12.帝国の危機?
帝国皇太子と帝国軍情報局長に圧倒されて黙っていたハマオルさんとラウネ嬢が動き出し、手早くお茶が配膳された。
オウルさんと俺がソファーに座り、レイリさんも向かいに座って貰う。
無礼講だ。
だってそうしないと話が進まないからね。
ラウネ嬢がハマオルさんとちょっと話して部屋を出て行く。
色々手配することがありそうだな。
「さてと。
聞いてやるから話せ。
レイリ」
オウルさんが露骨に力を込めて言った。
圧迫面接のようだ。
レイリさんの方は全然堪えてないようで、俺に黙礼すると優雅にお茶を飲んだ。
「そうだな。
ヤジマ皇子殿下にお話ししようと思っていたが、ついでにオウルも聞いてくれ」
なんか未だに格下扱いだ(笑)。
帝国皇太子なのに。
オウルさんはむっとして押し黙ったが何も言わない。
しょうがないか。
長い付き合いの二人だから色々あるんだろう。
それより忘れていたけど、会話が堅いからやっておかないと。
「レイリさん。
俺の事はマコトと呼んで下さい」
「……よろしいのですか!」
そんなに驚く事ですか?
「私がヤジマ皇子殿下にお目にかかるのはまだ2回目ですよ?
もっと私を見極めてからの方が良いのでは」
「マコトさんは一瞬で何もかも見抜かれる。
良かったなレイリ」
オウルさんがちょっと皮肉げに言った。
悔しそうだな。
でも俺、オウルさんにも会ってすぐに同じ事をしましたけど?
「そうでございました。
思い出しても胸が熱くなる瞬間でございます。
俺はマコトさんに認められた!」
「……オウルの気持ちも今なら少し判る気がします」
レイリさんがちょっと引きながら言った。
「私も似たような感情が。
ありがとうございます。
マコトさん」
「どういたしまして。
レイリさん」
「!」
レイリさんが胸を押さえた。
軽小説的だけど豊かな胸だ。
マジで変形するんだな。
いやいや、そんなことを考えてはならん。
失礼だぞ。
「そんなことはございません。
自分の長所を褒められるのはいつでも嬉しいものでございます」
「くそっ汚いぞ!
女の武器を使われたら、こっちに勝ち目がない!」
「諦めろ。
闘争では所持しているすべてのものを有効活用するべきだ」
マジで話が進まないぞ。
レイリさん、本筋に戻って下さい。
「重ね重ね失礼致しました。
私が強引な手段をとってまでマコトさんに直訴させて頂きたかったのは危機が迫っているからでございます」
レイリさんが一瞬で真剣な態度に戻った。
また危機ですか。
こればっかり(泣)。
「領地の経済的な危機のことですか?」
「いえ。
あれはオウルの担当でございます。
領地の問題に関する情報はすべてオウルに渡っておりますので、今さら直訴する必要はございません。
それに、既にマコトさんが対処済みでございましょう?」
いや俺じゃなくてヤジマ商会というかユマさんだけどね。
だとしたら帝国にまた別の危機が迫っていることになる。
「初耳だぞ。
俺に情報が来ないのはなぜだ?」
オウルさんが訝しげに言った。
「帝国軍ではどうにもならない状況だからだ。
というよりは、帝国軍情報局が集めた情報ではないんだよ。
帝国地理院の観測データが元だ」
レイリさんの言葉にオウルさんが表情を消した。
「……魔王か!」
「そうだ。
あらゆる兆候がそれを示しているそうだ。
マコトさん。
私が直訴したかったのは魔王の顕現についてでございます」
レイリさんの後半の言葉は俺に向けられていた。
魔王か。
確かララエ公国でワタリハヤブサのハムレニ殿が警告していたな。
でもあれって北方の話なのでは。
「帝国領土内でも兆候が見られるとのことでございます。
今日明日ということはございませんが、近いうちにほぼ確実に顕現すると」
「だからなぜ俺に報告がない?」
「報告してもどうにもならんからだ。
この件に関しては帝国軍は無力だ。
魔王を防ぐことは出来ん。
しかも想定被害状況に対して帝国軍はあまりにも広がってしまっている。
さらに言えば領地の問題を放置できないだろう?」
オウルさんは黙ってしまった。
