10.策謀?
怒鳴り声で目が覚めた。
頭がやけにクリアだ。
気分爽快。
目を開けると見知らぬ天井が見えた。
えーと、ここって皇宮のどっかの部屋だったっけ?
「マコトさん!」
突然身体が激しく揺さぶられる。
何だ何だ?
「よくご無事で……!
申し訳ありません!
このオウル、腹を切ってお詫びを!」
いや止めて下さい。
俺はしがみついてくるオウルさんの腕を何とか外して起き上がった。
ソファーベッド(違)の上だ。
俺の側で呻いているオウルさんの他にはハマオルさんとラウネ嬢しかいない。
あまり時間はたってないみたいだな。
それにしても妙に頭が明敏なんですが。
視界もくっきりしている。
よほどぐっすり眠ったんだろうか。
「すみません。
何があったんですか?」
とりあえず聞いてみた。
ハマオルさんが答えてくれた。
「主殿が謁見からお戻りになられた時、ひどく消耗なさっておられるようにお見受けしました。
とりあえず安静になれる部屋を確保し、主殿をお連れして」
「その間にオウル様に連絡申し上げました」
ラウネ嬢が続ける。
「ご到着までの間、私どもが警戒しておりましたが特に問題はなく」
やっぱ俺、倒れたらしい。
皇帝陛下と皇太子殿下と一緒に過ごしてそんなに消耗したのか。
俺ってヤワ?
「お待ち下さい。
ただいま宮廷侍医が参ります」
オウルさんが言った途端、ノックの音がした。
ラウネ嬢が誰何して相手を確認するとドアを開ける。
いかにも「医者」といった風情の人が入って来た。
俺とオウルさんの方を向いてとりあえず片膝を突く。
「ムハス参りました」
「そんなのはいいから早くマコトさんの診察を!」
焦って叫ぶオウルさん。
皇太子殿下なのにまずいのでは?
ムハス医師は立ち上がるとそっけなく頷いて俺を無造作に押し倒した。
いやそういう意味じゃないよ?
オウルさんは押しのけられて何か言いたそうだったけど黙って引き下がる。
良かった。
何とかいう医者の人は一通り俺を診察してから立ち上がった。
「問題ありません。
健康体そのものです」
さいですか。
「しかし!
マコトさんは倒れたのだぞ」
「蓄積された疲労が一度に出て来たようですな。
ぐっすり眠ったことでそれが一時的に解消されたのでしょう。
今は快調そのものです」
やっぱそんなもんか。
大騒ぎすることはなかったんだよ。
俺がほっとしていると医者の人がちらっと俺を見て言った。
「ですが、お話の通りだとするとこの状況は不自然です。
おそらく一服盛られたのではないかと」
何だってーっ!
毒?
「何ということだ!
誰だ?
どうやって?」
オウルさんが吼えたが、医者の人は首を振った。
「不明です。
使われた薬物は睡眠導入剤のたぐいでしょう。
身体に害になるようなものではありませんが、急速に意識を失ったことからかなり強力なものと推定できます」
それでは何かございましたら連絡をと言って、医者の人はそっけなく頭を下げてから部屋を出て行った。
片膝突かなかったな。
さすが宮廷侍医。
専門家だ。
「……馬鹿な!
俺の目の前で?
……奴か?」
オウルさんが呻いた。
何か思い当たる人がいるらしい。
俺は慌てて身体を起こした。
「まあ、俺は無事だったんですし。
むしろ身体の調子が良くなりましたから」
「とんでもございません!
マコトさんが私の前で危険に曝されたのですよ!
しかも私は連絡を受けるまで気づきもしなかった!
これでは従者失格です!」
いや、貴方は帝国皇太子であって俺の従者なんかじゃありませんが。
それにしても、実際どうやったんだろう。
俺があの席で口にしたのはお茶だけで、陛下とオウルさんも一緒に飲んでいたもんな。
同じポットから注いだからお茶には異常なかったはずだし。
ひょっとしてアレか?
推理小説によく出てくる、カップとかスプーンに薬物が塗布されていたという?
「そうだ!
