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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五章 俺はギルドの臨時職員?

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8.青空教室?

 それからもしばらくは、単調な日々が続いた。こういう時は、待つしかない。

 色々な調整やら交渉やらが必要なんだろうな。そういうのにはカカワリアイになりたくないなあ。

 俺は、あいかわらず朝夕のジョギングと日中の市内観光の毎日だ。

 形式上、俺はまだ『栄冠の空』所属になっているらしく、日当というか給料が出ている。

 仕事は何もないけど。

 ギルドに採用されると同時に、契約が切れるらしい。

 なんていい暮らしなんだ。

 最近では近所は行き尽くして、マルト商会からみてアレスト市の反対側辺りまで遠征している。

 半日あれば一周できる程度なんだよね、アレスト市って。

 小金が入ったので、朝夕はマルト商会で食べているけど、お昼は遠征した場所で適当な店に入って食うようになっている。

 でも、さすがに「楽園の花」亭のような高級店は少ないし、それ以外は大衆食堂以外の何物でもなかったので、そろそろ飽きてきていた。

 まあ、高級レストランは高いので、あまり入りたくはないけどね。

 そのため、天気がいいと外で買い食いしながら絵本を読むのが習慣になったが、あいかわらず子供たちにまとわりつかれている。

 最近では、輪になって取り巻くようにすらなってきた。

 だんだん輪が狭まってくるので、怖くなって声をかけてみたら、代表らしい子が出てきてはっきりと言ってきた。

「すみません。絵本を見せて貰っていいですか」

 俺より頭一つ小さい、活発そうな子だった。短いくすんだ金髪で、すっきりした小顔の、成長したらさぞかしイケメンになりそうな小僧である。

 子供達のリーダーであるこの子の名前はシイルで、家名はないということだった。

 着ている服は粗末だけど、浮浪児という風ではなく、きちんとした恰好をしている。

 よく見ると、子供達はみんな幼くて、日本だったら小学校の中学年から高学年というところだろう。

 良かった。

 オヤジ狩りかと思ったぜ。

 聞いてみると、シイルを筆頭にみんな、貧乏な家の子供たちだった。

 子供だからといって遊んでいられるほどの余裕はないのだが、まだ幼くて野外労働には雇って貰えない。

 かといって、誰かに弟子入りできるほどのコネもないので、仕方なく半端仕事を探しながら市内をうろついているらしい。

 義務教育制度や訓練施設がないからな。

 こっちでは、知識や技能を身につけたければ、その知識や技能を持っている誰かに教えて貰うしかないのだ。

 だが、弟子になるのにもコネや金が必要だ。

 それがなければ、雑用しながら成長して野外肉体労働に雇って貰えるようになるのを待つしかない。

 畑仕事なんかの単純労働なら、特に教育を受けなくてもできるからな。

 ホトウさんが『栄冠の空』の冒険者になれたのも、裕福な家の出で、付け届けが出来たというか、コネがあったからだという話だったし。

 そういうことなら、俺としては協力してやるのにやぶさかではない。

 別に俺が損したり、負担になったりすることでもないしな。

 絵本は借り物なのでやるわけにはいかないが、俺の見ている所でなら自由に読んで貰ってかまわないと言ったら、異様に感謝された。

 絵本といえど本は高価で、とても彼らが買えるような値段ではなく、読めるだけでありがたいそうだ。

 こっちには図書館といった便利な施設はないからなあ。

 字が読めるかどうかで、今後の人生が違ってくることを知っているシイルくんたちは、確かによく判っている。

 判っていない子供たちは、そもそもここにいない。

 それからは時間と場所を決めて集まって貰って、俺が持っていく絵本を子供達がみんなで輪読するようになった。

 青空教室である。

 雨の日は休みだ。

 といっても、さすがに何も知らないでいきなり絵本を見ても五里霧中だろうから、最初だけはシイルくんを初めとする年長組の子供達に、字を教えてやった。

 俺の復習にもなるし。

 しばらくやっているとめんどくさくなってきたし、シイルくんたちも大体絵本の読み方が判ってきたみたいなので、後は子供同士で教え合うように言って放置した。

 うん。手は抜ける限り、抜くべきだ。

 読んでいるだけでは覚えが遅そうだったので、『栄冠の空』から余っている練習用の板を貰ってきて配ったら、さらに感謝された。

 暇つぶしにはなった。

 まあ、辞令が出るまでだけどな。

