11.目標?
魔素翻訳があるから嘘はつけない。
オウルさんにもレイリさんの本気が伝わったみたいだった。
激高していた感情がすっと平衡化したのが判った。
感情コントロールが凄い。
こういう所は皇帝の器だと思うんだけど。
でも、本気って実は結構いい加減だったりするんだよね。
魔素翻訳で読めるのは表層思考がメインだから、あるひとつの感情で頭をいっぱいにしておけば誤魔化せる。
人は誰でも一瞬だけなら何にでもなれるからな。
プレイボーイみたいなものだ。
その瞬間だけ、目の前の女の子に100%惚れることが出来るんだよ。
別の時に別の女の子にもそれをやる。
だからハーレムは難しい。
いや違った。
今はオウルさんとレイリさんの話だった。
「ヤジマ皇子殿下におかれては、すべてお見通しでございますね。
そうだオウル。
お前の欠点がそれだ。
見た目で誤魔化されるんじゃない」
レイリさんもえげつないなあ。
「くそっ!
騙したのか?」
「嘘というわけではないからな。
その覚悟はある。
だがヤジマ皇子殿下はそんな生易しい方ではないぞ。
私の浅慮などお見通しだ」
いや、全然判りませんけど。
というよりはもっと気になる事があるんですが。
レイリさん、さっきからオウルさんを格下呼ばわりしてますけど、どういう関係なんですか?
「これは失礼致しました。
私はオウルの遠縁でございます。
かろうじて血が繋がっている程度でございますが」
「……レイリはホルム領主家の分家の出です。
そのせいで昔から色々と」
「悲しいなオウル。
昔はあんなに慕ってくれていたのに」
「あれは!
俺がガキの頃だろう!」
幼馴染みという奴ですか。
で、レイリさんが姉貴分だったと。
「違いますよ!
此奴は圧制者でした!
私がどれくらい泣かされたことか!」
「意外ですね。
オウルさんほどの人が」
思わず言ってしまったらオウルさんが吐き捨てるように言った。
「大人と子供でしたので。
情け容赦がなかった。
帝国軍の情報局長にまで上り詰めるだけのことはあります」
「大人と子供ですか?」
そんなに離れているのか。
レイリさんを見るとにっこり笑い返してくれた。
オウルさんと同年代、つまり30代半ばにしか見えないんだけど。
「マコトさん。
外見に騙されてはいけません。
此奴は北方種の血が入っているせいで老けないんです。
何せ、私が物心ついた頃には既に今と同じような容姿でしたので」
そうなのか!
レイリさんも否定しないってことは本当なんだろうな。
何てことだ。
だとすれば、あの重鎮の中に一人だけ若いレイリさんが混じっていたのではなく、単に若作り……いや美魔女だったということか。
「美魔女というものがどのような存在なのかよく判りませんが、お褒めにあずかり光栄でございます。
その通り、オウルは私にとっては可愛い甥っ子のようなものです」
そういうことか。
オウルさんにとって頭が上がらない人というわけだね。
情報局にコネがあるというのもレイリさんの事なんだろうな。
言わばオウルさんにとっては最も信頼できるはずの仲間。
だけどその仲間はオウルさんを裏切ったと。
「そうだ。
言い訳は出来んぞレイリ。
俺はともかくマコトさんを謀ろうとしたのは絶対に許せん」
「皇帝陛下の許可は得ているよ」
レイリさんが何気なく言った。
そうなの?
「嘘だ!」
「陛下に上奏申し上げた。
オウルが未だ帝国皇太子としては経験不足であると。
今までの帝国を率いるのなら充分だが、これからは違う。
変革を乗り切るにはあまりにも浅慮過ぎる。
陛下もご賛同なされた」
そうか。
皇帝陛下もグルだったわけね。
それは薬を盛り放題だ。
てことはレイリさんって別に裏切ったとか反逆したというわけじゃないのでは。
自決する意味ないよね?
