24.契約締結?
それからは早かった。
何とかみんなを立ち上がらせて領主館に入れて貰い、応接室らしい部屋で改めて挨拶を交わす。
子爵閣下はこないだとは別人のように大人しかった。
やっぱ虚勢を張っていたんだろうな。
俺に向かって「すべてお任せ致します」と言ったきり黙ってしまった。
何を?
「失礼いたします」
俺の後ろに並んだ人の中から中年の官吏タイプの人が進み出た。
こんな人いたっけ?
「ナーダム興業舎支配人のロロニアより契約書類を預かっております。
ご確認をお願いします」
「ありがとうございます」
向こうからも執事の人が進み出る。
「こちらが写しでございます」
俺があっけにとられている間に二人は向かい合ってお互いに礼をとると書類を交換し、その場で確認を始めた。
ややあってほぼ同時に顔を上げる。
「確かに」
「よろしいようで」
それだけ?
「では契約成立ということで。
ナーダム興業舎はただちに業務にかからせていただきます」
「よろしくお願い致します」
執事の人が深く頭を下げると同時に、子爵閣下の配下らしい人たちが歓声を上げた。
「やった!」
「助かった。
これでひとまずは安心だの!」
「いや、油断は出来ぬ。
ナーダム興業舎の支援があったとしても、こっちが対応仕切れるかどうか」
「やるしかないじゃろうて。
もう後がないんじゃ」
配下らしい人たちはひとしきりお互いを励まし合った後、座っている俺に対して一斉に頭を下げた。
「「「ありがとうございました!
ヤジマ皇子殿下!」」」
「あ、はい。
よろしくお願いします」
何がなんだか判らないけど上手くいったらしいので返しておいた。
最後に子爵閣下が俺に向き直って深く頭を下げてくれた。
「重ね重ねのご無礼、申し訳なかった。
にも関わらずのご厚遇、本当に感謝致します。
どうかお許し下さい」
うーん。
俺、よく判らないんだけどね。
北聖システム時代に倒産しかけていた顧客の零細企業が何かの支援を受けて立ち直った時みたいだ。
そうなんだろうけど。
ナーダム興業舎、何をするんだろう。
まあいいか。
俺は「今後ともよろしくお願いします」とか適当に言って終わらせた。
その後、俺たちは領主館に泊めて貰うことになったんだけど、子爵側では碌なおもてなしができないということで、こっちの料理人が材料を持ち込んで晩餐を開くことになった。
急な話なので簡易版の夕食しか揃えられなかったと料理長に謝罪されたんだけど、子爵閣下およびそのご家族には大好評だった。
それはそうだよね。
今回の派遣隊に同行してくれた料理人さんたちは一番下っ端と言えどもヤジマ食堂の精鋭だ。
前に聞いた所では、ヤジマ食堂の料理人ならどんな街のレストランでも料理長が務まると言われているそうだ。
見習い料理人ですら、他のレストランの料理人になれると。
腕はこの子爵領主館の料理人を確実に凌駕するはずだ。
「お恥ずかしい話なのですが」
次期領主だという中年にさしかかった人が言った。
「領主館には正規の料理人がおりませんので。
前は腕の確かな者がいたのですが、高齢で引退した後は補充が出来ず」
なるほど。
給料が払えなかったと。
「するとどなたがお料理を?」
「恥ずかしながら私共が手分けして作っております」
初老だけどまだ充分綺麗なご婦人がおっしゃった。
子爵夫人らしい。
一緒に頷いている女性方は次期領主の正室や姉妹だそうだ。
そこまで逝っていたとは。
果てしない撤退戦に耐えてきたんだろうな。
「ですが!
これからは違います!」
次期子爵の人が顔を紅潮させて言った。
「ナーダム興業舎との業務提携によって、我がタルサ子爵領は一大食料供給地に生まれ変わります!
野生動物の方々向けとはいえ、豊富な食材と大量の調理経験は我が領地をグルメ垂涎の美食の聖地へと生まれ変わらせることでありましょう!」
そうなの?
