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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第四部 第八章 俺が征服者(コンキスタドール)?

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20.酒乱?

 思いもかけず楽しい時間になった。

 ラウネ嬢は別としてみんな皇族身分で気の置けない話が出来たし、シルさんもアーリエさんも遠慮というものがなかった。

 カールさんは落ち着いて色々と話してくれたし。

 考えてみれば、ここにいる人たちはみんな実に色々な経験を積んで、組織の頂上まで登り詰めた経験があるんだよ。

 俺はもちろん平サラリーマンだったから知らないけど、経営者の集まりってこんなんじゃないかと思う。

 異業種の社長同士が和気藹々と話しているみたいだった。

 勉強になるなあ。

「そんなことを言っているが、この中で一番凄いのはマコトだぞ?

 他の全員が束になってもマコトの業績には遙かに及ばん」

「そうじゃな。

 わしらは既にある組織の中を昇っていっただけじゃ。

 徒手空拳から始めて自力で空前の大組織を築き上げたマコト殿とは比べものにならんの」

 いや、あれは俺がやったんじゃなくてですね。

 最初は(ハスィー)が。

傾国姫(ハスィー)殿か。

 帝国にも噂は聞こえているよ。

 絵本も出回っているしね。

 それほどの存在を惹き付けることが出来たマコトさんはやっぱり凄いよ」

 そういう話は止めましょう。

 それよりは帝国のことを聞かせて頂ければ。

 水を向けるとアーリエさんは皇族について色々と教えてくれた。

 腐っても紋章院長だ。

 何でも知っている。

「何でもは知らないよ。

 職務に必要な事は覚えたけど」

「紋章院のお仕事はこないだ聞きましたけど、組織をどうやって維持しているんです?」

 聞いてみた。

「運営は会舎と同じだね。

 人事については帝国政府には一切頼れないので独自にやっている。

 向こうも干渉してこないから助かっているけど」

「職員の募集とかするんですか?」

「引退したり何かあって辞めたりした者を都度補充している。

 大抵はコネだね。

 職員の親戚とか」

 なるほど。

「癒着の原因になりませんか?」

「この仕事にはあまり旨味がないからね。

 給料も高くないし。

 出世の機会もほとんどない。

 そのくせ守秘義務は凄いし行動にも縛りが大きい。

 何か大きな事をやりたいとか昇っていきたいとか思っている奴は入ってこないよ」

 さいですか。

 確かに紋章院って安定はしているだろうけど、やりがいがあるとか面白いとかいう職場じゃないな。

 日本で言うとどっかの役所や業界の関連団体みたいなものか。

 事業内容は決まっていて定例通りだし、経営陣(トップ)は天下りしてくる。

 業績を上げて組織を大きくしようとか、新しい分野に進出しようというような目的は皆無だ。

 事業としての発展性もない。

 いくら出世しても誰かに使われる立場だ。

 まあ、そういうのがいいという人も結構いるから人気がないわけじゃないだろうけど。

「それどころか大人気だよ。

 誰かが退職するという噂が流れただけで売り込みが来るほどだ。

 コネがあっても必ず入院できるとは限らない。

 だからそれなりに優秀な職員が揃っている」

 まあ、確かに直接皇族に仕える立場だしね。

 役所の格としては凄く高いそうだ。

 形式上は皇帝陛下直属なんだよ。

 つまり紋章院長であるアーリエさんの直接の上司は皇帝陛下ということになる。

 そもそも紋章院長(アーリエさん)自身が皇族だし。

「だから皇帝選挙の命令が紋章院(ここ)に下ると」

「そう。

 皇帝選挙は紋章院の専管事項だ。

 次の皇帝を選ぶのは我々だからね」

 アーリエさんは苦笑していた。

 別に紋章院が選ぶわけじゃないけどね。

 選挙管理委員会みたいなものか。

「そういえば紋章院長には任期があると聞いたが」

 シルさんが聞いた。

「あるよ。

 最大3年間。

 再任はない。

 私は今年で3年目だから、何とか間に合った」

 何と。

 アーリエさんはもうすぐ退職ですか。

 だからかよ!

 こないだのアレって本気だったと。

「もちろんだよ!

 こんな美味しい話をむざむざ逃すはずがないでしょう。

 紋章院長の立場のおかげでマコトさんと直接話せて、しかも名前で呼ぶ権利を手に入れることが出来たんだ。

 もう一押し!」

 相撲か何かですか。

「そういう話はユマに言ってくれ。

 マコトや私にはヤジマ商会の雇用権限がないんでな」

「わしにもない。

 すべて支配者(ユマ殿)の思し召し次第じゃね」

 そうなんだよ。

 俺にはヤジマ商会の人事権限は無い。

 シルさんやカールさんにもない。

 シルさんはアレスト興業舎の舎長だから雇えそうなものだが、帝国皇族の雇用は無理だ。

 ヤジマ商会全体の企業戦略に関わってくるからね。

 まさか平舎員として採用するわけにはいかんでしょう。

 そういうのは全部本舎権限だ。

 具体的にはジェイルくんかユマさんだね。

 帝国(ここ)でとなるとユマさんしかいない。

 つまり、ヤジマ商会は戦略室長(ユマさん)のものなんだよ(違)。

「それは判っているんだ。

 その上でお願いする。

 マコトさん、いいでしょう?」

 アーリエさん、必死ですね?

