5.追っかけ?
ハマオルさんが連絡してくれたらしく、ナーダム興業舎では準備を整えて待ってくれていた。
アーリエさんはもちろん、一緒についてきた新任皇族とその随伴騎士たちも宿舎に案内される。
宿舎? は立派なお屋敷だった。
貴族の館としても充分通用する。
「皇族方をお泊めするにはいささか粗末ですが、ご辛抱願います」
ロロニア嬢が謝るように言ったけど、皇族方からは文句は出なかった。
それどころじゃなくて。
だって敷地内にセルリユ興業舎のサーカスがあるんだよ。
着替えもせずに飛んでいこうとする皇族方を何とか宥めて屋敷に収容し、随伴騎士の方達に集まって貰う。
みんな待ち切れそうにもないようで、とりあえずサーカスを経験させて頂かなければ暴動や脱走が起きそうでございます、と年配の随伴騎士の人がため息交じりに言った。
この人も帝国騎士なんだよな。
新任皇族につく随伴騎士は同性が原則ということだった。
女性の場合は若い事が多いけど、男の子の随伴騎士には威厳がある中年から年配の帝国騎士が選ばれるという。
「お恥ずかしい話でございますが、少年期を過ぎた皇族には精神的にも体力的にもついていけなくなる場合がございまして。
そのような方には若くて頑健な帝国騎士がつきます」
冗談だよね?
でもなるほど。
体力的な問題もあるけど、子供を躾けるんだったら若い男は不適任だからな。
舐められたりして。
でも父親や祖父に近いような人になら素直に従うだろう。
皇族という帝国では最上位の身分になったわけで、最初の躾を間違えると偉いことになりそうだし。
というわけでナーダム興業舎? の職員さんたちが皆さんに普段着というか汚れてもいいような服を配ると、随伴騎士はそれぞれの主の元に散っていった。
すぐに子供たちとそのお供の一団がサーカスの方に向かうのが見えた。
アーリエさんが俺のそばに控えているロロニア嬢にお礼を言った。
「助かったよ!
でもよく子供用の作業服なんかあったね?」
「セルリユ興業舎における経験からでございます。
来団されるお客様のお召し物が汚れるのを防ぐために、ご希望があれば作業着を貸し出すことになっております」
相手が皇族なのでロロニア嬢の口調が丁寧だった。
並の皇族じゃなくて紋章院長なんだけど、まあそんなことは関係ないか。
それにしても気配りが行き届いているな。
確かにセルリユ興業舎のサーカスは野生動物がメインだし、スキンシップを売り物にしているところがあるからね。
フクロオオカミとの握手とか背中に乗せて貰ったり、あるいは猫撫でとか犬の皆さんとじゃれ合うなんてのも出し物のひとつなのだ。
サーカスの入場券を払える家庭って結構裕福だから、その子供達も高級な服を着ていることが多い。
それで汚れてもいい服を貸し出すと。
「当然、有料でございます」
ロロニア嬢が澄まして応え、アーリエさんがうっと言葉を詰まらせた。
「今回はマコトさんのご招待ということで特別に無料貸出となっておりますが」
ロロニア嬢も人が悪いな。
アーリエさんはほっとしたように言った。
「そうか!
ところで招待客の中には私も入っているんだよね?」
「そうですね」
「だったら私にも作業着を貸してくれ!
一度サーカスを体験しておきたかったんだ!」
「お心のままに」
そういう所だけ皇族扱いか。
ロロニア嬢もアレだのう。
アーリエさんが嬉々として去ってしまうとロロニア嬢が言った。
「とりあえずお部屋でお休み下さい」
「ありがとう。
皇族方を頼んでいいかな?」
「お任せ下さい」
何て有能な支配人なんだろう。
俺は感謝して引き上げた。
俺の部屋に戻るとリビングのテーブルに儀礼服一セットが揃えてあった。
至り尽くせりか。
別に着てみないでもいいよね。
ぴったり合っているに決まっている。
ハマオルさんとラウネ嬢が礼をとって引き上げたので、俺は用意されていたお茶を啜った。
休暇は終わったな。
少なくとも今日までだろう。
いや、今夜の飯がもう危ないかも。
その通りだった。
夕食に呼ばれて食堂に行くとヤジマ商会の帝国派遣隊幹部が揃っていた。
戦略室長のユマさんと事業部長のロロニア嬢、それにハマオルさんだ。
お客様としてアーリエさんもいた。
他の人たちは?
