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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五章 俺はギルドの臨時職員?

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11.引っ越し?

 案内された宿舎は、ギルドから歩いて数分の所にあった。

 二階建ての細長い建物で、メゾネットというのか、二階建ての一戸建てが繋がっている、長屋のような構造の家である。

 一人で住むには広すぎるが、ギルド上級職になる人は普通年配なので、基本的には家族向けになっているということだった。

 俺の場合、一人だからといって個人用の宿舎を別途用意するわけにもいかず、また空いている住居がここしかないので、仕方がないらしい。

 本当にそうかなあ。

 まあいいか。

 俺としては、とりあえずベッドがあればいいので、一番端の部屋に案内されるとほとんど考えずに決めた。

 どんな場所でも、少なくともマルト商会の寮よりは豪華だろうし。

 マルト商会の俺の部屋にある私物は後で取りに行くことにして、次に俺はアレナさんに連れられてギルド内の雑貨店みたいな所に向かった。

 いや、新住居で使うための道具が必要です、とアレナさんが言い張ったもので。

 マルト商会の寮で使っていたものは、確かにマルト商会の備品もあって、それは持ってくるわけにもいかない。

 だからアレナさんが言っていることは正しいんだけど、この一日警察署長の制服ではちょっと。

 ギルドの売店だと、制服着ていれば割引になるにしてもだ。

 だが強引なアレナさんに押し切られて、俺はその日、ギルド内を行脚させられた。

 後で聞いたら、どうもこれはハスィー様の指示で、俺をギルド職員にお披露目するためにやらされたらしい。

 あの元次席の事件がハスィー様の心の傷になっているようで、偏執狂的に俺のギルド内での立場を確立しようとしているみたいです、とアレナさんが言っていた。

 ありがたいけど、やり過ぎだと思うな。

 俺なんか、そんなに気を遣う相手でもないだろう。

 上級職といっても、どうも色々聞いているうちに、俺の場合はむしろ名誉職に近いことが判ってきたしな。

 考えてみればすぐに判る。

 そもそも、日本でも「次長」という階級は部長と課長の間に立ってサポート的な仕事をする人のためのものだ。つまり、本来なら実質権限はない。

 アメリカの副大統領みたいなものだろう。

 指揮系統ラインに入っているのなら、部下がいる部長/課長/係長といった職位になるはずだ。

 俺の場合、ハスィー様の考えではキーパースンなのだが、単なる職員として受け入れたら誰かの部下/上司になってしまう。

 ハスィー様が俺を個人的に使いたいのなら、指揮系統ラインに入れるわけにはいかないのだ。

 だから、多分にお飾り的な次席という階級にしたわけだ。

 執行委員の権限で。

 本当はあの何とか言う元次席の男がいたので、俺は顧問という立場になるはずだったんだろうな。

 あの元次席の男は、ギルド内のパワーバランスの調整の結果として任命されたくさかったし。

 だがハスィー様の怒りに触れて合法的に更迭されたわけで、そこにうまく俺をはめ込んだと。

 顧問だけだとギルド内では立場が弱く、居場所がないかもしれないからね。

 パネェなあ。

 でもまあ、いい手ではあるな。

 何より、俺が直接現場で働かなくていい(手を汚さないともいう)かもしれないのが素敵だ。

 日本の会社でも、偉い人が直接現場で働いていることは少ない。なくもないけど、それはプレイングマネージャとか、高級技術者とか、階級は高くても普通の労働者としてだ。

 それに対して、指揮系統ラインに入ってしまった管理職は、基本的には何かを決めて命令するだけである。

 その命令にしても、一般労働者に直接ではなく、部下がいる誰かに向かって指示することが多い。

 部長職以上なんか、全部そうなんじゃないかな。

 逆に言えば、部長なのに平社員に向かって直接命令しているようでは、大した地位ではないことになる。

 ハスィー様は、本来の階級が執行委員というギルドの経営幹部でありながらプロジェクトリーダーをやっているわけで、その権力は凄いものがある。

 だって経営者なんだよ。

 何かをするときにお伺いを立てなければならないのは、せいぜいギルドの支部長と評議員くらいなものだろう。

 しかもギルド支部がある都市の領主の娘でエルフ。

 そんなハスィー様に逆らえる人は、ギルド内には事実上いない。

 だが、例えハスィー様だとしても、何かをするとしたらやはり部下に命令するしかないわけで、実際に仕事をするのは部下だ。

 まして、次席とは言ってもギルド内にコネもなく、孤立無援な俺なんか、何か命令しても聞いてくれる人はいないと思う。

 いるとしたら、ハスィー様の威を借りてやるときだけだ。

 そして、俺はそんなことは絶対しないからね。

 だから、ハスィー様が不在の時は俺が指揮を執る、なんてことは有り得ないのだ。

 そう考えてやっと、気鬱から救われた気がした。

 本当に困るんだよ、こういうの。

 未経験の分野だからなあ。

 俺のサラリーマン経験値というか、社会人スキルが役に立たないのだ。

 俺って、基本下っ端の立場しか知らないから。

 そんなこんなで、買い込んだ雑貨をメゾネットに運び込んだり(代金はツケでいいそうである)、シーツなんかの搬入手配を大至急やって貰っている内に、その日は終わった。

 アレナさんは、別れ際に細い鎖がついた小さな板をくれた。

 かなり凝った造りで、板は装飾やら彫金やらで飾られている。

 ギルドの上級職の身分証で、これをつけていれば一般人立入禁止の場所にも自由に入れるそうだ。

 今までも自由にプロジェクトの部屋に出入りしていたんだけど、それは黙認されていただけだったらしい。