レイリさんは微笑んだ。
「そんなことはございません。
いかなる理由があるにせよ、私はヤジマ皇子殿下を陥れました。
そのような者が大手を振って解放されることなどあってはならないことでございます」
「そうだ。
マコトさん。
レイリの言う事は正しい。
俺は……断罪せねばならん。
それが法だ」
オウルさんは歯ぎしりしているようだった。
堅いな。
昔ある漫画で誰かが言っていたけど、皇帝とか法王みたいな名実共にその国の頂点に君臨する者ってある意味、法の外にいるんだよね。
法律は国を守るために存在するわけで、だけどその法を守ることで結果的に国家の害になるような場合があったとする。
もちろん役人とか閣僚とか、あるいは総理大臣でも法を破ったら駄目だ。
だけど国家元首という存在は国の法には縛られないんだよ。
もちろん何をしてもいいわけじゃないけど、自らの判断で法を飛び越える事も時には必要だと。
まあ、漫画のキャラの台詞だからどこまで信用していいものかどうか、ていうかむしろ厨二なのかもしれないけど(笑)。
でも現実にもそうだ。
地球で言うと例えば○国の大統領なんかは在職中はいかなる犯罪の疑いがあっても起訴出来ないことになっている。
司法制度の外側にいるから。
もっともああいうのは辞めた途端に押し寄せてくるけど。
でも皇帝なんかは自分で辞めない限り終身だからね。
必要があれば法を越えて動ける。
ただし、それを配下の者がやっては駄目だ。
例え皇帝の承認を得ていたとしても裁かれる。
「でも死ぬほどのことでもないでしょう。
結果的には被害もなかったし。
せいぜい解職とか?」
「それは当然でございます。
帝国皇太子の意に反した行動をとるような者は帝国政府に必要ありません」
そうなるよね。
それは多分、レイリさんも覚悟の上だと思うんだけど。
聞いてみた。
「レイリさんはいいんですか?」
「妥当な判断でございます。
というよりはそこで情やその他のものを挟むようでしたら後顧の憂いを立つためにオウルの皇太子登極を阻止するべきでしょう」
つまりレイリさんは帝国軍、というか帝国政府を離れるつもりであると。
なるほどなあ。
それが狙いですか。
まあ、いいか。
ユマさんとかと話が合いそうだし。
「マコトさん」
オウルさんがよく判らない表情をしていた。
悲喜こもごもというか、ある意味情けなさそうというか。
俺は構わず言った。
「レイリ・ナルシナ殿」
「は」
レイリさんが片膝を突いたまま頭を下げる。
「ヤジマ商会は貴方を迎えたいと思いますが、来て頂けますか?」
「……喜んで!」
いや、そんなに歓喜の感情を滲ませなくても。
俺にでも判るくらいだからオウルさんには衝撃だったんだろうな。
「レイリ!
それが狙いか!」
「もちろんだ。
一世一代の賭けだったが、私は勝った」
さいですか。
賭けのネタにされるのはご免です。
俺は片膝を突いたままのレイリさんを立ち上がらせると言った。
「俺の方からユマさんに言っておきますので、詳しい事は直接交渉して下さい」
「は」
どうみても30代のキャリアウーマンに見えるんだけどなあ。
本当の歳は聞かないことにしよう。
そういえばミラス殿下の祖母は北方種だったために老衰で亡くなる寸前まで美しかったらしい。
それってつまり外見が若かったってことか。
嫁もそうなんだろうね。
純粋というよりは頂点を極めた本物の北方種だから。
まあ、今はいいか。
嫁がいつまでたっても若くて美しいというのは旦那の夢だし。
「レイリ」
オウルさんが冷え冷えとした声で言った。
一瞬、寒気がしたぞ。
これが皇帝になる男の怒りか。
だがレイリさんは華麗にスルーした。
「何だ?」
「おめでとう」
さすがのレイリさんも虚を突かれたみたいで固まった。
「……うん。
ありがとう」
「配下として使い潰してやろうと思っていたが、それは叶わぬようだ。
だがこれからは同輩だ。
思う存分、やり合えるわけだ」
物騒な。
同輩だったら仲良くして欲しいんですが。
レイリさんも動揺から素早く立ち直って笑みを浮かべた。
「その通りだ。
ようやく同じ世界に立てた」
「俺は負けんぞ。
絶対に貴様よりマコトさんのお役に立ってみせる!」
帝国皇太子の目標がそれかよ!




