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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五章 俺はギルドの臨時職員?

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5.出世?

 もうすっかり馴染みになった気さえするギルドに着いて、アレナさんと一緒に例の部屋に向かう。

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい。あ、マコトさんご無沙汰です」

 アレナさんの声に応えてくれたのは、プロジェクトの経理担当のマレさんだった。茶髪が垢抜けているな。

 多分地毛だろうけど。

 女の子の名前と顔は忘れないのだ俺は。

「ハスィー様は?」

「評議会に説明に行っています」

 忙しそうだなあ。

 昨日の突然の式典について、上から色々言われているんだろうな。

 俺たちだけ休んでしまって申し訳ないくらいだ。

 ん?

 さっきのアレナさんの話が正しければ、俺も休みなしになるのか?

 それは嫌だ。

 最低でも週休2日は確保したい。

 ところで、こっちの世界の暦は、実はまだよく理解できていない。

 地球と同じく、年月日があるということはわかったのだが、地球みたいに1月2月……というような数え方ではないらしいのだ。

 まあ、それを言ったら地球でも1月とか2月とか言っているのは省略形で、実は何とか月、という言い方があるのは同じなんだけど。

 こっちでは、暦についてはアラビア数字的な数え方はしてないんだよなあ。

 ちなみに、数学的にはゼロのある体系を使っている。でなければ、商業なんかめんどくさすぎるからな。

 でも月の名前は、ごてごてした形容詞付きの奴をそのまま使っているんだよ。

 物凄くめんどくさい。

 絵本なんか、ただ月の名前を数えるだけで一冊使っていたほどだ。

 碧き大地の凍てつく月とか、天高く光溢れる月とか、そういうのばっかで、ついに諦めた。

 というか、こんなもんはほっといても必要なら覚えるだろうということで、当面は放棄した。

 ただ、月が原則12あることだけは覚えたけど。

 月は4週からなり、週は7日から成っていることも判った。

 つまり一月は28日だ。

 閏月と閏日もあるらしい。

 明らかに太陰暦だよね。

 そこら辺は、江戸時代までの日本もそうだったらしいので、何とか理解できたんだけど。

 もっと重大なことに気づいてしまった。

 そう、こっちの世界って地球とそっくりなだけでなくて、太陽や月まで同じなんだよ。

 実際、太陽や月は違和感ないし、星座も見覚えがある。北斗七星なんかもあったし。

 どう考えても、ここってもうひとつの地球だよ。パラレルワールドというか、違った歴史を辿った地球というか。

 生物層がほぼ同じというのも頷ける。大昔から、時々交わっていたんだろうな。

 地球でこっちから行った『迷い人』の話が広まらなかったのは、多分悪魔とかの伝説に混ざってしまったせいだろう。

 魔素がないと、言葉が通じないから、単なる異邦人になってしまって迫害対象だもんな。

 スウォークなんか、邪悪なる竜というところか。

 良かった。

 転移したのが地球からこっちで。

 俺がウダウダ考え込んでいる間に、アレナさんは荷物を俺から取り上げて自分の机に積み上げた。

 その間に、マレさんがお茶を入れてくれる。

 ああ、いいなあ。

 このオフィス感覚。

 俺が『栄冠の空』用の長机につこうとしたら、マレさんが「こっちです」と呼んだ。

 それ、次席の場所じゃないの。

 あの何とか言う元次席の。

「フィーは離任しましたから、ここはマコトさんの席ですよ」

 いやいや、辞令も出てないし、大体何も聞いてないのに、そんな席には座れませんよ。

「私はまだ聞いてないし、こっちで結構です」

「そうですか。慎重ですね」

 あのね、マレさん。

 業者には業者の立場ってものがあるんですよ。

 そういう礼儀は、会社で叩き込まれたからな。

 どうもマレさんって、気が利きすぎて逆にそこら辺の配慮が少し欠けているというか。

 多分、いいところのお嬢様なんじゃないかなあ。

 だって、マレさんの立場もハスィー様付きみたいなもんじゃないか。

 言わば、姫君付きの侍女役。

 ギルド側だって、変な人選は避けるだろう。ああ、そういえばあの元次席の男も家柄的にはそれなりなんだろうな。

 能力や性格はともかく。

 マレさんの煎れてくれたお茶を啜りながら、漠然と部屋を見回す。

 前とあんまり変わってない気がする。

 やはり、人手不足なんじゃないだろうか。

 もともとプロジェクトの大きさに比べて人員はギリギリだったみたいだし、突然フクロオオカミとの協定を更新したりして、その仕事がどっと押し寄せてきているのだろう。

 あ、そういえばハスィー様は予算が下りるとか言っていたっけ。

 そうしたら、ここの要員も増えるんだろうな。

 俺が次席とかはよそに置いといて。

「ただいま戻りました」

 ドアが開いて、ハスィー様が入ってきた。

 両手一杯に書類を抱えて、疲れたご様子だ。

 大変だなあ。(他人事)