 まあいいか。

 これだけ有能(はらぐろ)で守銭奴で帝国皇女の人を追い返して敵に回られても困るし。

 ユマさんなら飼い慣らせると思う。

「判りました。

 いいですよ」

「やったーっ!

 マコトさんから言質を取った!」

 アーリエさんは大はしゃぎだった。

 残りの皇族が生暖かい笑みを浮かべる中、アーリエさんはやにわにワゴンに載っていた酒瓶を掴んで栓を抜き、コップにドボドボと注ぐ。

 ぐいっと一気飲み。

「よし!

 これで私もいずれはヤジマ商会舎員だ!

 食いっぱぐれは無くなった!」

 壊れた?

「いや、まだそう決まったわけでは」

「ユマ殿と約束してるんだ。

 マコトさんの了解が得られたら雇ってくれるって!」

 さいですか。

 別にいいけどね。

 しかし職務中に酒はちょっと。

「今回だけ!

 今だけだから!」

 もう何も言えないな。

 それに、考えてみたら酒を飲んで困るのはアーリエさんの方だ。

 「心の壁」が揺らいで内心がダダ漏れになるそうだし。

 紋章院長がそれでいいのか?

「いいのいいの!

 もう今日は仕事しないし!」

 だったらいいか。

 でも酔っ払いに絡まれるのはご免だから、俺はそろそろ引き上げたいんですが。

 そういうとアーリエさんは早くも酔っ払ったのかトロンとした目つきで言った。

「泊まっていく?」

「帰りますよ!」

「そうか。

 それじゃお疲れ様」

 アーリエさんはそう言って、また酒を注いでグビグビ飲み始めた。

 呆れるほど判りやすいな。

「ではわしらも引き上げるか」

「オウルさんたちはどうします?」

「ラウネ殿に聞いて貰ってもいいかの?」

 俺が頷くとラウネ嬢は頭を下げた。

「かしこまりました」

「それじゃそういうことで」

 話は決まったけど俺たちだけじゃ動けないんだよね。

 貴族というか皇族とはそういうものだ。

 俺もやっと判ってきた。

 何かやるときは「手の者」に任せるんだよ。

 ラウネ嬢が素早く部屋を出て行くのを尻目に俺とカールさん、シルさんはデザートを食いながら待った。

 アーリエさんは俺たちを無視して酒を何杯も飲んでいる。

 本当に大丈夫か?

「絡まれんうちに逃げよう」

 シルさんが囁いた時、ラウネ嬢が戻って来た。

 律儀にノックしてからドアを開けて入ってくるとその場で片膝を突く。

「ただいま戻りました」

「オウルさん、どうするって?」

「まだ挨拶が終わりそうにないので先に引き上げて頂いて結構ということです。

 自分(オウル様)が皇族を惹き付けている間にどうぞ、と」

 オウルさん、出来る人だな。

 フレスカ大尉(さん)もつきあうらしい。

 いいコンビだ。

「それでは行くかの」

「ご案内いたします」

 そういうわけで、俺たちは(くだ)を巻き始めたアーリエさんを置いて逃げ出した。

 やっぱ酒乱だったか。

「ああいうのが同僚になるのかと思うとな」

 シルさんが急ぎ足で歩きながら顔を顰めた。

「そこまで来ますかね?」

 シルさんはヤジマ商会の大幹部だよ?

 いくら帝国皇女で元紋章院長とはいえ、おいそれと並べる立場じゃないだろう。

「有能であることは間違いないし、帝国内でのコネや伝手は大したもののはずだ。

 でなければ紋章院長にはなれないからな」

 なるほど。

 確かにそれはそうだろう。

 紋章院長とは皇族全員の、ということはつまり帝国の運命を握れる立場なのだ。

 なりたいからといって簡単になれるものじゃない。

 しかも紋章院長になったということは少なくとも帝国皇族全員と知り合って、しかもある程度の影響を持っているということになる。

 だからユマさんは入舎を簡単に許可したのかな。

「ま、いくら立場が大きくなると言っても帝国内のことじゃな。

 マコト殿には直接関わって来ないはずじゃから、気にせんでも良い」

 カールさんが慰めてくれたけど、うーん。

 まあそうか。

 俺はこの後帝国を去るし、出来れば二度と関わり合いになりたくない。

 事業関係でということなら会うこともあるかもしれないけど、それこそビジネスライクに付き合えばいいだけだ。

 気にしない気にしない。

「アーリエより問題なのがいるだろう」

 シルさんが言った。

「オウルの奴、絶対につきまとってくるぞ。

 間違いなくソラージュにもついてくる気だ。

 覚悟しておけよ?」

 パネェ。

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