16.縁故?
魔王自体ではなく、その痕跡を観に行くということらしかった。
それはそうだよ。
魔王と言ったって単なる自然災害なんだから。
つまり被災地跡を視察するわけか。
日本でも時々政府の偉い人が地震や台風が襲った直後の場所に行って長靴履いて歩いていたりするけど、そんなものらしい。
俺がそんなことをして何になるのかと思ったんだけど、別にやることもないので行ってみることにした。
帝国でも魔王は時々発生するそうだ。
地球の場合、地震が起こりやすい場所とそうでない場所があるらしいね。
日本なんか世界でも有数の地震大国で、マグネチュード9とかいう世界崩壊レベルの地震まで起きたくらいだ。
何かで読んだけど、逆にアメリカのマンハッタンなんかは土地自体が一つの岩盤なので地震は起こらないらしい。
カリフォルニアなどは結構揺れるそうだけど。
というように、こっちでも魔王が顕現しやすい場所とそうじゃない場所があるということだった。
「帝国はそれでもマシな方でございます。
ソラージュ以北では頻繁に顕現している土地もあります」
レイリさんが説明してくれた。
日本は複数の地殻プレートがぶつかり合う火山地帯だから地震が多くて当然だったけど、こっちの土地も同じなのかもしれない。
ていうか、一続きの陸地なんだから北方や南方も無関係ということはない。
まあ、日本にも火山が集中していたり活断層が通っていたりといったヤバい土地がある一方、北海道みたいにあまり地震が起こらない場所もあるわけで、全部が全部地震地帯とは限らないからな。
ちなみに帝国軍情報局は自分でも情報を集めるけど帝国政府の他の部局との情報交換も行っているそうだ。
帝国、いやひょっとしたら他国でも発生した事象が帝国軍に関係してこないとも限らないからだ。
直接的な関係はなくとも、例えば魔王が顕現して被害が出れば、その救援や後片付けに帝国軍が動員されることは大いにあり得る。
帝国軍は国内随一の機動力と人手を併せ持つ組織だからね。
自分の手足を持たない他の部局は、何かあるとすぐに帝国軍に押しつけてくる嫌いがあるということだった。
「それが帝国軍のお役目ではありますが。
あまり愉快な気持ちにはなれませんね」
レイリさんが苦笑したけど、オウルさんも似たような事を言っていたっけ。
帝国軍は自治省の御用聞きじゃないとか。
「突然そういった要件を押しつけられるのを防ぐためにも帝国軍情報局はあらゆる部門から情報を収集しています」
「他の部局は情報を隠したりしないんですか」
日本とかだと省庁間の確執とかで色々ありそうだけど。
「帝国軍に情報を隠すことで自分の部署の対応が後回しになったりするのは本末転倒でございますので。
大抵の部局は素直に提出して下さいます」
そうなのか。
だからレイリさんが皇太子の重鎮に混ざれるほどの「力」を持っていたんだろうな。
他の情報機関では無理だ。
自前の戦力を持つ帝国軍だからこそ出来る芸当だったと。
でもレイリさん、辞めたんですよね?
「ご安心を。
後を引き継いだのは私の子飼いの配下ですし、皇太子の命令もありますのでヤジマ商会に全面協力することになっております」
パネェ。
こりゃレイリさんがいきなり部長待遇になるわけだわ。
ヤジマ商会は帝国の情報機関を丸ごと手中に収めたらしい。
どこまで行くんだよユマさん。
俺、さすがについていけないよ。
「うふふ」
駄目だった。
もう好きにして。
「そんなことにならないよう、ご視察に参りましょう」
俺はレイリさんに引き吊られるようにして視察とやらに向かわされた。
ユマさんが何も言わなかったということは規定の方針なんだろうな。
別にいいですけど。
俺のお供はハマオルさんとラウネ嬢だけだが、もちろんレイリさんもくっついてきた。
それ以外には狼騎士隊を含む一個中隊の護衛隊が同行するそうだ。
もう何も隠さなくなってしまった。
ヤジマ皇子と言えば、既に帝国を裏から操る黒幕みたいに思われているらしい。
単なる影じゃなくて、自前の戦力を持つ怪物としてだ。
何でだよ!
「仕方がございません。
ヤジマ皇子殿下の実績が知れ渡った結果でございます」
ラウネ嬢が淡々と言った。
「もはやヤジマ商会に対抗できるのは帝国軍くらいなものだと言われておりますが、その帝国軍はヤジマ皇子殿下の配下同然。
というよりはむしろ、帝国軍の中でも優秀な軍人が選抜されてヤジマ警備に採用されるという噂でございます」
何それ。
アメリカのメジャーリーグのシステムかよ?
