6.迷惑?
ナーダム興業舎の宿舎で数日間過ごした新任皇族はサーカスを満喫したらしかった。
男の子たちは例外なくフクロオオカミにハマり、女の子は猫撫でに夢中になったそうだ。
ちなみに皇女の何割かは騎手の方にハマッたらしい。
凜々しい王子様だからな。
狼騎手に俺/私はなる! と決意する皇族が続出し、随伴騎士の方々が頭を抱えていた。
すまん。
しょうがないのでシイルに頼んで狼騎士隊を呼んで貰い、皇族方を集めて説明会を開いた。
ていうかロロニア嬢に投げたんだけど。
俺が出て行くとまた変な誤解が広まりそうだからな。
俺は後ろの方でこっそり見ていた。
会見は野外で行われた。
新任皇族が並べられた椅子に座り、随伴騎士の皆様が控える。
向かい側にはシイルを先頭に狼騎士の騎手とフクロオオカミたちが数人。
やっぱこれだけフクロオオカミが揃うと迫力がハンパないな。
シイルはソラージュ近衛騎士の盛装だった。
くすんだ短い金髪が白い衣装に映え、胸元の赤い印が鮮やかだ。
新任皇族達は凜々しい狼騎手に圧倒されていた。
皇子も皇女もなぜかうっすら頬を染めていたりして。
まあ、タカラヅカというよりは世界を革命するアニメに出て来た決闘者みたいだからね。
「……このようにセルリユ興業舎の狼騎士隊員はフクロオオカミとその世話役としての騎手で構成されています。
騎手は諸々の理由から女性に限定されます」
無情な宣言を聞いた皇子たちは絶望した。
代わりになぜか頬を紅潮させている皇女が数人いたけど。
「でも!
狼騎士様は男ですよね?」
勇気ある皇子が叫んだが、シイルは切って捨てた。
「絵本の狼騎士様は特別でございます。
『野生動物の王』であるからこそ、特に力強く勇猛なフクロオオカミに騎乗できるのでございます」
「……そうか!」
「あのでっかいフクロオオカミ殿か!」
「確かに!
あれほどの魔獣を乗りこなせるのはヤジマ皇子殿下しかいない!」
いや、ツォルのことを言っているんだったらアレは三枚目なんだけど。
「そういえばシルレラ様も狼騎士だよね?」
「見たことがある。
物凄く立派なフクロオオカミ殿に騎乗されていた!」
ホウム長老のことだな。
確かにあの人はツォルの十倍くらい迫力があるからな。
魔王の四天王の一人だと言われても納得出来たりして。
「それじゃあ、僕たちは狼騎手になれないんですか?」
泣きそうになりながら皇子の一人が言った。
なれません。
よね?
「そうとは限りません。
現在の狼騎手は女性限定でございますが、セルリユ興業舎では野生動物との共同事業について研究を進めております。
陸上動物だけではなく、海洋生物や鳥類との協力も模索しているはずでございますので、将来は判りません」
本当なの?
ああ、そういえば鯨とか海豚とかとは何か出来そうだよね。
直接背中に乗るとかは無理でも一緒に働くくらいは今でも可能だ。
皇子方は気を取り直したようで、シイルやフクロオオカミたちに色々質問していた。
盛況だな。
ふと見るとロロニア嬢がちらと笑みを覗かせていた。
やはりか。
こうやって帝国の最上位身分の者を取り込んでいるわけね。
今はまだ子供だけど、十年か二十年したらこの新任皇族が皇族の中核になる。
その連中をこうやって野生動物贔屓、ソラージュ贔屓にしておけば、将来的に計り知れない利益が望める。
洗脳か。
怖っ。
シイルたちはそれからしばらく新任皇族の相手をした後、一斉に貴顕に対する礼をとってからそれぞれのフクロオオカミに騎乗した。
「進発する!」
シイルの号令で駆け出すフクロオオカミたち。
狼騎士隊はあっという間に見えなくなった。
何この演出?
いやウケ狙いなのは判るんだけど。
見え見えの三文芝居だったぞ。
だってあんな風に動く必要性ってどこにあるんだよ。
これから狼騎士隊の宿舎に帰って昼寝か何かだと思ったけど。
「これで良いのです。
幼い頃の憧れは大人になっても尾を引きますので」
ロロニア嬢の悪魔の囁き!
ああもう、好きにして下さい。
新任皇族は興奮して声高に話しながら宿舎に戻っていった。
こうやって何もかもヤジマ商会に奪われていくんだろうな。
俺は知らん。
俺も自分の部屋に戻った。
実はいよいよ明日なのだ。
みんなで揃って皇宮に行って帝国皇太子の登極の儀式とやらに参加しないといけない。
もちろん主役はオウルさんだけど、俺も後見人として立ち会う必要があるんだそうだ。
帝国のナンバー2の後見人が俺かよ!
