23.号泣?
今の俺の身分は外国の近衛騎士ということになっているらしかった。
別に嘘じゃないからね。
自分が持っているどんな爵位でも名乗れるんだし。
貴族としては最下級の近衛騎士程度なら、たまたま目的地に行くヤジマ商会の輸送隊に便乗して動いてもおかしくない。
従者はいるにしてもあまり豪華な宿に泊まったり大量の護衛を連れていたりしなくても不思議に思われないということで。
輸送隊自体は本物でも構成員は全員と言っていいほど護衛らしいんだけど。
ちなみにちゃんとヤジマ食堂の料理人さんたちも同行してくれているので、道中の飯は美味かった。
輸送隊の連中も大喜びだった。
実に美味かったので、料理長を呼んで貰ってお礼を言った。
「忙しそうなのにすみません」
「何の。
ヤジマ会長に召し上がって頂ける以上の喜びはございません」
料理長は二十代半ばのイケメンで、何とヤジマ芸能で最初の頃にやっていた「小学校」の出身だと。
もっとも既に読み書きが出来たので、教える側だったらしいけど。
「私の実家は王都で商売をやっております。
三男坊ですので実家を継げず、最初は役者を目指してセレス芸能に入ったのですが」
セレス芸能が解散した後のオーディションで運良くヤジマ芸能に採用されたのだが、やはり役者としては芽が出なかったそうだ。
でもバイトで駆り出されたヤジマ食堂の下働きをしているうちに腕を認められて引き抜かれた。
「やってみるとこれが天職でして。
料理人として正式採用されました」
ヤジマ食堂の料理人見習いとして働き始めたのだが、読み書きが出来るのでレシピなどの覚えが早く、スピード出世したらしい。
正規の料理人に昇格したと同時に選抜されて帝国遠征隊に加わったという。
ご苦労なことです。
こんな所まで俺についてきて大変だなあとか思っていたら、熱意を込めて言われた。
「とんでもございません!
ヤジマ会長に召し上がって頂ける食事を作る機会を逃す料理人は、ヤジマ食堂にはいませんよ。
現にこの視察旅行の随行料理人は志願者が多くて大変でした」
そうなの。
でもその中から選ばれたんだから凄いじゃないですか。
「いえ。
正直申し上げますと、こういった場合の常としてくじ引きで決まりました。
コンテストなどでは決められませんし、他の方法で選んだ場合はかなりの確率で殴り合いになってしまいますので」
さいですか。
まあ、好きにして下さい。
でも飯は実に美味いので、人選は正しかったみたいですね。
「ありがとうございます!
精進します!」
「よろしくお願いします。
それから俺の事はマコトと呼んで下さい」
またやってしまった。
イケメン君の表情が歓喜で爆発し、その場で踊り出しそうだったので退席して貰った。
いけね。
名前聞き忘れた(泣)。
まあいいか。
男だからな。
どうせ聞いてもすぐに忘れるし。
そんなどうでもいいような事をしながら俺たちは順調に進み、途中で適当な宿に一泊して翌々日の昼頃には何とか領の領境を越えた。
「荒れていますね」
ラウネ嬢が窓の外を見ながら言った。
「そう?
普通に見えるけど」
「領境に警備隊が配置されておりませんでした。
おそらくその戦力を別の用途に回したのではないかと」
慌てて窓の外を見てみると、確かに領境のこっち側には警備兵がいない。
俺たちが越えてきた側にはきちんと警備隊員がいて通行人をチェックしていたので気がつかなかった。
「大丈夫なのかな」
「タルサ子爵領に入ってくる者や出て行く者を止める気がないということです。
むしろ出て行って欲しいのかもしれません」
「何で……ああ、領地が荒れているからか」
それだと有能な人から逃げてしまいそうだけど。
でも倒産寸前の会社なんかそんなものかもしれない。
自分で何とか出来る者は自由にやってくれということで。
こっちの世界では未だに人間の数が国力だけど、逆に人口が多いと食わせていくのも大変だからな。
リストラのつもりか。
同じように入ってくる者も制限していないんだけど、当たり前だ。
倒産寸前の会社に好んで入社する奴なんかいない。
盗賊の類いも避けるかもしれない。
ということは、マジでヤバいわけで。
「オウル様のリストの筆頭にあった領地という事ですね」
「そこまでヤバいとは思わなかったな」
「帝国軍が下支えしているので何とか持っているようなものということでございます。
でなければとっくに崩壊していると」
うーん。
ユマさんが視察して来いと言ったのはこれが理由か。
どうも俺、まだ事態を甘く見ていたみたいだ。
領境に警備兵を置けないほどにまでなっているとは思わなかったぞ。
馬車隊は順調に進んでいたが、街道の周囲は荒れ地が続いていた。
あまり畑作や放牧には向かない土地らしい。
河もないので漁業も出来ない。
マジで詰んでいるんじゃ。