いいんでしょうか。
一国の軍隊を私物化したりして。
「名目上はオウルが指揮を執ります。
充分でございます」
なるほど。
ここでも縁故という奴が出て来ているわけね。
そもそも軍隊というものは、元は誰かの私物だったらしい。
それは当然で、人間が集団で生活するうちに指導者が現れ、それを守るために護衛が生まれるわけだけど、それが軍隊の走りだからね。
もとは私兵なんだよ。
国軍の概念はかなり後になってからでないと出てこなくて、それまでは豪族や貴族が配下として組織した武装集団の集まりでしかなかったらしい。
日本だって、戦国時代を通り越して江戸時代が終わるまでとうとう「日本軍」は現れなかったもんね。
徳川幕府軍とか何々藩軍とかそういう集団でしかなかったと。
幕府や藩を国だと考えれば国軍なんだけど、そういう軍事組織ってつまりはコネや身分で位や役職が決まったらしい。
あとは金ね。
これについては興味があってちょっと調べたことがある。
例えばヨーロッパの近代、鉄砲や大砲が出て来た時代でもまだ軍隊と言えば私兵みたいなものだったんだそうだ。
海軍は戦艦とかを建造しないと駄目なのでまた違うけど、陸軍は極端に言えば人がいれば作れるからね。
でも本当に必要なのは人じゃない。
金だ。
軍隊って、金がある人が組織するものだったんだよ。
士官の階級を金で買えたということで、というよりはむしろ金がないと士官になれなかったはずだ。
俺が読んだ歴史小説だと、例えば陸軍の部隊は地方の貴族や名士が王様とか領主とかに命じられて立ち上げることになっていた。
その経費は自前だ。
自ら連隊長に就任したり縁故の者を任命したりしてまず将校を集める。
その時に貴族などが金を払って辞令を貰う。
この辞令は例えば「○○連隊大尉を命ず」とか書いてあって、持っている人が大尉になれたと。
だから辞令を誰かから買えば、ど素人でも士官になれてしまうんだよね。
そうやって金を集めて部隊を立ち上げた段階ではまだ司令部要員しかいない。
それから下級士官や下士官、兵隊なんかを集めて軍隊を作ることになる。
これらの人たち、つまり本当の仕事をしたり戦ったりする人たちは給料を貰って雇われるわけだ。
だから私兵集団ということになる。
何のことはない、これって会社と同じなんだよね。
出資者が株主になって役員になったり幹部に就任したりして、あとは社員を集めるわけだ。
訓練してそれらしく編成出来た段階で領主様や王様に視察して貰い、そこで初めて軍隊として登録される。
以後は国から経費が出るかわりに国家の軍隊としての任務を行う義務が生ずる。
具体的には命令に従って出撃したりどっかを警備したりすることになるんだけど、そもそもそういう軍隊の幹部って金を出しただけのど素人だったりするから、本当の軍人は別に雇って部隊を動かしていたりして。
前線に出ていって実際に戦うのはそういう人たちで、傭兵みたいな人も多かったそうだ。
叩き上げで専門家として認められれば高い階級の士官として雇われることが出来る。
そこで実績を積んで結果を出せば、さらに高い給料と地位が約束される。
でもそれも金や知古などがものを言う。
つまり金や縁故がないと、少なくとも組織の上層には上れなかったと。
そういう経験を経ないで高い立場にいる人、つまり高級士官は大抵貴族だったんだよね。
話が逸れた。
「興味深いお話しでございます。
マコトさんの故郷でもそのような事が?」
レイリさんが食いついてきた。
「昔の話です。
150年くらい前はそうだったみたいですね」
今の軍隊はさすがにコネや金ではどうにもならないはずだ。
そもそも貴族なんかいないし。
でもまあ、イギリスとかみたいにまだ貴族制度が残っている国では何かあるかもしれない。
でもいかに貴族だったとしても士官学校には行くよね。
でないと現場でどうにもならないから。
帝国軍はどうなんですか?
「縁故はございますね。
というよりはそれしかないかもしれません。
そもそも入隊するにしても誰かの推薦が必要でございます」
何と。
前にフレスカ大尉が食い詰め者が入隊するとか言ってましたが?
「それはそうでございますが、その場合は部隊の指揮官が縁故をつけるわけでございます。
大抵は優秀な下士官が入隊希望者をテストして推薦する形になります。
責任を持つということで」
なるほど。
ソラージュの近衛騎士みたいなものか。
もちろんあれよりは緩いだろうけど、下士官の人は入隊希望者について任される形になるわけだ。
もしその人が何かやったらヤバくなると。
「程度問題でございます。
実際には入隊者のかなりの部分が問題を起こします」
食い詰め者だからなあ。
サボッたり脱走したりすることもあるのか。
「有り得ます。
その場合、帝国軍は軍法会議を開いて裁くことになります。
最高刑は死刑でございます」
厳しい。
で、その人に縁故をつけた下士官も罰せられると?
「建前はそうなっておりますが。
厳密に適用していたら、下士官が消耗してしまいますし、そもそもなり手が無くなってしまいますので」
怖っ!