激しく人選を間違っているぞ。
「ヤジマ皇子殿下以外にはおられません。
オウル様ご自身が心酔していらっしゃいますし、皇帝陛下からも信頼されておられます。
皇帝顧問官への就任をお断りになられたのでございましょう?」
ラウネ嬢が言ってきた。
「何で知ってるの?」
「噂、というよりは確定情報として広まっております。
皇帝陛下のお望みに対して堂々とお断り出来る胆力と、そもそも皇帝陛下ご自身から顧問官に望まれるほどの信頼を受けていらっしゃるということで、人気絶頂でございます」
またかよ。
俺の知らない所で俺の知らない人たちが色々噂を広めているんだよな。
それを止める術はない。
もういいや。
翌朝、例によって夜明け前に起きた俺はいつものように朝練をやった後、シャワーを浴びた。
まだ儀礼服には着替えない。
このクソ暑いのにあんな厚手の制服なんかご免だ。
幸い、着替えるのは皇宮に到着直前でもいいと言われている。
俺の馬車なら走っている最中に中で着替えられるからね。
シルさんやカールさんは別の所から出勤(違)するそうだ。
オウルさんやフレスカ大尉もどこかに行っている。
というよりはおそらく皇宮に泊まり込んでいるんじゃないかな。
皇太子に登極するのは今日でも、それ以前に色々とやることがあるだろうし。
ひょっとしたらもう皇太子としての活動を始めているかもしれない。
ソラージュと違って皇太子府なるものは開かないらしいけど、それでも配下は必要だし事務所も立ち上げることになるはずだ。
そしてその拠点はやはり皇宮になる。
というわけでナーダム興業舎を出発つ皇族は俺とアーリエさん、それに新任皇族だけだった。
新任皇族の世話は随伴騎士に丸投げしたからいいんだけど。
でも皇族用の豪華な馬車が皇宮から回されてきたので、御者だけはこっちで手配した。
護衛については俺と一緒にいることで何とかするらしい。
皇宮は御者や護衛までは用意してくれないからね。
アーリエさんは感謝しきりだった。
守銭奴としては頭が痛かったんだろうな。
護衛や御者を雇う経費が馬鹿にならないから。
しかも皇族の護衛だよ?
最高級でなければ失礼になるから、持ち出しが天文学的な金額になったはずだ。
「本当にありがとう。
紋章院を代表してお礼を言うよ」
「今回だけですよ。
ヤジマ商会は紋章院とは本来何の関係もないんですから」
しょうがないよね。
アーリエさんと新任皇族は皇宮差し回しの馬車に乗るけど、俺は自分の馬車を使う。
これは皇族に許される権利で、皇宮の馬車を使わなければならない決まりはないそうだ。
大抵の皇族はありがたく使わせて貰うらしいけど。
だって豪華なんだよ!
帝国における最高身分が使う馬車なのだ。
よって少なくともそれと同程度には高級な馬車でないと恥をかくことになる。
でも大丈夫だ。
俺の馬車はソラージュの王太子が羨ましがるくらいの高性能の高級品だから。
エントランスに回されてきた俺の馬車に乗り込む。
「行ってらっしゃいませ」
ユマさんとロロニア嬢はお留守番だ。
皇族じゃないし、護衛でもないからな。
正式な爵位もないので、見学枠にも入れなかったらしい。
もっともユマさんたちが本気になればどうとでもなったと思うけどね。
そこまでする意味がないということだろう。
これは帝国のお家事情でしかないんだし。
俺だって帝国皇子にされてなければスルーしていた。
というわけで、俺についてくれているのは随伴騎士のラウネ嬢と護衛であるハマオルさんだけだった。
ハマオルさんについては儀式に参加は出来ないものの、ソラージュの近衛騎士ということで見学は許されている。
というよりは参加枠が取れた。
「ハマオル殿。
皇宮内部では私がヤジマ皇子殿下をお守りします」
「よろしくお願い致します」
ラウネ嬢とハマオルさんの間で何らかの約定というか誓いが交わされたらしかった。
よろしく。
振り返ると新任皇族とその随伴騎士を乗せた馬車が何台も続いてきていた。
もちろんその周囲を護衛馬車や狼騎士隊が囲んでいる。
やっぱ大名行列だよね。
しかも今度はマジな帝国皇族が大量にいるのだ。
街道を完全に塞いでしまっている。
すみません!




