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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第四章 俺は派遣の冒険者?

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20.長老?

 俺は、それから出来るだけドリトル先生の物語を思い出しながら、結構いい加減なことをしゃべりまくった。

 読んだのは子供の頃だったからなあ。

 それに、昔の童話だから非科学的なことが平気で書いてあって、子供心にそれはないだろう、という記述が結構あったし。

 月旅行の話なんか、ケッとか思いながら読んでいた覚えがある。月まで蛾に乗って飛んでいくって、どこのファンタジーだよ。

 いや、童話だけど。

 それでも名作なので、一応全巻は読んだはずなんだが。

 当時はまだ、ラノベは字が小さい上に文字の量が多すぎて読めなかったし。

 昔から運動が苦手で、インドア派だったんだよね。しかも反射神経がアレなので、アクションゲームのたぐいも下手で嫌いだった。

 RPGも面倒で嫌だった。

 従って小さい頃から、子供向け童話とかジュブナイルを乱読していたのが役に立ったな。

 例えば、アーサー・ランサムの航海記シリーズは大好きだった覚えがある。厚いハードカバーだったけど、内容は凄かった。

 今思うとあれ、ラノベなんだけどね。

 少年少女が活躍して、事件を解決したりするし。

 まあいい。

 とにかくドリトル先生がサーカスやっていた頃の話を思い出しながら、例えばライオンが銀行に金を預けに行ったことが新聞に出たとか、アライグマか何かがどっかから掘り出してきた壺に金貨が入っていたとか、そういう話をしゃべり続けた。

 ハスィー様は、いつの間にか取り出した紙の束にメモしまくりだった。そして、要所要所で微に入り細にわたって質問してくる。

 僧正様は時々質問するだけで、何もしなかったけど。

 ところで、スウォークって字は書けるのかな。指がどうなっているのか、よく判らないのだ。

 何せいつも、萌えアニメの袖が長すぎる制服を着た女の子みたいに、手全体を隠していらっしゃるから。

 ハスィー様は、ご自分だけでは駄目だと思ったのか、途中で馬車を止めて護衛の警備隊員に何か言ったかと思うと、数分後にはアレナさんが乗り込んできて俺の隣に座った。

 なるほど、だからアレナさんが同行していたのね。秘書役を兼ねているのだろう。

 アレナさんは、ザラ紙を束ねたようなメモ帳に、俺の言うことを片っ端から書き留めていた。

 速記なのかもしれないな。字が読めないから判らないけど。

 さすがにハスィー様というところで、有能な部下を集めたらしい。

 そういう意味では『栄冠の空』もホトウさんやシルさんといった精鋭を投入しているし、このプロジェクトは相当重要な扱いを受けているなあ。

 1時間くらいしゃべると、さすがに話すことがなくなってきた。ドリトル先生だけじゃ足りなくなって、ラノベとかでドラゴンや魔獣と契約するような話まで思い出しながら、洗いざらいぶちまげたからな。

 僕と契約して○○になってよ、という奴はさすがに省いたが。

 喉が枯れてきた頃、ハスィー様は「このくらいで十分でしょう。ありがとうございました」と言って俺を馬車から追い出した。

 いや、丁寧にだったけど。

 俺はお役御免だけど、ハスィー様たちはこれから到着までに協定文書をでっちあげるらしい。

 そんな技能があったとは。

 アレナさん、マジ有能。

 ところでフクロオオカミって字が読めるのかと聞いたら、長老級になると読める者もいるということだった。

 ただし、字が読めない相手と交渉したり協定を結んだりするために、教団が立ち会って文言に間違えがないことを保証する形で締結するそうである。

 ああ、それで中立の教団の僧正様が出てくる必要があるのか。

 それだけ信用があるってことで、教団はこの世界では結構重要な役目を担っているみたいだな。

 馬車を降りて歩き始めると、すでに上り坂にさしかかっていた。

 ちょっと懐かしいな。

 俺の冒険者としての初クエストは、というかそれしかやったことないんだけど、丘の向こうの峡谷まで歩いていって、その日のうちに引き返してきたというピクニックのような仕事だった。

 しかも、俺は何もしていない。

 なのに、どうもあれのせいで大事になってしまっているらしい。

 いいのかなあ。

 『ハヤブサ』のみんなの所に戻ると、ケイルさんが俺の装備を渡してくれた。

「長かったね。何やっていたの?」

 ホトウさん、その目は止めて!

「話していただけです。なぜか俺の話が役に立つそうで。ハスィー様は、これから協定をつくるそうです」

「そうか。ご苦労様」

 それだけ?