しばらく進んで、ようやく集落が見えて来た時にはほっとした。
何かホラー映画でも見ている気になってきたからね。
あるいは世紀末何とかみたいな無法地帯なんじゃないかと。
街道の周りにも畑が増えてきたけど、あまり豊かには実っていないようだった。
働いている人も見えない。
経済的には既に逝っているのかも。
街の入り口らしき場所でいったん停止し、さすがに誰何してきた警備兵らしい人に用件を伝えて貰う。
伝令が走ってきて御者席から降りたハマオルさんと短く話し、また駆け去った。
「主殿。
ただいまこの集落の代官に連絡をとっております。
もうしばらくお待ち下さい」
「よろしくお願いします」
さっき飯を食ったばかりだから別にいいんだけどね。
今乗っている馬車はいつもと違って狭いし飲食用の設備がないんだよ。
俺の馬車、凄いよね。
トイレもあるし、軽食くらいなら中で作って食う事も出来るからな。
贅沢に慣れすぎたのかもしれない。
しばらく待っていると、ハマオルさんが呼びかけてきた。
「ここでは邪魔になるとのことで移動します」
「あ、はい」
そんなの別に言わなくてもいいのに。
馬車が動き出し、街道から少し離れた空き地に向かう。
人口が少ないせいか、集落のすぐそばも空き地だらけだった。
そういえばこの領地は子爵領だと言っていたけど、つまり領主は当たり前だが子爵だ。
帝国における爵位はよく判らないんだけどね。
俺の耳に子爵だの伯爵だのと聞こえているだけで、本当は違うのかもしれない。
そもそもソラージュの爵位についても俺の耳には地球の欧州の貴族制度と同じに聞こえているだけで、本当に伯爵とか侯爵かどうかは不明だ。
まあ、上級・中級・下級貴族という分類はできるらしいけど。
つまり帝国の貴族制度がどうあれ、俺に子爵領だと聞こえているということは、この領地は下級貴族が治める土地だということになる。
領地の広さや生産力なんかが身分の高低に比例するとは限らない。
でも前に紹介された有力な領地貴族の爵位がほとんど侯爵だったことを考えると、貴族の身分としてはやはり低い方なんだろうね。
つまりそれだけ条件が悪い土地だということだ。
苦労しているんだろうなあ。
名前忘れたけどあの何とかいう子爵の人が荒れているのも無理はないかも。
伝令が戻ったらしくて馬車が動きだし、俺たちはまた単調な街道旅に戻った。
領都? に着いたのは夕方だった。
結構広い街だけど、寂れているなんてもんじゃない。
日本の地方都市の駅前商店街を思い出してしまった。
シャッター通りというか人がいないというか。
中央広場らしい場所にもほとんど店がない。
いやお店はあるんだけど開いていない。
人も見えないんだよ。
普通なら夕食の買い物客とかがいるはずなんだけど。
北方諸国でも首都がこれほど酷い国はなかったぞ。
マジで詰んでいる。
なるほど。
ユマさんが視察してこいと言った理由が判った。
これはほっとけないよね。
馬車隊はまっすぐに広場を突っ切って最奥にある館に向かった。
城ほどの規模はないし、屋敷というには大きすぎるから館だ。
子爵閣下の本拠としては充分だけど、領主の住む建物には見えない。
つまり貧乏か。
門番もいないので、護衛の馬車を先頭にして敷地に勝手に侵入する。
先触れが出ていたらしく、エントランス前にはあの何て言ったっけの子爵閣下と執事さんが待っていた。
周りに立っている人たちは配下なんだろうけど、数が少ない上にみんな年配じゃない?
北聖システム時代に顧客だった零細企業とマジで同じだ。
若い連中は最初から入って来ないか、あるいはとっくに逃げ出してしまっているんだよね。
子爵閣下の周囲にいるのは長年仕えてきた配下の皆さんで、死なばもろともの家臣たちなんだろう。
馬車が止まり、ハマオルさんが身軽に御者席から飛び降りて扉を開けてくれた。
ラウネ嬢が素早く駆け下りてその場で片膝を突く。
「ヤジマ帝国皇子殿下。
よくいらっしゃいました」
あの執事さんが間髪を入れずに叫び、エントランスに並んでいる人たちが領主閣下を含めて一斉に片膝をついて頭を下げた。
「「「よくおいで下さいました。
ヤジマ皇子殿下」」」
声が揃った?
練習でもしたのか。
俺は偉そうに頷きながら馬車から降りた。
そのまま子爵閣下の所まで進んで失礼だけど見下ろす形で向かい合う。
ええと、何て名前だったっけ?
(メド・タルサ閣下でございます)
ハマオルさんの遠当ての術、サンクス!
「メド閣下。
ご領地を拝見させて頂きました」
「は」
メド子爵は身を縮めた。
汗をかいている。
何で?
まあいいか。
「乗っ取りなどは考えておりません。
業務提携です。
協力してタルサ領を再生させましょう」
このくらいフカしてもいいよね。
「……ありがとう、ございます!」
号泣するようなメド子爵の声。
そんなに?