なるほど。
ソラージュでは魔王の対処は騎士団の役目だからな。
国家規模の災害に対応するためには国家規模の組織が必要だ。
ソラージュの騎士団は統一されているし、最初から魔王対策も任務に入っているからね。
各領地ごとに騎士団があるから、どこに顕現してもとりあえず初動できる。
必要に応じて中央からの支援も可能。
それでも後手に回るしかないのが魔王だ。
圧倒的に人手が足りなくて顕現のたびに冒険者や警備隊、あるいは傭兵なんかに頼っている状況なんだよ。
帝国はもっと酷い。
領地ごとにほぼ独立国だから、被害が出てもおいそれとはよそから救援を呼び込めない。
唯一それが出来るのは帝国軍だけど、軍とは言っても基本的には駐留部隊だからな。
被害が出たからといって簡単に移動できないはずだ。
とすれば。
「今まではどうしていたんですか?」
俺の質問にレイリさんはため息をついた。
「基本的には領地任せでございます。
駐留している帝国軍が加勢することもございますが、情報が遅い上に多勢に無勢で。
領地では警備隊を総動員し、更に冒険者や傭兵を集めるのでございますが、そう都合良く手配できることは稀かと」
「つまり、難しいと」
「はい。
被害状況が酷すぎたり手を出す余裕がないような場合は、被害地域を放棄することもあるようでございます。
その場合、大量の難民が発生して周囲の領地と諍いになることもしばしばで」
つまり帝国政府は無策ということですか。
駄目じゃん。
まあ、領地に独立国並の権限を与えてしまったことによる弊害なんだろうな。
予算の問題もある。
確かにヤバそうだ。
「これまで何とかやってこれたのは、たまたま魔王の被害が限定的かつ小規模であったからです。
しかし、それが続くという保証はない。
というよりはまず間違いなく、大規模な魔王が顕現する兆候が見られると帝国地理院が申しております」
レイリさんはそれだけ言って言葉を切った。
うーん。
帝国って結構追い詰められているんじゃない?
国自体にはまだ力はあるんだけど、体制がその力を発揮できるようになってないんだよ。
かといって、例えば皇帝の権限で体制を変えようとかしても駄目だ。
それは現在の領主から領地の支配権を奪うことに繋がるからね。
領主たちが納得するはずがない。
下手したら反乱だろうなあ。
そもそも魔王とか言っているけど、単なる自然災害なんだよ。
別に目的とか理由があるわけじゃなくて、自然に発生するんだからどうしようもない。
戦えるようなもんじゃないし、だとしたら日本とかでやっているみたいな対応しか出来ないんだけどね。
それを求められているのか?
なるほど。
「……判りました。
少し考えてみます」
俺が言うと、レイリさんは涙を浮かべた。
「ありがとうございます!
このレイリを思う存分、使い潰して下さいませ!」
いや潰しませんので。
オウルさんが物欲しそうな表情だったので付け加えておく。
「多分、帝国政府にも色々動いて貰うことになりますよ。
オウルさんがいてくれて助かります」
いや本心だよ?
「お任せ下さい!
このオウル、万難を排してマコトさんのご意志を遂行させて頂きます!」
よろしくお願いしますね。
何して貰うのかよく判りませんが。
でもユマさんなら使える限りの戦力を使うだろうからなあ。
帝国政府なんていう使い勝手が良さそうな組織が見逃されるはずがない。
まあいいか。
「それでは」
俺は適当に切り上げることにした。
よく考えたらカールさんやシルさんに連絡もしてないんだよ。
何かあったと思われているかも知れない。
「先ほど手の者を送りました。
待っておられるそうですので、なるべく早く合流なされた方が良いかと」
ラウネ嬢が言った。
あちゃー。
皇族方を待たせてしまったか。
それでなくても儀式からいきなり拉致されてそれきりだもんね。
心配されているかも。
「そうですな。
時間を掛けすぎるとヤジマ商会が独自に動き出す恐れがございます。
一刻も早いご帰還をお勧めします」
ハマオルさん、脅かさないでよ!