何か論理に飛躍が見られる気がしますが。
それにしてもアレか。
ナーダム興業舎、じゃなくてヤジマ商会、というよりはユマさん、この子爵領を野生動物向けの食料基地に仕立て上げるつもりらしい。
「それに伴って領主……いや領民どもへの食料供給も滞ることなく」
「その辺りにしておけ」
さすがに子爵閣下の物言いが入って演説は中断された。
そうか。
何か既視感があると思ったら、この領地って規模は違うけどアルが国王やってるフユラ王国に似ているんだよ。
辺境と言っていい土地で、領地は山と原野が占めていて土地が痩せている。
産業が育ってないためにいつも貧乏。
出稼ぎなどで人がどんどん逃げつつあり、このままではじり貧な所までそっくりだ。
ていうかこの何とかいう領地って、フユラがあのままあと数世代たったらなっていただろう状態なんだろうな。
経済が破綻寸前で潰れかけている。
アルは国王らしく、そうなる前に俺に相談を持ちかけてヤジマ商会を引き込んで底に着く前に回復軌道に載せたみたいだけど、この領地は今までそんな機会がなかったんだろう。
なるほどね。
ヤジマ商会の裏の力は野生動物だ。
そして連中はいとも簡単に釣れる。
美味い飯を食わせるだけで一発だからね。
俺はまたしても引金に使われたか。
別にいいんですが(泣)。
食事の後、上品だけどどことなく寂れたような部屋に案内された俺はハマオルさんに聞いてみた。
やはり知っていた。
「ロロニア殿とこちらの執事殿が予め契約を交わしておりまして。
発動条件は主殿の命令でござます」
「話はとっくについていたんですね?」
「は。
ただ、やはり主殿の了解を得ずに契約を結ぶわけには参りませんので。
事前に申し上げなかったことをお詫び致します」
うーん。
まあ、外見上は俺が視察に来て現地の状況を見た上で判断したことになったわけか。
その方が説得力があるからね。
変に教えて貰わなくて良かった。
余計なこと言ってぶちこわしにしたかもしれないからな。
でもよく考えたら別に俺がここに来る必要ってなかったんじゃない?
「それについてはユマ殿より伺っております」
今度はラウネ嬢が言い出した。
「ひとつはヤジマ皇子殿下をお守りするためとおっしゃっておられました」
「俺を?
誰から?」
またぞろ俺を暗殺しようとか考えている人でもいるのか。
「オウル様が次期皇帝に登極なされるという噂が流れ、さらにヤジマ皇子殿下が後援者であることも既に事実として流布されているそうでございます。
これまでは有力な領地貴族や大商人に限って面会の予定を組んでこられたようでございますが、噂が流れた途端に無数の要請が殺到してきまして」
ああ、そうか。
社交が一段落したんじゃなくて、とりあえず打ち切ったわけね。
切りがないから。
誰かに会ったら似たような人とも会わなければならなくなるし。
「それで俺を帝都から逃がしたと」
「御意。
もちろん視察も重要でございます。
ユマ様はこの機会に是非、帝国の現状を直接ご覧になって頂きたいとおっしゃっておられました」
ユマさんが言うんだから正しいんだろうな。
「もうひとつの理由としては、主殿の休暇ということでございます」
ハマオルさんが意外な事を言い出した。
「社交を続けられてお疲れのようでございましたので、この機会に観光がてらのんびりして頂きたいと」
さいですか。
俺なんかよりみんなの方が疲れているような気がするけどね。
まあいいか。
「判りました。
で、とりあえず用は済んだわけですよね?
このまま帰っていいんですか?」
片道3日で現地滞在1日の旅行か。
サラリーマンの休暇なんかそんなもんだろうけど。
だがハマオルさんは首を振った。
「いえ。
予定では、あといくつかの領地を回ることになっております」
「現地ではヤジマ皇子殿下の到着を持って契約締結ということになりますので、皆様首を長くしてお待ち申し上げているとのことでございます」
パネェ。




