4.銀エルフ?
「そんなはずはないでしょう。私は臨時職員として採用されると聞いてますが」
「でも、ハスィー様がおっしゃってましたよ。マコトさんは、プロジェクトの次席兼務でタスク・フォースの顧問に就任されると」
聞いてないよ!
てっきり、外回りの現場職だとばかり思っていたよ!
だって、冒険者あがりのどこの誰ともしれない奴が、いきなりそんな立場になれるはずがないじゃないか。
しかも、何の実績もないのに。
「そうでしょうか。ギルドはどちらかといえば管理組織ですので、外から有能な専門家を招いて、一時的に高位職として業務を担当してもらうことはよくありますよ。
問題解決部門である調整局では、多くはありませんがそんな任命は珍しくないです」
でも、その問題が解決されたら解任されますけれど、とアレナさんは生真面目に言った。
ああ、あれか。
つまり、外部取締役とか、契約社員の部長職のようなものか。
確かに、日本でもそういうことがないとは言えない。
ドラマでもよくあるよね。
突然、まったく会社に関係がない若い奴がやってきて「今日から俺がここのボスだ」とかいうシーン。
あれって、期間雇用の契約社員なんだよね。
ある目的もしくは成果を達成するために、期間限定で雇用されるわけだ。臨時とはいえ、部下になる人たちの指揮権や管理権も与えられる。
まあ、実際には正規職員である部下を、気にくわないからという理由だけで首にしたりは出来ないんだけどね。
ただし、無能だと思った部下は、容赦なく飛ばす(異動させる)権限はある。だって、そんな奴がいたら契約した目標を達成できないから。
そういうところが冷酷非情な見知らぬボスという性格を設定しやすいので、トレンディドラマなんかではちょくちょく見かける。
でも現実的には、そんなキャラはなかなかいない。特に日本の場合、正社員を臨時職が指揮するという状況はめったにない。
何がなんでも正社員が偉い! という習慣みたいなものがあるらしいから。
でもここは日本じゃない。
ギルドは会社じゃないし、むしろお役所だから、多分アレナさんが言ったように、短期的な問題解決能力を持つ人材に欠けているところがあるのだろう。
いないんだったら、よそから引っ張ってくればいいわけで、必要なら冒険者あがりの人材でも使うというわけだ。
でも、何で俺?
と、アレナさんがちょっと顔を青くして言った。
「すみません。ご本人が知らないうちに、ギルドの人事情報を漏らしてしまったみたいです。申し訳ありませんでした」
「いえ……アレナさんが知らなかったのは、仕方がないです。気にしないで下さい。私も、聞かなかったことにします」
まあ、アレナさんにしても、本人に伝わっていないとは思いも寄らなかったんだろうな。
ハスィー様って、なんだか有能に見えてどこか抜けているというか、ガードが甘い部分があるし。
よろしい。
知らないことにする。
「あの、ここまでで結構ですから、荷物を」
「どうせなら、最後までおつきあいしますよ。私は出入りの冒険者ですから、ギルドの方にサービスするのは当然です」
訳の判らない理屈でアレナさんを黙らせ、俺は一緒にギルドに向かった。
アレナさんは、最初はしきりに恐縮していたが、そのうちに慣れたのかよく話してくれるようになった。
いやー、銀髪の美人っていいねえ。
こんな機会、日本にいたら死ぬまで有り得なかっただろうな。
そもそも銀髪なんて、コスプレ以外では見たことないもんね。
ていうか、さっきから結構人とすれ違っているんだけど、銀髪ってほとんどいないな。
蒼っぽい髪とか赤毛とか、カラフルな髪の毛は結構いるんだけど、銀はアレナさん以外には見あたらない気がする。
そういえば、昨日のクエストでも銀髪はアレナさんしかいなかったような。
そばでハスィー様の豪奢な金髪が踊っていたので目立っていなかったけど、もし単独でいたら相当な注目を集めたかもな。
実際、こうやって二人で歩いていると、すれ違った男がかなりの頻度で振り返る。
うむ。満足。
あの、何と言ったか忘れたけどプロジェクトの次席だった男も、いい趣味していたな。
さようなら元次席の人。
もう近寄るんじゃないぞ。
それにしても綺麗だな、アレナさんの髪。
隣で歩いていても、キラキラしていて眩しいほどだ。
何か特別な人種なんだろうか。
「すみません。眩しかったですか」
チラ見していたら、アレナさんが恐縮して自分の髪を隠すような仕草をした。
「いえ、違います! 綺麗な髪だなと思って」
「……ありがとうございます」
ちょっと間があったな。
言われ慣れているのだろうか。
迷惑だったか?
ええい、言ってしまえ。
「そういえば、銀色の髪って珍しいですね。ご家族もそうなんですか?」
いかん。
失礼な聞き方だったか?
「私の一族は、大体この髪の色です。うちの実家の方ではあまりにもありふれているので、マコトさんような黒髪だとモテますよ」
助かった。
冗談で返してくれた。
しかし一族か。
「では、アレナさんはこちらの出身ではない?」
「はい。隣の州のタクリタという市の出身です。といっても、行政区上そうなっているだけで、かなり郊外、というよりは田舎の小さな村なんですけれど」
「その街には、アレナさんのような銀髪の人が多いんですか!」
「多いと言うより、そればっかりです」
アレナさんが笑いながら言った。
いや、美少女じゃないか!
「それなりに整っている」どころじゃない。
普段は生真面目すぎて気づかないけど、笑うとメチャクチャ可愛い。
これは、間違いなくヒロインの一人だな。
というような区分は失礼だけど。
現実はラノベじゃないから。
人は皆、自分の人生の主人公だ。
それもラノベに出てきそうな台詞だが。
「キラキラしてお互いに眩しいでしょうね」
「本当に。みんなで集まっても、晴れた日にはなるべく日向には出ないようにしています」
いいなあ。
こっちの世界には、そんな普段からみんながコスプレしているような村もあるんだ。
ん?
みんな?
「アレナさんの家系って、みなさん銀髪なんですか」
「家系というよりは、一族です。一部では、銀エルフなどというご大層な名前で知られていますけど」
エルフといっても、ハスィー様のような本流からは外れた傍系ですけれどね、とアレナさんはまた笑った。
シルバーエルフかよ!
綺麗すぎると思ったけど、やっぱ人間じゃないのか!
いや、こっちの世界のエルフは人間の特定の一族というだけだし。
さしずめ、アレナさんたちは地球でなら「北欧系」などと呼ばれる民族なんだろうな。
スウェーデンあたりに行ったら、似たような風景が広がっているのかもしれない。
そう思うと、銀髪も特別なものではない気がしてきた。
地球と同じか。
ちょっとホッとするな。




