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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第四章 俺は派遣の冒険者?

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23.インターミッション~レト・ライル~

 レトは書類を繰る手を休めて、窓の外を見やった。

 大きなガラス窓はギルド支部長執務室の象徴であり、レトがこの無骨な建物の中で唯一気に入っている部分でもある。

 何代か前の支部長が、特権を乱用して高価なガラスを導入したと聞いている。まあ、これがなければ建物の奥まった所にある執務室などは穴蔵同然になるのだから、その気持ちもわからんでもない。

 窓から見える光景は、小さな中庭と空だけだった。

 今日は空が碧い。

 そういえば、そろそろハスィーがフクロオオカミとの協定を締結している頃か。

 あの娘はいつもは大人しそうに見えて、時々思い切ったことをやってのけるのが面白い。

 小さな頃から知っているが、何事も穏便に、という家訓があるとしか思えないアレスト伯爵家において、唯一波乱がなければ面白くない、と考える娘だった。

 既存の権威を尊重はするが、自分がそれに縛られる必要はない、と考えていた。

 まったくもってエルフにも伯爵家にもふさわしくない娘で、だがその欠点を補ってあまりある美貌と才知がハスィー自身を守っている。

 彼女が今、ギルドにいられるのは、もちろん本人の希望があったからだが、むしろギルドの枢要メンバーが彼女のそういった気質を愛したからだという理由が大きい。

 アレスト伯爵家が多産の家系だったことも幸いしている。ハスィーは末娘だが、本来ならとっくにどこかに嫁入りしているか、最悪でも婚約中という年頃だ。

 なのに、今でも自由に動けているのはアレスト伯爵家の長男に既に世継ぎが生まれており、また婚姻による影響力の拡大が必要がないほど安定した勢力を保てているからだ。

 自分たちとは違いすぎる価値観を持つ娘に、両親が手を焼いているということもある。

 そして止めは、あのスキャンダルだ。

 ハスィー自身には一片の責任もないにもかかわらず、王都を揺るがすほどのあの混乱の原因となってしまった以上、誰だろうがおいそれとは手が出せまい。

 でなければ、あれほどの美貌を持つ適齢期の伯爵公女が、独り身でいられるわけがないのだ。

 そして、その「独り身である」という事実がハスィーに力を与えている。

 ある意味、最強のカードといっていい。

 今回、そのカードを躊躇いもなく切ってきた彼女の勇気にはほとほと感心しているが、だからといって情にほだされて思い通りにさせるほど、ギルドの評議会は甘くはない。

 野心的なプロジェクトだった。

 うまくいけば国全体、いや世界がひっくりかえるかもしれない。

 失敗したとしても、少なくとも歴史には残るだろう。もちろんその場合は、アレスト市どころかギルド自体が瓦解はしないまでも、相当ダメージを被ることにはなるが。

 王都や、中央に近い有力な街のギルドでは、ハスィーの提案は蹴られていただろうな、とレトは思う。

 少なくとも既得権益が大きすぎる連中には、賭けに打って出る勇気はあるまい。

 だが、アレスト市は違う。失敗した時に失うものは大きいかもしれないが、それはアレスト市自体にとってはさほどのものではない。

 むしろ、このまま何もしないでいた場合、真っ先に悪影響が出てくるのはこの辺境なのだ。

 しかも、ここは帝国に近いときている。

 ギルド中央ではまだ認識が薄いが、国境に近いこの辺りではひしひしと感じられることがある。

 帝国が危ない。

 教団が動いているが、時間稼ぎくらいにしかなっていない。

 崩壊を食い止めることは、まず間違いなくできないだろう。

 だが、その影響を最小限に留めて、次の世代にできるだけ多くのものを無事に渡してやることが、我々の世代の義務ではある。

 そう、ハスィーのような新世代の者たちに。

 それにしてもマコトといったか。

 『迷い人』がこの辺境に現れるとは。

 それも、ハスィーがいる場所に。

 しかも、よりによってこの時代に。

 いや、それは必然か。

 面白いものだな。

 レトは、一人微笑んで、それから書類に戻った。

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