「皆さん駆け回っていますよ」
ユマさんがおっとり言った。
「シルレラやカル様はオウル様についています」
「まさか入閣したりしないよね?」
あの人たちが抜けたらヤジマ商会がヤバい気がする。
いや大丈夫か?
本国にはジェイルくんやラナエ嬢がいるし、その他の人たちも盤石だからな。
帝国に来て割と長いから、つい帝国限定で考えてしまうけど、実際には帝国ってヤジマ商会としては遠地だったりして。
ヤジマ商会はソラージュの会舎なのだ。
「大丈夫でしょう。
というよりはオウル様が皇太子になったところで別に組閣するわけではありませんので」
それもそうか。
でも皇太子って事は事務所とか備えるのでは。
ソラージュの王太子であるミラス殿下は王太子府で仕事していたからね。
「帝国とソラージュでは政府の仕組みが違います。
ソラージュの王太子は統治機構に組み込まれた役職ですが、帝国の場合はあくまで皇帝陛下の補佐という立ち位置のようですね」
なるほど。
ソラージュやエラは絶対君主制だけど、帝国は違うからな。
帝国の場合、皇帝陛下は君主ではあるけど絶対じゃない。
統治は帝国政府が行っていて、皇帝はその象徴であり長であるという位置付けらしい。
変な話だけどアメリカの大統領よりは日本の総理大臣に似ている。
どっちかというと意志決定装置みたいなものなんだよ。
もちろん名目的な帝国政府の主席であり帝国軍の総司令官ではあるんだけど、各部署への直接の命令権はないそうだ。
軽小説に出てくる皇帝は自分の一言で戦争を始めたりするけど、ホルム帝国は違う。
帝国政府のしかるべき部門に対しても示唆する形で統治を行うんだよ。
帝国皇太子はその帝国皇帝の補佐という立ち位置になる。
例えば皇帝の代わりにあちこちを視察したり、代理として儀式に出席したりといった仕事が主で、帝国としての意志決定はその職務に含まれない。
候補生だからね。
「実を言えばその辺りは曖昧だね。
帝国の歴史上、帝国皇太子が立てられたことは数度しかないんだ。
それも初期の頃だ。
例えば帝国を代表して遠地で重要な会談に臨むとか、遠征軍の複数の軍団を統括指揮する場合とかだね」
アーリエさんが教えてくれた。
「終わったら?」
「そのまま皇帝に登極だよ。
箔付けの意味もあったんじゃないかという説が有力だ。
初期の帝国では皇帝に登極するのに何らかの実績が重視されていたようだから」
なるほどね。
つまり皇太子の地位は帝国にとって必要不可欠なものではなかったと。
「それはそうだよ。
だって今まで皇太子なしでやってきているんだよ?
つまりいなくても帝国の運営には問題ないということだ」
だったらどうしてオウルさんが皇太子になるんですか?
アーリエさんはあっけらかんと言った。
「それはもちろん、オウルが自由に動きたいからに決まっているじゃないか」
「それだけ?」
「そうですね。
オウル様がこのまま大人しく帝国皇帝に納まって皇宮に閉じこもるなど想像も出来ません」
ユマさんがくすくす笑った。
「でも皇帝になるんでしょう?」
「それはそうですが、オウル様の立場で考えてみて下さい。
首尾良くマコトさんの従者というか配下になることが出来たのに、すぐに皇帝になってしまったらお側に侍れなくなるではありませんか」
「だって皇帝ってそういうものなのでは」
アーリエさんが飯を美味そうに食いながら言った。
「オウルが憧れているホルム家の初代様は、領主になってからもほとんど領地に寄りつかなかったんだよ?
何していたのかというと、初代皇帝陛下の追っかけだ。
本人は執事のつもりだったらしい。
その初代様に憧れているオウルがマコトさんから離れるわけがないでしょう」
そうなの?
あの暑苦しい……じゃなくて忠誠心溢れる人が俺についてくると。
何か致命的な間違いをしてしまった気がする。
「それに、実を言えばオウル様の帝国皇太子登極はヤジマ商会としても利があります。
オウル様がそばにいらっしゃるということは、帝国の重要な出先機関がマコトさんについて歩いているようなものですので。
今後何をするにしろ、それだけで随分やりやすくなるでしょうね」
ユマさん。
貴方、何をするつもりなの?