 まあ、みんなは歩いていたのに、俺だけ馬車でのんびりしていたわけだしな。

 喉は枯れたけど。

 しばらく無言で歩いていて、道が平坦になったと思ったら、目の前に峡谷の入り口があった。

 前回は、ここら辺でお昼にしたんだっけ。

 でも今回はそんな暇はない。

 フクロオオカミの群がこっちに向かっているらしいしな。

 昼にはまだ早いけど、どうするのかなあと思っていたら、前方から騎兵が2人走ってくるのが見えた。

 あの制服は警備隊か。

 なるほど、斥候を出していたわけね。考えるまでもなく当然だ。

 斥候は、そのままこの一団の指揮をとっているらしい、騎士の制服を着た人に近寄って報告していた。

 ちょっと遠くて声は聞こえるんだけど内容が判らない。魔素翻訳の範囲外なんだろう。

 結構、魔素の効果範囲って狭いな。

 騎士は、報告を聞くとすぐに馬車に近寄ってハスィー様に報告しているようだった。

 何か命令があったようで、全隊に向けて怒鳴っている。意味がわからん。

 すると、警備員の制服を着た人がまた、こっちに向かってきた。

「このまま突入します。『ハヤブサ』隊に先行していただきたい」

「了解です」

 ホトウさんが頷いて、みんなに「行くよ」と声を掛けた。

 俺も?

 行くしかないよね。

 全隊が止まっている中を、一塊になって突っ切るように歩いていく。

 いや~、足がガクガクしてきたよ。

 周りからの視線が痛いんだよ。

 誰も何も言わないし。

 なんか、出撃する特攻隊を見送る人たちって、こんなかんじなんじゃないかなあ。

 『ハヤブサ』は、そのまま峡谷に向かった。

 振り返ると、馬車を守るように展開した全隊が、俺たちの後ろからついてくるのが見えた。

 ヤバいよ。

 こんなシーン、ラノベにはないってば。

 荒野の決闘じゃないんだから。

 進んでいくと、警備隊の制服を着た人が馬でこっちに向かってくるのが見えた。斥候の第二弾、というよりは残地監視者なんだろうな。

 その人はホトウさんの前で止まると言った。

「峡谷の中央で、フクロオオカミの群全体が停止している。

 みんな腰を落としているから、戦闘態勢ではないと思う」

「了解した。ありがとう」

 警備隊の人は、何か敬礼のような仕草をすると、後ろに向かった。指揮官に報告するのだろう。

 あの敬礼って、武運を祈るとかじゃないよね?

 ああもう、俺はただのサラリーマンのはずなのに。これじゃ、自衛隊に志願したのより酷い。

「マコト」

 いきなりホトウさんに呼ばれた。

「これからフクロオオカミの群に接触するけど、慌てないで僕の後ろにいてね。

 群全体ということは、長老が率いているはずだから、いきなり襲ってくることはないと思うけど、何かあっても必ず守るから安心して」

 安心できませんよ!

 何かあってもって、何があるんですか。

「それから、長老はちょっと大きいけど驚かないでね」

 判りました。

 全長3メートル以上なんですね。

 ツォルさんでもかなりビビりましたけど、それ以上か。しかも群。

 ええい、もうどうにでもなれ!

 『ハヤブサ』は落ち着いた足取りで先行した。後ろから少し距離をおいて、ギルド派遣交渉部隊がついてくるのが気配で判る。

 でも、馬が歩く音やたくさんの靴音だけで、誰も何も言わない。

 なにこの緊張感。

 もう嫌だ。

 できることなら逃げたいところだけど、前にホトウさん、後ろにケイルさん、そして左右はセスさんとマスキーさんに固められて身動きできないんだよ。

 さすがに判ってらっしゃる。

 峡谷の張り出したファサードを曲がると、途端に視界が開けた。

 ほぼ平坦な土地が続いている。ここら辺は盆地になっているのかもしれない。

 そして。

 いましたよフクロオオカミさんの群が。

 横に展開しているけど、多い!

 そしてでかい!

 ちょっと遠近感狂ってるんじゃないのか。

 目視だけど、3メートルなんてもんじゃないぞ。

 遠目に見ると、平地にいきなり壁が出来ているかのようだ。第一列だけでも20頭はいる。

 そして、その後ろにぎっしり詰まっているんだよ。

 ホトウさんもみんなも平然としているけど、よく平気だなあ。鉄砲もないこの文明程度では、こんな平原で戦ったら、人類に勝ち目はまったくないと思うぞ。

 少なくとも、ここでは負ける。

 まあ最終的には物量で押しつぶすとしても、それまでには相当の被害が出るだろうな。

 地球の野生動物とは訳が違う。

 あの身体に加えて、人間並みの知能があるのだ。

 ホトウさんは歩調を変えることなく、スタスタと歩いて中央にいるフクロオオカミの前に立った。

 長老ってこの人か。

 でかいなんてもんじゃない。

 座っているのに、頭がホトウさんの遙か上にあるんだよ。

 生きた心地がしない。

「こんにちわ。元気でしたか?」

 ホトウさんがのんびりと言った。

 いいんですか、長老に対して。

 まあ、ツォルさんの時よりは口調が丁寧だけど。

 ボウッ、ババウッという吼え声と共に、俺にも判る言葉が聞こえてくる。

「最近は寄る年波で、腰がちょっとな」

 長老さん?

 あんたもいい加減ですね?

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