22.就職志願?
すぐに街に戻るのかと思ったが、そうはならなかった。
どうも、出発する前にハスィー様が後続というか、協定の調印式に使う装備を運んでくる部隊の編成と出発を指示していたらしい。
それが着くまで、また待機だ。
何という泥縄式の動きなんだ。
状況そのものは出来レースだろうけど、これはやはりフクロオオカミ側のフライングなのかもしれないな。
大体、本当に出来レースだったのなら、わざわざ突然協定を破って群全体で峡谷に侵入してくる必要はなかったはずだし。
ハスィー様も、来る途中で慌てて協定の内容をでっち上げることもなかっただろう。
本当は、何度か使者をやり取りして、最終的にこうなる予定だったんじゃないのか。
だが、辛抱しきれなくなったフクロオオカミ側が動いてしまったと。
まあ、その分ギルド側にかなり有利な協定になっているということも考えられる。
馬車の中でハスィー様が言ったように、強行突破できたこともあるので、結果的には万歳なのかもしれないけど。
政治ってやだねえ。
「マコト、ハスィー様が呼んでるから行って」
はいはい。
もう何でもしますよ。
ホトウさんの指示で、俺はフクロオオカミの長老と話しているハスィー様のところに行った。
ちょっと離れたところに騎士団と警備隊の人たちが待機しているが、あんまり警戒していないようだ。
この人たちも、知っていたのかな。
いや、知らなかったとしても、もうすでに悟っているだろう。俺だって気づいたくらいだからな。
その分、だらけているのかもしれない。
「マコトさん、お呼びたててすみません。ホウム長老をご紹介したいと思いまして」
相変わらず丁寧ですね。
それが擬態でないことを祈るだけです。
あ、俺ってちょっとやさぐれてるかな。
「ヤジママコトです。ヤジマは家名ですので、マコトと呼んで下さい」
もう定番になった自己紹介をする。
なんかもう、目の前の魔獣にもあんまり驚きがなくなってきた。
「ハバウ!(ホウムだ。お前が今回の仕掛け人か)」
凄い。
これがフクロオオカミの長老か。
言葉や感情の機微すら、人間と話しているようにしか感じられない。
それはともかく、言いがかりだ!
むしろ、あんたのところのツォルさんが元凶だろうが!
言葉にはしなかったが、心を読んだらしく、長老はボゥ! と笑い声を上げた。
「そんなに怒るな。冗談だ」
冗談ですか。
ホントに人間並ですね。
あなたたちがこの星の支配権を握ってないのが不思議です。
もちろんそんなことは言えないので、曖昧に笑っておく。人間の笑い顔が判るとは思えないけど。
だが、次の瞬間、俺は目を疑った。
長老が笑っている!
判るんだよ。笑顔が。
狼なのに。
あ、言い忘れていたけど、フクロオオカミってホントに狼である。つまり、俺が知っている地球の狼(もちろん直接知っている訳じゃないけど)と同じ姿をしているのだ。
身体が大きい分、手足や肩の筋肉などが強化されているけど、全体のフォームはまさにウルフ。
かっこいいぜ。
ちなみに、なぜフクロオオカミと呼ばれているのかと聞いたら、退化した袋が腹についているかららしい。
もう使われていないのだが、この世界にも狼はいるので、区別するためにフクロオオカミ一族自身がそう呼んでいるとのことだった。
それを知っている人間も、そういうものだと思って呼ぶので、俺が魔素翻訳で聞いてもそういう風に聞こえたんだろうな。
すると、やっぱりフクロオオカミさんたちは有袋類なのかもしれない。
地球とは別の進化を遂げた、もしくは地球では絶滅した種なんじゃないのか。
どう考えても、俺の地球とこっちって関係あるよね。生物層がほとんど同じなんだもん。
まあ、スウォークとかもいるけど。
大昔に大規模な交流があったか、定期的に相互移住が行われていた可能性が高いな。
多分、数十万、数百万年に一度とかなので、人間の歴史には残っていないのだろう。