 ハスィー様が後ろ盾だったからなあ。

 我ながら、うかつだったぜ。

 これからは注意しなければ。

 ハスィー様が歓迎会をやってくれるという話だが、それは後日にするようにお願いして、こっそりメゾネットに運び込んだ冒険者用作業服に着替えてマルト商会に戻る。

 飯場に忍び込んでいつもの夕飯を食っていると、ジェイルくんとソラルちゃんが目敏く俺を見つけて近寄ってきた。

「やっぱり来ましたね、マコトさん。最後の日はここで食べると思ってました」

「マコトさん、おめでとうございます。明日から寂しくなります」

 ジェイルくん、さすがに読んでいるな。

 ソラルちゃんにそう言って貰えて嬉しいよ。

「今日はどうするんですか?」

「私物を取りに来たんだ。今夜から、ギルドの宿舎に泊まるよ」

「ギルドの上級職用宿舎って一度見てみたかったんですよ。今度、お伺いしてもいいですか?」

 ソラルちゃんよ。

 ラノベじゃないんだから。

 トレンディドラマでもないからね。

 でもまあ、断るほどでもない。

 マルトさんに受けた恩を考えたら、何を要求されても断われるわけがないのだ。

「落ち着いたら、呼ぶから遊びに来てね」

 俺が首になる前にね。

 よく考えたら、二人ともプロジェクトに参加するわけなので、いつでも会えるじゃないか。

 名残惜しいということもない。

 そのまま別れて、帰りがけに夜食用にと思ってパンの塊をいくつかかすめ取り、それから俺は寮の自分の部屋に戻って私物をまとめた。

 絵本が大量にあるけど、これはとりあえず『栄冠の空』に返却しないとな。

 青空教室用に貸し出して貰えないか、ホトウさんかキディちゃんに聞いてみよう。

 こっちに転移したときに俺が身につけていたものとか、バッグに入っていたものは、まとめて担ぐ。

 ちなみに、スマホはとっくに電源が切れて、ただの板になっていた。

 充電しようがないしな。

 あとは、本当に何もないなあ。

 日本だと、私物が山のようにあって、2トントラックでも呼ばないと引っ越ししようがなかったんだけどな。

 こっちの生活はシンプルだ。

 まず、電化製品がない。

 冷蔵庫もテレビもパソコンもないし、衣類にしたって数着しかない。

 まあこれは、こっちの生活が長くなると増えてくるだろうけど。

 あと、近代工業製品のたぐいがまったくないから、身の回りの道具類が実に少ない。

 量産品がないからね。

 基本的には全部手作り。

 従ってどんなものでも基本的に割高なので、なくてもいいものは極力持たないようになる。

 日本の江戸時代も、部屋の中はがらんとして事実上家具は箪笥くらいしかなかったらしいし。

 人間、生活するのに本当に必要なものがどれだけ少ないか、やってみたら判るけど驚くぞ。

 俺も驚いたもんな。

 借りている絵本はまとめてベッドの上に置いておく。後で、ジェイルくん辺りに『栄冠の空』に運んで貰うよう、頼んでおこう。

 ちょっと、このまま持って行くには大量すぎるから。

 俺もギルドの上級職らしく、人を使うことを覚えなければ。

 本当は、まだ読みたい本が結構あるんだけど、それはギルドで別途手配して貰えばいいか。

 俺も図々しくなったもんだ。

 プロジェクト次席だからね。

 少なくとも、首になるまでは。

 外を見ると、日が暮れかかっていたので、急いで部屋を出た。

 こっちの世界では、日が暮れたら人はあまり出歩かない。

 街灯のたぐいが整備されてないので、道が真っ暗になってしまうのだ。

 おまけに普通の家は予算の関係でガラス窓とかがほとんどないので、中が明るくても光があまり漏れない。

 結果として、基本的に夜は真っ暗である。

 この辺りはあまり家がないので、星が凄いよ。

 もちろん、外出しようと思えば出来ないことはないんだけど、出かけても店は開いてないし、人通りもないので、何もできない。

 あ、もちろん繁華街あたりの酒場は開いているらしいけど、俺は行ったことがない。

 酒が特に好きというわけではないので、行ってもつまらないしな。

 大体、異世界で酒飲んで油断したら、何が起きるかわからないじゃないか。

 だから俺は、こっちに来てから酒なんかまったく飲んでいない。

 勧めてくれる友人もいなかったし。

 よって、飲酒に年齢制限があるかどうかも判っていない。

 そんなことを言い出したら、実はこっちの成人年齢って何歳なのかもよく判らないのだ。

 ジェイルくんたちに聞いても判然としなかったしな。

 どうも、成人とか未成年とかいう概念自体、希薄らしい。

 一人前の仕事をしていれば成人、という雰囲気がある。だから、日本における中学生くらいでも、きちんと能力を認められて社会的にそれなりの立場があれば、成人として認められているようだ。

 これって、前に何かで読んだことがあるけど、産業革命以前のヨーロッパと同じなのではないか。

 当時、ヨーロッパでは子供は「小さな大人」として扱われていて、だから工場労働などにも普通に従事させられていたらしい。

 それどころか、海軍の戦艦にも乗っていたそうだ。

 もちろん、身体が小さいし力も技術もないから、安くこき使われていたと。

 つまり、子供は保護されるべきもの、という概念がなかったのだ。

 だから、逆に言えば若くても大人並みの実績を上げれば、一人前の給料を貰えるし、高い地位につくこともできる。

 なんかもう、民主主義とか人権とか以前の世界だよね。

 大体、選挙というものがないようだ。

 ギルドの評議員だって、相対的に力や地位がある人がなるというし。

 まあ、俺には判らない何らかの規則か慣習があるのかもしれないけど。

 そんなことを考えながら、俺はトボトボと新しい住まいに向かったのであった。

 荷物が重かった。

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