こうしてはおれん。
逃亡を図る前に身柄を確保しないと!」
オウルさんがレスト○ード警部みたいな事を言ってドアに向かいかけた時、ノックの音もなしにいきなりドアが開いた。
ハマオルさんとラウネ嬢がとっさに立ちふさがる。
「警戒はご無用。
何もしませんよ」
言いながら入って来たのは銅色の髪の美女だった。
レイリさんか。
帝国軍情報局長。
さすがに情報が早いな。
じゃなくて、関係者?
「はい。
オウルはもう気づいているようでございますが、ヤジマ皇子殿下に一服盛ったのは私でございます。
方法については秘させて頂きますが」
そうなのかよ!
帝国軍情報局は俺に何の恨みが。
「そうだ。
答えろレイリ。
返答によっては生きてこの部屋から出られると思うなよ」
オウルさんのドス声が響いた。
怖っ!
ホンマモンのヤクザだよ!
「もちろん答えるとも。
その前に」
レイリさんはそう言ってから俺に向かって片膝を突いた。
「ヤジマ皇子殿下。
誠に申し訳ございませんでした。
すべて私個人の責任でございます。
お許し頂けるとは思っておりませんが、お話だけでも聞いて頂けないでしょうか?」
ずうずうしい、というオウルさんの呟きが聞こえたけど無視された。
何か理由があるらしい。
なるほど。
何となく判ってきた気がする。
「その前に、俺を案内した執事の方は貴方の配下ですか?」
「……やはりお気づきでございましたか。
その通りでございます。
あの者は帝国軍人ではありませんが、私の個人的な配下の者でございます」
草か。
さすが帝国軍情報局。
「貴様!」
オウルさんが激高した。
そりゃそうだよね。
皇帝陛下と皇太子のそばに誰かの個人的な配下がいたんだから。
セキュリティはどうなっているんだろう。
するとレイリさんがオウルさんにうんざりした顔を向けた。
「オウル。
落ち着け。
それがお前の欠点だ」
「何だと!」
「オウル。
お前はあまりにも強い。
強すぎる。
故に正攻法しか知らないし判らない。
帝国軍人でいる間はそれでも良かったかもしれないが、ただ正しいだけでは帝国皇太子は勤まらんぞ」
オウルさんがすっと冷静に戻った。
凄い。
感情の切り替えが早過ぎる。
やっぱり傑物だよね。
でもさっきからレイリさんってオウルさんを呼び捨てにしてない?
帝国軍情報局長ってそんなに偉いの?
レイリさんが片膝をついたまま器用に頭を下げてみせた。
「オウルと私は古い知り合いでございます。
帝国皇太子に登極したからといって、今さら敬語や敬称を使う気にはなれません」
「何が古い知り合いだ!
あれは腐れ縁というんだ!」
オウルさんが吼えたが、音量はかなり落ちていた。
何か弱みでも握られているのか。
「そんなことはございません。
レイリ。
そんな話はいいから説明しろ」
「ではその話は後でさせて頂きます。
ヤジマ皇子殿下。
重ね重ね申し訳ございませんが、本来なら殿下は私が待つ部屋に案内される予定でございました。
そこで謁見して頂きたく思い、このような暴挙を実行してしまいました」
ああ、そうか。
あの執事さんが俺を連れて行く手筈だったわけね。
でも、だったらどうして俺は無事に戻ってこれたんだ?
「あの者が申しておりました。
ヤジマ皇子殿下をご案内するうち、自分がしている事の不敬に耐えられなくなってしまったと。
これほどの方を欺いて良いはずがないと思い、任務を忘れてしまったそうでございます。
しかも、ありがたくも『何も聞いていない』とおっしゃって頂き」
あそこでいきなり謝ったのはそのせいか。
何かと思ったけど。
俺が適当な事を言ったために悩んだと。
悪い事をしたなあ。
でも結果的には良かったんだろうな。
だって本当に俺がレイリさんの所に連れて行かれていたら、多分レイリさんは無事じゃ済まなかったはずだから。
「何だと……レイリ。
まさか」
「そうだ。
私は謁見の後、自ら命を絶つつもりだった。
そのくらいの事をしなければ、ふやけているお前の目は醒めないだろう?」
パネェ。