それでも、俺みたいにひょこっと転移してくるのもいたりして。
人間だけじゃなくて、動物も転移しているのかもしれない。
動物の場合は、単純にこっちに適応して生きていくか、あるいは死んでしまうだけで、記録には残らないから。
「ボババウッ、バウムボボウ(ハスィーから話は聞いた。『迷い人』だそうだな。そういうことなら、我々も変化に遅れるべきではないのかもしれん)」
さすが長老、ハスィー様を呼び捨てか。
そういう敬語がフクロオオカミにはないのかもしれないけど、むしろ長老自身が一種の王、というよりは首長なんだろう。
首脳同士だから、お互いに呼び捨てても問題はないんだろうな。
「バウッ、ボバウウム(これからは、若い者が何かと迷惑をかけることになるやもしれん。よろしく頼む)」
嫌だよ。
それに、何勝手なこと言っているんだよ。全然WIN-WINな関係じゃないじゃないか。
俺がただ迷惑をかけられるばかりで。
しかも、何の迷惑なのかすら判らないと来ている。
でも逆らえない。
俺、サラリーマンだから。
「判りました」
「バウウンム、ボウ(いや、冗談だ。真面目にとってくれるな)」
いい加減にしろよ!
「ホウム長老、マコトさんをからかうのもほどほどにして下さい」」
ハスィー様が代弁してくれた。
「マコトさん、申し訳ありません。フクロオオカミは冗談好きなのです」
そうなんですか。
別にいいですけどね。
「それでも、長老は今回の件ではマコトさんに感謝しているんですよ。放置しておけば、いつか街の人とトラブルになっていた可能性が高いですから。
全部解決とはいきませんが、これでかなりガス抜きになるはずです」
いえ、そもそも俺は今だに何が何だかよくわかっていないんですけれどね。
「マコトさんのご提案ですよ? ギルド・アレスト市支部はこの度、フクロオオカミのマラライク氏族との間に協定を結び、テストケースとしてフクロオオカミを数頭、研修生として受け入れることになります。
これがうまくいけば、雇用契約を本格的に締結すると同時に、ギルドは他の支部へ、フクロオオカミは他の氏族へと、契約を広げていく計画です。
そして、いずれはフクロオオカミ以外の種族とも……。
歴史が変わりますよ」
知りませんってば。
何で俺が提案したことになっているの?
そんなこと、全然言ってませんよ、俺。
ただドリトル先生の話をしただけなのに。
「この計画は、教団も注目しています」
美少女アニメ声が被さった。
「閉塞していた状況が、これで変化するかもしれません。
ヤジママコト、これからもよろしくお願いいたします」
スウォークの僧正様が頭を下げた。
この辺りの習慣は人間と同じか。
というよりは、人間に合わせているくさいな。
でも、よろしくって何をすればいいんですか?
俺って、しがないサラリーマンですよ。まだ契約社員の派遣だし。
「そのことなのですが」
ハスィー様が、俺の顔をのぞき込むようにして言った。
「野生動物の雇用については、ギルドはおろかどんな業種にも経験がありません。
そういった事業を行ったという記録がまったくないのです。
よって、ギルドとしてはこれらの業務に唯一経験があるマコトさんを中心として、この計画を推進していきたいと考えております。
すでに青写真は出来ておりますが、計画開始はもう少し先になるでしょう。
引き受けていただけますね?」
その途端、物凄い吼え声が被さってきた。
耳が変になりそうな吠え声が響き渡り、それに重なって「ヨロシクオネガイシマス!」「タノンマス!」「まことサンダケガタヨリッス」といった声なき声が押し寄せてくる。
若い方のフクロオオカミたちが、一斉に吼えているのだ。
長老を見ると、やはりニヤニヤしていた。
この野郎!
たくらんでやがったな!
俺をどうしようっていうんだよ!