「マコトさん! いらっしゃっていたんですか」

「どうもハスィー様。お邪魔しています」

「とんでもありません。これからは同僚ですから……あ、そういえば詳しくお伝えしていなかったですね。申し訳ありません」

「何のことでしょうか?」

 俺は知らないことになっているからね。

 『栄冠の空』用の席に座っているし。

「マコトさん、公式な発表は後日になりますが、マコトさんにはこのプロジェクトの次席に就任していただきたいのです。それから、フクロオオカミ対策等タスクフォースの顧問にも」

「え? 無理ですよ。それは私には高すぎる地位なのでは。そもそも、私はギルドのしきたりなども判りませんし」

 棒読みだ。

 自分で言っててたまらん。

 アレナさんもマレさんも、吹き出しそうなのを堪えているような変な顔になっている。

 そんなに笑わなくてもいいだろう。

 三文芝居なのは、自分でも判ってるんだよ。

「そういうことは、お気になさらなくても結構です。次席といっても、事実上はわたくしの相談役です。

 実務はわたくしと、このプロジェクトメンバーが行います。

 マコトさんには、プロジェクトの舵取りをしていただきたいのです。そのためには、ある程度の立場が必要だということです」

 ハスィー様だけが真剣で、酷い罪悪感を覚えるな。

 仕方がない。早くこの茶番は終わらせたい。

 どうも、断れないみたいだし。

「判りました。精一杯、勤めさせていただきます」

 努力はするよ。

 会社だと「努力だけじゃ駄目なんだよ。結果を出せ」などと脅されるのだが、ハスィー様には有効だったようだ。

 ほっとしたように笑顔を見せて、ハスィー様は俺を手招きした。

「そうと決まれば、マコトさんの席はこちらです。フィーは離任しましたから、ご自由にお使い下さい」

 ハスィー様の隣の席で、どうみても管理職用の立派な机だった。

 困るんだよなあ。

 そもそも、多分というよりは間違いなく、俺はご期待には添えないぞ。

 会社では管理職どころか一番下っ端で、それすらあまりうまくやれなくて、いつも怒られていたくらいなんだから。

 でもまあ、俺も管理職用の机というのには一度座ってみたかったわけで、恐る恐る腰掛けてみた。

 いい椅子だ。

 ベンチみたいな長机の椅子とは大違いだ。

 こっちの世界でも、偉い人の使う家具は立派なんだなあ。こういうのは万国共通というより、世界いや異世界共通かもしれない。

 マレさんが、ハスィー様のお茶と一緒に俺のお茶も入れなおして持ってきた。コップも何か高級そうなものに変わっている。

 マレさんって、やっぱりいいところのお嬢様なんだろうな。それも、大事に甘やかされて育ったというよりは、家格に似合った厳しい躾を受けた、本物のお嬢様だ。

 性格はミーハーだけど。

 俺の会社の女性社員にも、そういう人はいた。

 ちょっと見には普通の人なんだけど、おっとりしているようでいて、仕事が早いんだよね。

 自分の机の周りは常に整理整頓されているし、気配りが凄くて、雑用でその人の手伝いをしていると、いつも驚かされたものだった。

 茶道とかお花とか、やっていたんだと思う。

 当然だけど大人気で、我が社一の営業部のイケメンと付き合っているという噂だったけど、むしろいいところのお坊っちゃまとお見合いして、嫁に行きそうなタイプだったな。

 そうなんだよね。

 勝ち組って、元々の資質や環境に加えて、本人の努力、それも子供の頃からの精進がないと到達できないのだ。

 若輩ながら、俺もそれを薄々悟って、リアルでの美少女や美女との縁なんかとっくに諦めていたんだが。

 ふと横を見ると、目も眩むような金髪の美女がにっこりと微笑んでくれる。

 視界には銀髪の美少女と、茶髪の可愛い女の子。

 いかん。

 これは嘘の世界だ。

 こんなところに染まってしまっては駄目だ。

「それではハスィー様、今日は引き上げさせていただきます」

「そうですか。それでは、辞令が出次第、ご連絡差し上げますので、よろしくお願いいたします」

 立ち上がって、飲み終わったコップを流しに戻そうとしたら、それは私がといってマレさんに取られた。

 いかんいかん!

 毒されるな!

 俺は『栄冠の空』の下っ端で、そんな待遇を受ける資格なんか本当はないんだし。

 ていうか、そもそも俺は冒険者ですらないんだぞ。

 どうするんだよ、これ?

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