 コミュ障気味の俺でも、相手が子供なら何とかなる。

 絵本をかっぱらって売ろうとしたガキもいたけど、シイルくんが配下(笑)の子供達と一緒に片っ端からぶっ飛ばしたので、近寄ってこなくなった。

 俺が何をする暇もなかった。

 凄いね、君。

 冒険者になったら出世するよ。

 そうやって毎日が過ぎていったわけだが、そんなまったりした待機状態も、ある日唐突に破られることになった。

 『栄冠の空』に顔を出すと、久しぶりにホトウさんが話しかけてきた。

「マコト。決まったみたいだよ。急で悪いけど、明日だって」

「突然ですね」

「何か式をやるらしいから、明日は直接ギルドに行ってね。僕たちも行くけど、マコトは何か用意があるみたいだから、少し早くね」

 何かあるのか。

 辞令をもらって終わりじゃないのかなあ。

 だってたかが臨時の職員だよ。

 でもハスィー様によれば、次席とやらにされるらしいから、就任早々挨拶とかさせられるのかも。

 めんどくさいなあ。

「服装はいつものでいいんでしょうか」

「聞いてないから、いいんじゃない?」

 投げやりだな。

 しかし、フォーマルウェアじゃなくていいというのはありがたい。

 冒険者用の作業着しか持ってないしな。

 それでいいというのなら、大した式でもないのだろう。

 いきなり歓迎会とか?

 その日はすぐに『栄冠の空』を引き上げたけど、考えてみたら俺って帰っても特にやることないんだよね。

 仕方がないので青空教室に行って、シイルを初めとする子供たちに「もう来られなくなる」と話したら、絶望的な声が上がった。

 いや、そう言われてもね。

 俺、宮仕えになるんだし。

 今の状況が異常なんだよ。

 それでも泣く子までいたので、週一くらいなら何とかなるかも、と苦し紛れに言ったら歓声が上がった。

 あ、これは駄目だ。

 しょうがないなあ。

 一瞬、バックレようかと思ったけど、結構顔が売れてしまっていて、アレスト市にいる限り、いつかは見つかりそうだ。

 後味も悪いしな。

 こんなことになるなら仏心なんか出さなきゃ良かったと思ったけど、後の祭りである。

 ボランティアなんか、日本にいた頃は一度もやったことがなかったのになあ。

 まあ、あの頃は忙しかったから。

 ラノベを読んだりゲームしたりアニメ見たりするのに。

 今はそんなの、全部出来なくなってしまっていて、暇なんだよね。

 でも、それも今日限りだろう。

 新しい職場に行かなければならないし、そこでの仕事は『栄冠の空』の比じゃないくらいきつそうだ。

 いや、今が緩すぎるんだけど。

「すみません、マコトさん。ボクたち、マコトさんだけが頼りなんです」

 シイルくん、君、人を口説くのうまいね。

 成長したら、ジゴロか何かで食っていけるかもしれないよ。

「うーん。約束はできないけれど、(絵本は)何とかしてみる。でも、これからはあまり俺を当てにしないで欲しい。君たち次第だよ」

「そうですか」

 憂い顔が美しいぞシイルくん。

 美少年って、マジいるんだな。

「とりあえず、連絡がつくように出来ないか? 君はどこに住んでいるんだ?」

「あ、ボクの方からマコトさんの所に行きます。マコトさんに来ていただけるような所ではないので」

 そんなに酷い暮らしをしているのか?

 まあいい。

 だけど、どうするか。

 正直、ギルドに勤めるようになったらマルト商会の寮は出なければならないだろうし。

 ああ、いい連絡場所があるじゃないか。

「シイル、『栄冠の空』って知っているか?」

「はい。一流の冒険者チームですね」

「拠点は判るか?」

「知りませんが、大丈夫です。調べます」

 ホントに君は冒険者向きじゃないのかシイルくん。

「よし。3日後に『栄冠の空』に来てくれ。俺の名前を出せば伝わるようにしておく」

 何カッコつけてるんだよ、と言われそうですが、相手は小学生くらいですよ。

 たまにはハードボイルドに決めてみたいではないですか。

「『栄冠の空』に、ですか? ひょっとしてマコトさんって」

「ああ。俺は『栄冠の空』所属の冒険者だ」

 なって一月もたってないけど。

 さらに、インターン上がりの契約社員だし。

 しかも今日までだけど。

 でも、目をキラキラさせて俺を見上げてくるシイルくんの夢は、壊したくないからね。

 俺は絵本を回収すると、子供達に手を振りながらジョギングして帰った。

 3日後か。

 忘れないようにしないと。

 それから夕方まで絵本を読んで、夕食前に長めにジョギングしてから飯食って寝た。

 マルト商会の最後の日だというのに、何してんだ俺。

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