝んでいる者もいると聞いたことがございます。
その計画は上手くいくと存じます!」
違うってば!




